第39話 旅立ちの準備
「それに、被害もどんどん増えていってるんでしょ。このまま飴が
シオンの決意した表情に、フリージアが声を上げる。
「それなら、私もシオンについていくよ……っ!」
「フリージア……。気持ちは嬉しいんだけどさ、フリージアの体調だってまだ心配だし……、それに、これ以上危ないことに巻き込めないよ」
「危ないのはシオンだって同じだろ……っ! 俺も行く」
「ジェイド……。ダメだよ、フリージアを危険な目に合わせたくないでしょ?」
「それはシオンだって同じだって言ってるだろ……っ!? なんで、シオンばっかり……背負わなきゃいけないんだよ……っ!」
「……ありがと、二人とも。でも、やっぱりダメ。元々、二人は夢があって魔法を学ぶために学園に入ったんだから、私についてきちゃダメだよ」
優しい笑みを浮かべて断るシオンに食い下がるフリージアとジェイド。それをエクレール先生が止める。
「君達の同行は担任として許可出来ない。学園へ戻ってきなさい。シャルムへ行ったのは応急処置の為。本来、学園で預かっている君達をこれ以上危険に晒すわけにはいかないんだ」
「「でも、シオンは……っ!」」
「特別扱いはしない。……とは言ったけど、元々シオンが学園に入ったのは、この世界と魔法について学ぶ為だ。……勿論、担任としては危ないことは辞めて欲しい、大人に任せなさいと止めたいところだけど……上から指示が出ているんだ」
エクレール先生の顔が曇る。
「騎士団長としては……、予言の子を止める訳にはいかない。不甲斐ない大人ですまない……」
あれから、時限爆弾のようにいつ暴走するかも分からない生徒達を抱え、学園を離れられなくなったというエクレール先生が苦々しい表情で頭を下げた。
すると、それまで黙って聞いていたイオンが手を挙げた。
「シオンには僕がついていきます」
「イオン……!」
「年下の女の子にここまで言わせて、行かないわけにはいかないよね。大人として、同じ立場の予言の子として、僕がシオンと一緒に行動するから安心して下さい」
「いいの……? イオンは私より前からこの世界にいて、この世界での立場も居場所も見つけてたのに……」
「だからこそ、だよ。研究者として、アムレートのことは僕が止めないといけない気がするんだ。それに、こんなになっても想ってくれる家族がいるんだって、彼には気づいてもらわないとね」
そう言うと、イオンはチラリとネージュを見つめ、壁に寄りかかっているヴォーロに視線を送った。
「……僕もついていってやる。それなら、ジェイド達も少しは……ほんの少しくらいは気が休まるだろう」
「……へっ? なんで、ジンガが」
「僕は学園も停学中だし、家族のところには戻る場所もない。行く宛てがないから、君について行ってやろうと言っているんだ」
「なにそれ。もしかして、心配してくれてんの? 素直じゃないなぁ」
学園の管轄外となり、本人の言う通り実家から縁を切られたであろうジンガを、エクレール先生は無理に止めようとはしなかった。
「……ジンガ、君のことは無理に止めることは出来ないけれど……」
「……少しは、心の整理も出来てきているつもりです。エクレール先生に頂いた薬、今度は無理なく使いますよ」
「……そうか、分かった」
「そんな……っ、ジンガがついて行くなら、やっぱり私達も……!」
なおも食い下がろうとするフリージアに、エクレール先生はハッキリと告げた。
「実技も基礎しか習っていない君達は、シオンの力にはなれないよ。ハッキリ言ってしまえば、そんな子供が増えたところで足手まといだ」
「ちょっ、エクレール先生……! そこまで言わなくてもいいじゃん……っ!」
思わぬ言葉に、シオンが遮ろうとするが、エクレール先生は構わずに続けた。
「だからこそ、本当にシオンの力になりたいと思うのなら、学園に戻ってきて、その時に備えて力をつけなさい。君達にその気があるのなら、僕が鍛えてあげるから」
実戦経験のある騎士団長としての警告は重く、厳しくも優しい言葉に、フリージアもジェイドもそれ以上は何も言い返せなかった。
「分かりました……。その代わり、責任をもって俺達を強くして下さい」
「……シオン、本当に無理しちゃダメだからね! 危ないと思ったら直ぐに逃げて! 私達ももっともっと強くなるから、力になれるように頑張るから……だから、一人で背負わなくていいからね……!」
「シオン、飴の出処を探るだけだからな。危ないことはしないでくれ、絶対に一人で乗り込んだりするなよ。俺達も強くなるから……。ジンガ、俺達の分までシオンのこと……見張っておいてくれ!」
「ありがとう、フリージア……。ジェイド……。大丈夫、危なくなったらすぐ逃げるから!」
心配そうにシオンの手を握る二人の手を、シオンが握り返す。
「出処を探るなら、審判の飴の被害者が多い国へ行くのが良さそうだね。ネージュ、最近運び込まれる患者が多いのはどこの国かな?」
「明らかに増えているのはあの国だな。……
「なるほどね……。元々、薬と情報が蔓延っている国だからね、薬の売人も多いし、審判の飴を流行らせるのにも絶好の場所ってわけだね」
「あの国ならば、情報も手に入りやすいだろうが……その分治安も悪くて危険が多い。イオン、十分に気をつけてくれ」
「万全の体制で向かわないといけないね」
そうして、セバスチャンが次に向かう国、
◇ ◇ ◇
「これと、これは持っていこう。いや……もう部屋ごと持っていけばいいかな。時空収納機能のついたスーツケースをヴォーロから貰ったしね」
イオンは自身の研究室で旅立ちの準備を整えていた。
スーツケースを開けて、カチカチとボタンのようなものを回して収納する空間を設定すると、あっという間に部屋の家具ごと消えてしまった。
「流石ヴォーロ。色々な国に出向いてるだけあるなぁ。こういう魔導具をどこで仕入れてきているんだろう……後で聞いてみよう」
コンコン。
軽く扉を叩く音がしてイオンが振り返ると、そこにはネージュが立っていた。
「入るぞ」
「ふふっ、もう入ってきてるじゃない」
「見送りに来たんだが……早かったか?」
「いや、大丈夫だよ。丁度終わったところだから」
跡形もなくスッキリと片付けられた研究室に、ネージュは少しだけ寂しそうに眉をひそめた。
「なぁ、イオン。ここに戻ってくるつもりは……、いや、違うな。……イオン・ククリ殿、この世界を歪めている存在を許すわけにはいかない。我が不肖の兄を頼む」
全てが解決した時、この世界の人間ではないイオンが、医療塔に戻ってくる保証はない。
ネージュは感傷を心の隅においやって、アムレートの妹として頭を下げた。
「……やめてよ、ネージュ。君は僕の恩人だ。君が救ってくれなければ僕は生きていない。見知らぬ世界でこうして過ごすこともなかった。僕に役目が与えられていて、それで君の憂いを晴らせるのなら……恩返しをさせて欲しいんだ」
「……医療塔の魔法使いとして、やるべき事をしただけだ。恩になど感じなくていい」
「そういうネージュだから、僕は力になりたいんだ。何も持たない僕に役目が与えられたこと、君にしてあげられることがあるのが、今は少しだけ嬉しいんだ」
「ありがとう。……本当なら、私とヴォーロが探しに行くべきなのだろうが、ゲートを使えない国と物資のやり取りにはヴォーロは欠かせない。私も、増え続ける患者を置いて医療塔を離れるわけにはいかないからな。感謝してもしきれない」
フリージアの一件で特効薬が完成したといっても、急患が出ない限り、これから人体への影響を検査することになる。医療塔は今にも増して、忙しくなるだろう。
「シオンもジンガもまだ学生だ。君が大人として気を張らなくてはいけないのも分かるが、無理はするな。イオンとて、この国以外は未知の世界なのだから」
「そうだね。自分を過信しすぎずに頑張ってみるよ」
「いや、そういう意味ではなく……予言の子という責任を背負うには、君もまだ若い。保護者である前に一人の遭難者だと自分を労わってくれ。……つまり、一人で抱え込まなくていいということだ」
論文を語らせればあれだけ淡々と要点を告げるネージュが、しどろもどろとイオンを励まそうと言葉を選んでいる。
それが可笑しくて、嬉しくてイオンは声を出して笑った。
「ふふっ、やっぱりネージュは僕の兄さんに似ているよ」
「一応、姉だからな」
「そうだね。君のその不器用な優しさにいつも救われてるよ。何かあったら、相談に乗ってくれるかい? ネージュ先生」
「勿論だ、すぐに私を頼ってくれ。私も、医療塔の者達も、
二人は握手を交わすと、顔を見合せて笑い合った。
「必ず帰ってくるよ、この研究室が僕の居場所だからね」
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