第25話 二人目の転移者

 



「……そうか。それで君達は同じ世界からやって来たということなのか」


 異世界転移をあっさり受け入れて話を進めようとするネージュに、イオンが驚いて問いかける。


「……別の世界から来たなんて話を、信じてくれるのかい?」


「イオン、君の言うことを私が信じないとでも思ったのか? 嘘ではないんだろう? それに、ここは魔法の世界なんだ。別の世界の一つや二つ、どこかにあっても不思議ではないさ」


 そう言って笑うネージュと安堵の表情を浮かべるイオンに自分を重ねて、シオンはこの場にいないフリージアに想いをせた。


「ふむ。一刻も早くジンガの検査をしたいところだが……同郷同士で積もる話もあるだろう。検査をするだけなら私一人で十分だ。イオン、君はここへ残っていていいぞ」


「あっ、じゃあ俺もついていってもいいですか。フリージアの様子も見ておきたいし……」


「構わない。それでは、我々は失礼するよ」


 テキパキと無駄なく動くネージュに連れられて、ジンガとジェイドが研究室を後にした。


「お互いに良い友人に恵まれたみたいだね」


 気を利かせて二人きりにしてくれたおかげで、シオンは気兼きがねなく転移について情報共有をしようと持ちかけた。


「なるほど……。君は眠っている間に謎の姫に連れられてこちらの世界へ転移した、そして姫の伝言を頼りに残りの予言の子……つまり、僕ともう一人を探している、と」


「うん。あっ、……はい。だから、イオンさんが知ってる事、なんでもいいから教えて欲しいの」


「ふふっ、そんなにかしこまらなくてもいいよ。僕のことはイオンって呼んで、君は敬語が苦手みたいだからね。ただ……この世界については君より少し詳しいかもしれないけれど、そのお姫様については君以上の情報は出せないかもしれないな」


「あはは、ありがとう。めっちゃ大人って感じの人なら敬語も使えるんだけど、イオンの見た目が若いからついつい素が出ちゃって……そう言って貰えるとめっちゃ助かる! イオンも姫の姿は見てないってこと?」


「うん。僕の場合はね、この世界に来た時は植物状態だったんだ。突然ゲートに現れた僕をネージュと医療塔の人達が、この世界の魔法と医療で目覚めさせてくれたんだ」


「植物状態……って、元の世界で事故にあった、とか?」


「いや、僕らの世界ではまだ治療方法がない不治の病ってやつだよ。本当ならそのまま僕は死ぬ運命だった」


 あっけらかんと言ってのけるイオンは、気を使わないでいいよと微笑んでみせた。


「……なんで、そんな状態だったのにイオンは転移者に選ばれたんだろう……?」


「予言の子の話から推測するに、僕がこの世界に求められているのは、この頭脳なんじゃないかな」


「頭脳?」


「本来、元の世界にいれば僕はとっくに死んでいる。それがこの世界に来たから命を救われて、この世界に存在するはずのなかった魔法特性診断キットを開発した。それ以外にもこの世界についてや魔法について、魔法がなかった世界の知識と視点から研究を進めているんだ」


「つまり、この世界にいるはずのない私が、発覚するはずのなかった暴走事件の原因をイオンのところに持ち込んだ……?」


「そう考えると辻褄が合う。僕がシオンより先にこの世界に来ていたのも、この時の為に魔法に関する知識を得る必要があったから。僕らがいなければ、この時点で審判のジャッジメントキャンディに対抗する薬を開発する動きもなかったはずだからね。こういうあるはずのなかった転移者の行動の積み重ねが、この世界を救うことに繋がっているんじゃないかな」


「……なんか、お姫様の掌の上で転がされてるみたい」


いなめないね。シオンにとっては理不尽でしかないけれど、僕に限っては幸運だったと思ってるよ。生まれた時から病気で死ぬことが決まっていたのに、魔法なんていう奇跡で救われてしまったからね」


「イオンはさ、元の世界に帰りたいと思わないの?」


「家族に、もう一度会いたいとは思ってるよ。だけど……植物状態だった僕が後遺症もなく過ごせている、それは意識のない僕の命を家族が必死で繋いでくれたからだと分かっているから、僕が帰らない方が今度こそ皆は自分達の人生を生きられるんじゃないかとも考えてる」


「そんなのおかしいよっ! どうしてもイオンに死んで欲しくなかったんだよ? だったら絶対に会いたいって思ってるに決まってるじゃん!」


「ふふっ、だからこそ……だよ。父と母は優しくて、病室から出られない僕の願いわがままを何でも叶えようとしてくれた。おかげで僕は病室にいながら、博士号を取り、研究者として知識の中で生きていられた」


「……うん」


「優しかった兄は、いつも僕の病室に来て本を読んでくれた。それは大人になってからも変わらずで、色んな話をしてくれた。僕はその時間が大好きだったけれど……僕がいなければ兄さんはもっと自由に外で友達と遊べたはずなんだ。だから、皆には僕のことなんて忘れて、自分の人生を生きて欲しい」


「……わかるけど、分かりたくないよ」


「ふふっ、子供じみた僕の我儘さ。愛してくれていたことが分かっているから、僕は一人でも寂しくない。でもね、愛されていたから会いたいのも、悪いことじゃないんだよ。……シオン、誰も知らないこの世界で、一人でよく頑張ったね」


 そう言うと、イオンは優しくシオンの頭を撫でた。

 同じ世界を知る者。この世界での孤独を知るその存在はあまりに大きく、その優しい掌に安堵してしまえば、隠していた感情が溢れ出して止まらない。


「……ぅ、……っく。……もう帰れないかもしれないって……ずっと……怖かったよぉ……っ」


「……うん、怖かったね。出会うのが遅くなってごめんね。……誰も見てないから、泣いていいんだよ」


 声を殺して涙を流す。それが癖なのか、すがりついて震える小さな背中をイオンはそっと抱きしめた。


「僕も協力は惜しまないから、もう一人で抱え込まなくていいからね。大丈夫、君は絶対に帰れるよ」


「……っ、ごめん、イオン。ありがと……」


 暫くして落ち着くと、人前で泣いたのが恥ずかしかったのか、イオンから視線を外して切り出した。


「それにしても……さ。めっちゃ心強いけど、どっちの世界でも研究者って凄すぎじゃない? イオンは勉強するのが好きなの?」


「僕は知らないことを知るのが凄く好きなんだ。それを突き詰めていたら研究者になっていたって感じかな。だから、この世界のこと、魔法のこと、予言の謎や暴走事件の真実……その全てを知ることが出来るのなら、喜んで手を貸すよ」


「あははっ、それで研究者になれちゃうなんてマジで凄すぎじゃん。ネージュさんも天才だって褒めてたし……このシャルムで天才って呼ばれたら世界一頭がいいかもよ?」


「褒めて貰えるのは嬉しいけどね。この国は本当に色々な研究者がいるから、地頭の良さだけじゃまだまだ足りないよ。例えば……ほら、あそこで飛んでる飛空挺。あれは開発から操縦まで、たった一人の技術者が全てをこなしているんだ」


「造ったのも、操縦してるのも、メンテナンスもってマジで!? そんな全然別のジャンルの仕事を全部覚えるみたいなこと出来るの……!?」


「一人一人が違う研究をする国、探求者の国と呼ばれるのも伊達ではないよね。知識だけじゃない。魔法だけでも、化学技術だけでも、足りないなんて……この世界は本当に面白いよ」


「化学……。ねぇ! じゃあさ、あっちでいう薬物……の研究してる人とかもいないの?」


「薬物とは違うと思うけど、ポーションとか魔法の強化薬とかも存在する世界だからね。薬の調合や魔法化学と呼ばれる分野もあるよ」


「その人にも手伝って貰えないかな!?」


 名案だ、と声をはりあげたシオンに被せるように冷静な声が室内に響いた。


「私の一番上の兄が魔法化学の研究者だ」


「ネージュ! それって、前に言っていた山奥に篭もりきっているっていうお兄さん?」


「あぁ。少し、イオンに似ているかもしれないな。興味のないことには無関心だが……研究命な人だから、未知の特効薬を作りたいといえば喜んで協力してくれるだろう」


「ネージュの身内なら協力のお願いもしやすくて助かるけど……ジンガの検査はどうだったんだい?」


「……体内の魔力を司る器官を強制的に解放させる成分が過剰摂取されていた。簡単に言えば、門が開けっ放しになっているような状態の対処療法として、ジンガの魔力出力を確認しながら一時的に門を閉めるような魔法医療を施した。これで擬似的に正常な状態に戻している訳だが……完全な完治には特効薬が必要不可欠だ」


 噛み砕いて伝えてくれようとするネージュにシオンが首を傾げていると、喘息用の気管支きかんしを拡げる薬の逆を作るみたいなことだよ、とイオンが耳打ちした。


「なるほど……。じゃあ、次はネージュさんのお兄さんにお願いしにいけばいいってことね! ネージュさん、お兄さんの名前はなんて言うの?」


「アムレートだ。騒がしいのは好まないから、冷静に研究欲をつついてやるといい」


「オッケー、わかった! 全然得意だから任せておいて! じゃあ、皆でアムレートさんに会いに行こう!」


 元気よくジェイドやイオンに向かって声をかけ、拳を突き上げているシオンのことを、ネージュが不安げな表情で見つめていた。


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