第19話 犯人

 



「エクレール先生、何も動きがないね……」


 ジェイドにエクレール先生が怪しいことを伝えてから、シオンとジェイドは注意深くエクレール先生を観察することにした。


 その間にも、暴走の後遺症からなるジンガの体調は日に日に悪くなっていき、外傷もないはずのフリージアに至っては、未だに目を覚まさずにいた。


「……なんで、フリージアまで目が覚めないんだろう」


「暴走したわけでもないし、外傷もない。医者も原因が分からないって言ってるし、俺は何も出来ないのが歯がゆくて堪らないよ。……ただ、眠り続けてるだけに見えるのにな」


「……しいていうなら、魔力が乱れてるんだっけ。やっぱり、魔法の暴走事件と関係があるのかな」


「……かもな。何事もなく、寝すぎただけだって起きてくれたらどんなにいいか……」


「……うん。その為にも、早く手がかりを見つけなくっちゃ」


 一向に怪しい行動を取らないエクレール先生に内心ではほっとしながらも、事件の取っ掛りがないことに二人は焦っていた。


「今日も収穫はなし、か」


「しっ! 待って。エクレール先生が動いたよ」


「……あの方向は、薬草学で使う植物を育てている温室か?」


「また、ジンガのことを見てた。生徒の心配って言われたらそれまでだけど……」


「明らかに意識を取り戻さないフリージアより、フラーウィスのことばかり見てるよな。まるで、監視してるみたいに」


 保健室でぼんやりと窓の外を見つめているジンガの目の下には、真っ青な隈が浮かび上がっていて、酷い顔色をしている。医者から魔力の乱れが酷いと言われたジンガは、時々どこかへ姿を消しては保健室に戻る時には更にやつれて戻ってくるのを繰り返していた。


「……追いかけよう!」


 シオンが小声で囁くと、二人はこそこそとエクレール先生の後をつけて、温室の植物の隙間からエクレール先生の様子を覗き見た。


「……やっぱり、あの植物から薬を作ってるんだ。こんな隅っこでこそこそして……」


「あの植物、何かの本で読んだ気がするんだけど……」


「何の本!? ジェイド、思い出して!」


「しっ、静かに! 気づかれる……っ!」


 植物に魔法をかけて粉に変えると、エクレール先生はくるりと向きを変えてシオン達のいる入口へ戻ってきた。慌てて身を潜めたシオン達に気づくことなく、エクレール先生は保健室へと戻っていく。


「……っは、よかった。気づかれなかった、よね?」


「いや、良くない! エクレール先生は、あの薬を保健室に持って行って、何をする気なんだ」


「……っ、フリージアが危ない!」


 尾行していたことがバレるのもお構い無しで、保健室の扉を乱暴に開けて飛び込んだ。シオンの視線に飛び込んできたのは、薬を無理矢理ジンガに飲ませようとするエクレール先生の姿だった。


「……っ、やめてっ!」


 ドンッ、とシオンが全身を使った体当たりでエクレール先生を突き飛ばす。手に持っていた薬がこぼれ落ち、ジンガが驚いたようにシオンを見つめている。


「ねぇっ! ……今、ジンガに何を飲ませようとしたの!? やっぱり、エクレール先生が犯人なの!?」


 ジンガを背に庇い、シオンがよろけたエクレール先生を睨みつけて叫ぶ。


「……シオン? ジェイド。何の話だ?」


「とぼけないで! この前もジンガとなんか言い合って飲ませようとしてたじゃん! それに、ジンガの記憶でも見たもん。街で起きた暴走事件の時も路地裏でこそこそしてたし、生徒を暴走させてるの、先生なんでしょ!」


「……なっ、違う! 誤解だ!」


「何が誤解なの!」


「ジ、ジンガ。悪いっ、誤解を解いてくれないか」


 ジンガとのやり取りと、その手に持つ薬のせいで犯人扱いされていると気がついたエクレール先生が、慌ててジンガに弁明を求めた。


「……何の話をしているのか分からないが、先生は生徒の暴走事件の犯人ではないぞ」


「……え? でも、校舎裏でジンガが先生に言われなくても上手くやる、みたいなこと言ってたじゃん」


「あれは、僕の家の話だ。余計なお世話だと言っただけで……。はぁ……そんなことをわざわざ僕に言わせないでくれないか」


「で、でもでも! 俺にも考えがあるとか言って、めっちゃ脅してたじゃん!」


 面倒くさそうに受け答えするジンガにシオンが反論すると、エクレール先生が納得したように手を叩いた。


「あぁ、それで誤解していたのか。あの時は、無理して長時間の自主練で身体を酷使しているジンガにこう言ったんだよ」


 エクレール先生が向けた視線の先で、ジンガが居心地が悪そうに視線を逸らした。


「……分かっているとは思うけど、これ以上、一人で無理をするようなら、俺にも考えがあるからな。魔法の強さは属性で決まらない、一朝一夕では身につかないことを忘れるなよ。ってね」


「それじゃあ、渡してた薬は……?」


「これは不眠症に効く薬だよ。ストレスで魔力が乱れるのを抑制する薬を混ぜた、僕のオリジナルの、ね。いつまで経っても、ジンガは自分が追い詰められていることを認めたがらなくて、頼ることもしてくれないし、受け取ろうとしないから、半ば強引に押し付ける形になってしまったけどね」


 エクレール先生が困ったように肩を竦めてみせる。バツの悪そうなジンガの表情が、エクレール先生の証言が嘘ではないことを物語っている。


「なんだ、不眠症……。……っ、よかった……!」


「誤解は解けたかな?」


「あと一個だけ、まだある。路地裏でこそこそしてたのはどうして? まだ、事件が起きたばかりで、先生が呼び出されるには早すぎるタイミングだったよね」


「あー……。あれは、シオン。君の護衛をしていたんだ」


「私の……?」


「こんなことになったからね、白状するけど。騎士団長である僕が君達の担任になったのは、予言の子であるシオンが何者なのか、どういった存在なのかを近くで見極める為だったんだ。……言い換えると、君の監視と護衛を兼ねていたんだ」


 エクレール先生の意外な告白に、シオンが驚いていると、横から納得した、とジェイドが言った。


「……騎士団長のエクレール先生を動かす、なんて、シオンがどれだけ特別なのか俺には想像もつかないけど、それを聞いて腑に落ちた。騎士団長が教師をやるにしたって、魔法の基礎を習う俺たちに教えるなんて、どう考えてもおかしいからな」


「まぁね。それでも、怪しまれてでも僕を配置するくらいには、シオンは僕らにとっても不確定な存在だってことなんだよ」


 エクレール先生の言葉に、シオンはセバスチャンの言っていたことを思い出す。予言の子の出現は、いつ起こるか分からない迷信のようなものだった。それでも、シオンがこの世界に現れたことで、予言は現実となり、この世界の人たちは不測の事態に備えなければいけないのだということを。


「街で暴走事件のあったあの日は、シオンが初めて街に出掛けた日だっただろう? きょろきょろと辺りを見回すシオンに気づかれないように、少し離れたところに隠れて護衛をしていたんだよ。まぁ、その結果、事件にシオンが巻き込まれた時、出遅れてしまったんだけどね」


「……そう考えると、シオンを助けた人は何者だったんだ? 閃光のエクレールより、早く動けるなんて……」


「ジェイドもそう思うかい? 僕も油断はしていなかった。それなのに、動いた時、既にあの男はシオンを助け終えていたんだ」


 エクレール先生とジェイドの会話が、当の本人シオンを置いて進んでいく。呆気にとられて聞いていたが、シオンは慌てて頭を下げた。


「エクレール先生、疑っちゃってごめんなさいっ! 私、ジンガの記憶でも薬渡してるところや口論してるところを何度も見たから、先生が怪しく見えちゃって……」


「いや、仕方がないよ。それに、近くにいるからといって無条件で信じるのは危険だからね。それくらい疑った方がいい」


 妙に説得力のあるエクレール先生の言葉は、騎士団長としての経験からくるものだろうか。


「ところで、ジンガの記憶を見たっていうのは……」


「えっと、私にもよく分からないんだけど、ジンガの暴走を止めた時、急にジンガの記憶が流れ込んできたの。音までハッキリとは聞き取れないんだけどね」


「……シオンの魔法とは別に、シオンに宿る特別な力があるということなのか……?」


 新たな疑問に頭を悩ませているエクレール先生に、分からないなら気にしてもしょうがないよ! と明るく言い放ち、シオンはぽつりと呟いた。


「でも……エクレール先生が犯人じゃないなら、なんで……学園内で暴走する生徒が増えたんだろう……」


 エクレール先生が犯人ではなかったことは良かったが、手がかりがなくなってしまった。あの日から、フリージアが眠ったままな理由も分からないのだから、切羽詰まった状況に変わりはない。


 そんなシオンの疑問に応えるように、開いたままの保健室の扉の方から、ガリッと飴を噛み砕く音がした。


「あれぇ〜? ジンガくんだけじゃないね〜♪」


 ピンク色の目立つ派手な服装に、長いピンクのツインテールがふわりと揺れる。


「また会ったね〜、新入生ちゃんたち♪ アンジュ、今からお仕事するから、ちょ〜っとだけ大人しくしててね♪」


 街で出会ったツインテールの少女、アンジュは、にんまりと不敵な笑みを口元に浮かべて、舐めていた飴をシオンに向けた。



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