第12話 彼女からの誘い
「――お、お邪魔……します」
上条悠斗は、久し振りに一ノ瀬綾乃の部屋に招かれ落ち着かなかった。
全体的に白色で揃えられたシンプルだが清潔感のある部屋。
肌触りの良いカーペットの上にガラスのテーブル。整えられたベッドと小さい本棚。
小ぢんまりとしている化粧台が、男子の部屋との決定的な差になり少年の胸を妙にドキドキとさせる。
「……そんなに緊張するもの? アンタも前は良く来てたでしょ」
「いや、それって小学生の時だからな? 部屋の様子とかお洒落になってるし。なんか『女子の部屋』って感じの良い匂いがするんだけど……」
「多分、それ化粧品だと思うんだけさ。部屋の主を前に言う事じゃないわよ」
ハッ! 思わず本音が!? という顔をした悠斗に綾乃は深いため息をついた。
「数分前にあった私の胸キュン返してくれる?」
「――したのか?」
そんな状況あったっけ? と素で小首を傾げた彼に、
「ゲフンゲフン」
「それ単品で使う人、初めて見た」
「さ、早く宿題しよ?」
「え? お、おう……」
釈然としないまま、綾乃と共に部屋の中央に置かれた足の短いガラステーブルについた。
――宿題のプリントは、教員の気分次第で量や難易度が上下する。
件のプリントの教科担任はそれが、特に顕著だった。
前日に良いことがあり興が乗ったのか、それとも嫌な事があり生徒へ腹いせなのかは定かでは無いが、当人達にはいい迷惑に違いない。
だが、内容は授業内容そのままなので、真面目に黒板を板書していれば、苦労する事は無いものだった。
「――意外とアンタってしっかりノートとってるのね。字汚いけど」
「つい殴り書きしちゃうんだよな。まぁ、自分が解れば良いかなってさ」
「にしても、雑よ。これ、『い』だから『り』だか判んないわよ」
「もう良いだろ、ノート返せよ。宿題終わったんだから」
確かに彼は字が綺麗と言えずに、その自覚もある。丁寧に書けば少しは見栄えも良くなると思うが、どんどん進む授業に追いつく為には、ミミズがうねった様な書き方になってしまう。
数ある彼の欠点の一つだった。
「良いじゃない、もう少し見せてよ。――あはは、先生からも『もっと丁寧に書きましょう』って書かれてるじゃない。小学生の時から変わんないわねー」
ノートを取り返そうと手を伸ばす悠斗を拒みつつ、綾乃は小馬鹿にした様にページを捲る。
「何で消しゴム使わないで塗り潰してんの。落書きまでしてるし……その癖、大事な所はちゃんとしてるのよねー」
「おい、綾乃―。綾乃さーん?」
「~♪」
自身のノートをご機嫌で見られ、悠斗は恥ずかしさと気まずさに溜息をつく。
「まぁ、別に良いんですけどね――ぇ?」
教科書やプリントを仕舞っていくと、ガラスの天板越しに綾乃の脚が見えて、目を奪われた。
白い肌。彼女がすらりと伸びた脚を動かす度に赤いミニスカートが擦れて形を変える。
――僅かに、ほんの一瞬だったが、薄青い色が見えた。
「……っ」
咄嗟に視線を逸らす。
昔から知っている目の前の少女が、異性なのだと改めて思う。
既に恋人となった。口付けもした。
自分がそういう目で彼女を見ても、自然な事だと思うけれど、母に言われた『学生らしい付き合い』という言葉に罪悪感が生まれた。
彼女の父親にも信じて貰えている。
――裏切る訳にはいかない。
それでも、上条悠斗は思春期の男子だ。
そういった本を手にした時と同じ感情が込み上げてくる。
恋人だからこそ、見たい、触れたい。
けれど――傷つけたくない。
その癖……。
「――っ、ぁ……きっついな……」
悠斗は眉間にしわを寄せた。
「……何がキツイの? 大丈夫?」
「ん!? あぁ、いやーほら、ご飯食べ過ぎてお腹パンパンだなーって」
綾乃に訝しげに見られて、悠斗は引き攣った笑いで誤魔化した。
彼女からノートを返して貰い教科書やプリント共々、鞄に突っ込んで、
「……それじゃ、そろそろ帰るよ」
「え、もう? お腹辛いなら、休んでいきなさいよ」
「そこまで辛い訳じゃないよ。それに、おじさんに俺達の事を認めて貰ったって言っても直接、伝えた訳でも無い。幼馴染だからって、男が娘の部屋にいつまでも居たら、普通、心配するだろ」
「――大丈夫よ。お父さん、今日は帰って来るの遅いから」
だから呼んだの、と、呟かれて悠斗は息を呑む。
「アンタと、他にしたい事があるから、もう少しだけ居て……? 少し位、五月蠅くしても大丈夫だから」
恥ずかしげに言う綾乃に、
「それは良いけど……。な、何するよ」
「アンタと、ずっとしたかった事」
びくっ、と悠斗は強張った。
「アレって男の子は皆、好きなんでしょ? クラスの女の子も好きな人とするって子、多いみたいだし」
「だから、綾乃も……?」
コクン、と彼女は頷いた。
「私も好きで結構してるの。でも、一人でするのも飽きちゃったから、アンタとしたいなーって。だから……」
悠斗が何か言う前に、
「――しよっか?」
上目遣いにねだられる。
それを突っぱねる事など、出来る筈がなかった……。
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