第3話 お弁当だけに


「――そういえば、秋元君に見られたかな?」


「どうだろ。直ぐに逆側の階段から降りたから大丈夫だと思うけど。……やっぱり綾乃は俺との事知られるの嫌か?」


「嫌、じゃ――ないけど、さぁ~」

 

 学校からの帰り道。

 手を繋ぎながら上条悠斗と一ノ瀬綾乃は、ゆっくりと歩いていた。

 

 学友にキスをする事を見られてしまったとしたら――まぁ、正確には未遂なのだが――女子としては恥ずかしい。


 だが、“最愛の人と恋人になれた事”を周囲に隠し通す必要もあるとも思わなかった。


「言いふらしたりとか……は、しないもんね、彼なら」


ふゆは、そういう事をする奴じゃないよ。それに広まってたらそれはそれで、皆に説明する手間が省けるじゃないか」


「……物は言いような気がするなー。まぁ、納得してしまう自分もどうかと思うけど……」


「今まで無駄に悩んでたから、これからはこの位、単純に行こうぜ」


「この三年間は頭が悪くなりそう……」


 二人は照れくさそうに笑って、


「そういえば、昨日の二十一時からのドラマ見たか?」


「見た見た。アレ、原作が少女漫画なんだけど色々脚本変えちゃってるのよね。毎週軽く炎上してるし。ねぇ、知ってる? 昨日のデートシーンは原作ではね――」


 なんて他愛なくどうでもいい、くだらない話。

 それに彼等は今までにない安らぎを覚えていた。

 繋げる手の温もりから、互いに同じ事を想うのが伝わって来る。


 自宅に近づくにつれて、中学時代と同じ道になる。


 本来なら、当時から共に歩いた筈の景色を三年越しに見れたのだ。

 それは、とても幸福な時間。家に着くのが不思議と惜しくて足取りが妙に遅くなる。


 とはいえ、道のりはそう長くない。


 引き延ばすだけ引き延ばしたが、とうとう家の前まで来た。

 今まで話せなかった分を取り返そうと言葉を交わしたが、数十分程度で満足出来る筈が無かった。


「着いたな」


「着いたわね」


 家が隣同士。自室に至っては、やろうと思えば窓で行き来できる程。

 会話など、今となっては幾らでも出来るというのに……何故か、この手を離すのが惜しくて堪らない。


 まぁ、いつまでもこうして居られないと、互いに手の力を抜く。


 完全に離れる間際、未練がましく指一本ずつで、引っ掛け合う。


 

「明日のお昼ってどうするか決めてる?」


 不意に、綾乃がポツリと呟いた。


「いつも母さんが作ってくれるけど仕事で忙しい時とかは、コンビニとか購買で済ませてる。明日は聞いてみないと分かんないかな」


 ふーん、と綾乃は興味無さそうにしつつ、


「私は、お弁当をお父さんの分まで毎朝作ってるの。晩御飯の残りとか冷凍食品とかで埋める事が多いんだけさ。二人分作るのと三人分作るのって、大差無いの」


 彼女の指の力が僅かに強くなる。


「……良かったら、食べ――」


「食べる! 頂きます!」


「食い気味ね!?」


「弁当だけにな」


「……は?」


「今のナシで」


 彼女の冷たい視線に彼氏は顔を背ける。


 綾乃は小さく吹き出し、


「お弁当箱。後で貸して、部屋の窓からで良いから」


「あぁ、分かった。それじゃ、また」


「ん、また」


 ――それで、ようやく彼等は帰宅した。


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