みじかい随筆
朝日翼
1 優しい人
小学校五年生の頃、ひとつ上に不登校の女の子がいた。顔が広くない私はその先輩の名前を知らないし、しゃべったこともない。顔を知っているだけだった。
その人はいつも運動会や発表会などの行事の時だけ来ていた。それを知ったのは噂もあるが、実際にその人を、いつもは見かけないのに行事で見るからだ。練習どうやってしてたんだろ、と不思議に思ったのを覚えている。
なぜその人が不登校なのかは知らない。六年生のクラスでいじめが起きているようなものは見かけなかった。病気だったのかもしれないし、もしかしたら不登校に理由などなかったかもしれなかった。
実際に行事の時だけは目にしたし、他の日でその人を見ることはなかった。
それから二年経って私は中一になり、私は私立の学校に通い出した。同じ小学校でその私立の学校に通う人、通っている人は誰もいなかった。
ある、平日の朝、バスに乗って寝ぼけたまま二人席に座ると、隣に、あの不登校の女の子がいた。顔で分かったが、しゃべったこともないし、相手は自分のことを覚えていないかもしれないので、話しかけなかった。その人はリュックを持っていたから、学校に行くのに違いない。不登校は脱却したのかもしれないと思った。バスに乗っているから、歩いて行ける、公立のA中学でも、N中学でもないだろう。もしかしたら受験したのかもしれない。そう、朝のぼんやりした車内で考えた。
すると、急にその人は声をかけてきた。一瞬、自分に話しかけたとわからなかった。
その人は細い声で言った。
「あの、リュック、足元に置いたらどうですか。重そうだから」
脳がフリーズしたが、その人の言ったことを反芻して、「ありがとうございます」と言いながら、リュックを足元に置いた。私のリュックは大変大きい。教科書も何も詰まっていないくせに、でかいリュックで通学している。横幅は教科書を横に入れても余裕なくらいある。でも、パソコンがはいっているため、そこそこ重い。足元に置いたら太ももが軽くなった。重いものをのけたら軽くなるんだな、と当たり前のことを思った。
その人は何をするでもなく、窓を見ていた。
優しい人なのだろうと思う。自分に関係ないことなのに、相手を気遣える人。私と同じ小学校だということは言わなかった。なんとなく、そうした方がいい気がした。その人は、たしか、自分より先にどこかで降りて行った。
その人を見たのはその一度きりだった。同じバスの時刻に乗っても、その人を見ることはなかった。バスの時刻を変えたのかもしれないし、私と出会った日がたまたま中学校の行事日で、小学校みたいに普段は登校していなかったのかもしれなかった。
不登校だった理由もわからないし、なぜあの日私たちが出会ったのかもわからないが、その人がとても優しい人であることだけはわかった。
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