第26話 沙矢と豪雨の中で――

 私は雷鳴轟く豪雨の中、傘もささずに駅までがむしゃらに走る。ひじり先輩に最初で最後の応援をするために。


 私が応援席にいたら、きっと驚くだろうなぁ。そしたらきっと聖先輩に自信がみなぎって勝利へ導いてくれる――のかなぁ?


 私が来た瞬間、いきなり百合ヶ崎ゆりがさき高が調子が悪くなって、全国大会首位の壁を乗り越えられず、負けてしまうんじゃ――


 それが原因で――私が来たことで聖先輩を悲しませてしまうんじゃ――


 そう思うと、自宅から会場まで走る脚が止まってしまう。


 やっぱり自宅の中で大人しくして結果を待って方が――


「あら?こんな大雨の中、傘もささずに百合ヶ崎高のジャージを着てうろついているなんて、同じ生徒ながら飛んだ恥さらしそのものだわ?」


 引き返そうかいなか迷っている時、眼前から私の情けなさを見て嘆く声が聞こえたから、前髪に垂らした雨粒で顔を濡らしながら前を向く。


「ま……松村まつむら先……輩……?」


 雨粒が目に入ったからまばたきして視界を明瞭にすると、パープルカラーの傘をさしながら私を見てほくそ笑む松村先輩がいた。


「アンタってそんな脳筋な人なんてね……」

「な、何ですか?この私に負けなさいと言いに来たのですか……?」

「はあ?何を言ってるのアンタは?雨に打たれ過ぎて頭に血が通っていないの?」


 唐突に私の前に現れた松村先輩は、重ねるように毒を吐く。


 私の質問に対してもそんな余裕をかますものだから、もう勝利を予見しているという証なの?


「……負けを伝えに来たのよ」

「ま、負け?」


 一体それはどういう意味なの?負けを伝えにってことは、もう百合ヶ崎高は相手チームに敗戦したってこと?


 いやでも待って!聖先輩は今日の試合を最後に日本をつんじゃないの!?だからもう勝ち負け以前の問題じゃないの!?


「そうよ。負けたのよ。――」

「えっ――?」


 落ち着きのあるトーンで敗北宣言をする松村先輩に、私は目を丸くする。


「実は昨日きのう、愛しき聖さんから電話が来たのよ。今回の合宿をもって海外へ引っ越すと。私も突然の知らせだったからびっくりしたのよ。本当なら前もって言う予定だったけど、その間に私がアンタに襲いかかったせいで謹慎処分になっちゃったから言いそびれたって――」

「……それを伝えるために私のいるこの街まで再び来たってことですか?」


 本人の口からもでたけど、松村先輩は一度私の住む街まで来て私を襲撃して来たことがある。それが当人の自宅謹慎の原因にもなった。それで私の自宅までのルートを知っているからこそ、私の自宅まで直接来るつもりだったの?


「そんなためにこの街に来たわけじゃないわよ。ほら」


 私の推察は見事に外れたもので、松村先輩はビニール傘と一枚のチケットを渡そうとする。


を応援するんでしょ?もう試合的には後半戦に突入してるけど、そのジャージなら許してくれるでしょ?あと会場はこの駅から都心方面へ五つ先の駅で地下鉄に乗り換えて。そこから西方面で五つ先の駅が会場の最寄り駅だから」


 少々ぶっきらぼうで私から視線を逸らしながらも、試合会場のチケットを渡してくれる松村先輩の優しさを感じた私は、素直に傘とチケットをいただく。


 正直、これらを受け取ってもいいのかと疑いをかけてしまう。相手が相手だから尚更その思いが強くなる。


「何してるの?早く手に取りなさい」


 松村先輩の目は、私を地に陥れようといった策略あるような感じではなかった。それはもう自分は聖先輩は諦める。その引き換えに、私が聖先輩を応援しなくちゃダメだよと忠告しているような眼差しだった。


「あ、ありがとうございます……」


 私は濡れないようチケットをズボンポケットにしまい、駅は眼前にあるから傘はささず、そのまま駅へ走る。


「あとさアンタ――」


 まだ何か言いたいことがあるのかと呆れながら、私は一旦立ち止まって松村先輩の方を身体からだごとかえりみる。


「目的地までの電車代は持ってんの?」


 松村先輩にそう問われた私は、はっ!と気づき、いかに私は聖先輩のことばかり考えていたあまり慌てながら家を飛び出したことを自戒する。


「アンタったらどうして移動に必需な金銭類を持ち歩かず外を出ているのよ!この天気だって普通なら傘をさして外を出るのよ!アンタは基本からなってないじゃないのよ!?おまけに会場が分からないのにどうして一目散に愛しき聖さんを追いかけようと考えたのよ!?まずそこを疑問に思ったわよ!」


 私のありとあらゆる無計画性に呆れるあまり、松村先輩は遂に堪忍袋の緒が切れた。


 確かに会場がどこなのか、そして大事なものを持たずに聖先輩に会いたい気持ち優先で外出したのは反省する。今回は松村先輩の説教を心から受け入れる。


「はぁ~……。ま、アンタにお説教をしても時間の無駄だし、今のうち行った方が愛しき聖さんのためになるわ。だから今回だけは助け舟を出すわ。今から大事なものを放り投げるから、アンタはしっかりキャッチしなさい」


 ○そう言ってから松村先輩は、一枚のカードを私に放り投げる。私は掴もうとするものの、すんでのところで手許てもとが狂い掴み損ねそうになるけど、何とかキャッチしてびしょ濡れの地面を落とさずに済んだ。


 これで落としたら、今の空でけたたましく鳴り出す雷以上に松村先輩の落雷が激しくなっていただろう。それを回避したことに安堵しながらキャッチしたカードを見つめる。


「これは?」

「それはもう私の『ハスモ』よ。どうせ定期だから一円も減らないし、通学以外は基本電車使わないから今日限りアンタに貸してあげるわ」

「で、でも――」

「私がいいって言ってんだから使いなさい!どうせ減っても往復千円で済むんだから!それに定期だからといって、その区間しか使えないというわけじゃないし」


 現状無一文な私をみかねて、松村先輩は自分のICカードを私に貸与たいよしてくれた。


「何私をジロジロと見ているのよ!?もし百合ヶ崎高が負けたらアンタに責任を負わすからね!」


 何とも理不尽なことよ。松村先輩は、まるで全裸にでもさらされたかのように両腕で胸を隠すようなポーズを取り、そして中指を立てて恐喝する。


 ちょっと……。松村先輩の倫理観どうかしてるわよ?と呆れながら、そのまま駅のホームへ向かった。


 〜〜〜


 ――これでいいのよ。聖さんが飯原いはら 沙矢さやの応援が力になればそれでいいし、あのバカならきっと有終の美を飾ってくれるわ。


 ……はぁ?何を言っているのよ私は?いくら聖さんが海外に引越すから勝負はお預けだからといって、何で飯原 沙矢の恋を応援しているのよ?


 加えて、幼少期に怪我をさせてことに対する謝罪なんてしていないじゃないの。それで会わずに別れを告げちゃっていいの?


 私は飯原 沙矢がありとあらゆる思いをいだきながらエスカレーターを降りる背中を見つめるしかなかった。

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