第22話 沙矢と松村先輩の邸宅
「ねぇ、どうしてそんな距離を取って歩いているのよ?」
「いやその……、一緒歩くのが緊張しちゃうと言いますかそのぉ――」
正直に言って、
とはいえ、憧れの先輩と一緒に暮らす、楽しみとしての緊張と苦手な先輩の家に行く不安としての緊張じゃ、同じ緊張でも意味合いは違う。
「何?この私と一緒に歩くのがキツいと言いたいの?」
しかし、私の態度と返答が、松村先輩の怒りを買ってしまう。
「ち、違いますよ!そういうニュアンスで言ったわけじゃないですよ!こうして二人して歩くのが初めてなので――」
「ふ~ん……。あっそ」
私の弁明に対して、松村先輩は納得したのか
それ以降は、私と会話することはなかった。
「ほら。着いたわよ」
早くこの時間が終わるのを願う以外の方法が見いだせないまま、松村先輩の自宅に到着した。
「はぁ~……」
その圧巻とも言える自宅の姿に、私は感嘆の声を出す。語彙力を喪失するほどだった。
ライトブラウンのレンガと白亜の天然石で造られた外壁、周囲には樹木や草花が植えられて、まるでその地にファンタジーの世界から転移したかのような光景が、そこに広がっていた。
というよりも、松村先輩ってお金持ちなの?これだけご立派なご自宅にお住まいなんだから……。
思わず丁寧語が出ちゃいそうだった私は、改めて周囲を見渡す。
四方には、高級という二文字が似合うくらいの住宅が建ち並んでいる。私の住んでいる街とは比べ物にならないくらいの荘厳ぶりだった。
「ほら。早く入りなさい。この門はオートロック機能だから、閉めると中に入れないわよ?」
「可愛いねぇ~。キミの名前はなんて言うの?そうなの。レベッカって言うんだぁ~」
現実から逃げるように、私は反対側の家の門越しで吠えまくるシュナウザーに、勝手に名前を付けて勝手に性別を決めながら癒されまくる。
「さようなら」
「あぁ!待ってくださいよ!閉めないでくださいよぉ~!」
本当に帰ろうとする人に一緒に来てと言っときながら、ご近所のワンちゃんに癒されているのにイラッとし、そして入室拒否をかます松村先輩。
閉めようとする門を私の右足で制止し、何とか松村邸の敷地に入ることができた。
「お、おじゃましまーす……」
松村邸に入ると、玄関からいきなりザ・高級という言葉が頭に浮かぶくらいの光景が広がる。
何せ通路の壁も床も白亜の大理石で出来て、しかも私の姿が映るくらいピカピカに光っている。
確か唐突に家に来てって言ってたわよね?それなのに、今日来るのが分かったかのように
そんなきらびやかな通路を歩いていると、思わず目を奪われる光景がまた広がる。
「ほぉ~……」
またしても私は、感嘆の声を出した。
一体私の家のリビングの何倍の広さ何だろうか?具体的に例えるならテニスコートくらいの広さよ。
そして私が目を奪われたのは、単にリビングが広いからというだけじゃない。
そのリビングは大きな窓がある。しかしそこに映っているのは、大きな西洋風の噴水に淡い緑でいっぱいの芝生に先刻、松村邸の前で見たやや高い樹木も見える。
まるで絵画がリアルとなって現れたかのような西洋庭園が、そこに広がっていた。本当にここって日本なの?って一瞬頭をよぎった。
「何?人ん
「あ、はい……」
松村先輩の軽いお説教に私は我に返って、彼女の後をついていく。
いやいやいや。松村先輩の感じる普通と私の感じる普通は全くもって違うわよ。
これだけ広大なリビングを持つ松村邸に対して、我が
松村先輩の普通とは一体どういうものだろうか。私と松村先輩が登っているガラス製の階段もそのうちの一つに含まれる。
○最近観た恋愛ドラマにも、主人公がお金持ちのお
「ここが私の部屋よ」
やっぱりお金持ちの人は、リビングに階段というのがトレンドなのかと思いながら登ると、右に曲がってすぐの白いドアが松村先輩の部屋みたい。
「おじゃまします……」
恐る恐る松村先輩の部屋に入る。
何せ聖先輩を溺愛する松村先輩よ。私見たく隠し撮り写真を壁やコルクボードにたくさん貼り付けている――というイメージを植え付けているから。ま、私も聖先輩が家に来る前はそんな感じだったけどね。
だけど、それは取り越し苦労だった。
松村先輩の部屋はとてもシンプルだった。壁から天井に床、ベッドや勉強机といった家具に至るまで真っ白な造りで、とても落ち着きがある雰囲気だ。
「何?私の部屋が地味だと言いたいの?」
「い、いえ!そんなことは思っていません!」
私の部屋とは大きく違うことに感心したのに、松村先輩はどう喝めいた問いに、私はかぶりを振る。
そんな松村先輩は、両手に一冊の本を持っているのを私が気づく。
虹が
「せ、先輩。それは何ですか?」
「見て分からないの?小学校時代のアルバムよ」
一体どうしてアルバムを見せようとしたのか、私は疑問に思う。
「ほら!この写真を見なさい!」
松村先輩は、黄色の
「う~ん……」
さされた写真を見ても、私は首をかしげながら唸るしかなかった。
左にはで歯を見せながら笑顔を作る女の子。方や右は、下を俯いてカメラに目線を合わせない女の子。
そんな誰だか分からない女の子二人組の写真を見せられても、結びつける答えが思いつかない。
「これは、私と愛しき聖さんよ」
えっ?どこが?一体どこをどう見たら聖先輩と松村先輩になるの⁉どっちが聖先輩で、どっちが松村先輩なのか
「アンタ!愛しき聖さんに好かれてるというのに、それくらいのことで分からないとほざくつもり⁉それでよく聖さんに接近しようと思ったわね!」
えっ⁉理不尽に𠮟られたんだけど?試されてる?これは何かしらのテストなの?
「いい?よ~く覚えときなさい。左ではにかんでいるのが私。右で落ち込んでいるのが愛しき聖さんよ」
「えぇっ⁉」
ど、どこが⁉逆で認識しているんじゃないの⁉だって、今の聖先輩といったら、誰とでも明るく接して、朗らかで勉強も出来てスポーツもこなせるというウルトラスーパー何でも出来る先輩じゃない!
そんな先輩の幼少期が、こんな陰キャ
「すみません。これ本当は松村先――」
実はこの陰キャな女の子は幼少期の松村先輩だと指摘すると、私の
ちょっと待ってよぉ~。以前は私の自宅の前で待ち伏せして襲おうとして、今回は矢で
「そ、そうなんですねぇ……。これが聖先輩なのは驚きですよぉ……」
これ以上松村先輩を怒らせないよう、彼女に合わせて会話をする。そんな私のリアクションに呆れ混じりとため息をつく。
「と、ところで、この当時の聖先輩と松村先輩って、どんな関係だったのですか?」
よどんだ空気を変えようと、私は写真の中の二人の先輩の関係について
そんな私の質問に対し、松村先輩は真っ白な天井を見上げながら思い出すように呟く。
「私と聖さんは、元々は幼なじみの近所同士だったのよ……」
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