第3話 動き ― 準主人公編

冷たい風が吹き抜ける東京の街並みの中、井上胡桃の焦りと困惑が園田一花に伝わってきた。彼女たちは不意に昭和18年(西暦1943年)へとタイムスリップし、今の状況を飲み込もうと必死だった。


「…一花、一花ってば、起きてよ!」

胡桃の声に、一花はようやく瞼を開ける。


「ん…胡桃、一緒だったんだね」

「大丈夫?どこか痛んだりしてない?」


一花は身体を起こしながら首を左右に回す。「大丈夫。胡桃こそ怪我してない?」

「私は平気よ。でも、さっき気を失ってたから心配になって」と胡桃は胸を押さえながら安堵の表情を見せた。


一花は周囲を見渡しながら、以前と同じ状況が起きたのではないかと考え始めた。前回も、気が付くと時空を超えた先に放り込まれていたことを思い出す。


「胡桃、今の記憶はある?」

「あるよ。防大の寮で気を失って、気が付いたらこんな場所にいる。でも、またってどういうこと?」胡桃の声には焦りがにじんでいた。


「説明は後にするわ。まずは、ここがどこで、いつの時代なのかを確認しないと」

「そんなの、誰かに聞かないとわからないの?」と胡桃が眉をひそめる。


「ええ、一応ね。さあ、行こう」と一花は近くを歩く人に声をかけた。


驚きの事実

「あのう、すみません」

「はい、どうかしましたか?」と通りかかった男性が立ち止まる。


「ここはどこですか?それと、今は何年何月でしょうか?」と一花が訊ねると、男性は不思議そうな顔をした。


「ここは東京ですよ。そして今は昭和18年、1月ですが…どうされたんですか?」


その答えに一花と胡桃は顔を見合わせた。驚きのあまり声が出ない。胡桃が口を開く。「東京…昭和18年…本当ですか?」


「もちろん、本当ですが…あなた方、本当に大丈夫ですか?」男性は彼女たちの様子を気遣いながらさらに言葉を続けた。「何か頭でも打ったのでは?お医者さんに診てもらった方が良いのではないですか?」


「いえ、大丈夫です。お心遣いありがとうございます」と一花は頭を下げ、その場を離れた。


胡桃は不満げに口を尖らせる。「なんなのあの人。頭を打ったんじゃないかなんて失礼よ!」

「仕方ないわ」と一花は小さく笑う。「私たちが混乱してるのを心配してくれたんだもの。むしろ親切な人よ」


「でも本当に昭和18年だなんて信じられない。ねえ、一花、どういうこと?」

一花は少し間を置いて、胡桃の目を見据えた。「落ち着いて聞いて、胡桃。私たち、たぶんタイムスリップしたのよ」


「タイムスリップ?そんなのあるわけないじゃない!」胡桃は声を荒げたが、一花の落ち着いた様子に少しずつ冷静さを取り戻していく。


現実を突きつける検証

「他の人にも聞いてみよう。それで同じ答えだったら納得できる?」と一花が提案すると、胡桃は頷いた。二人は再び通行人に話を聞いたが、場所と時代は同じ答えだった。


「嘘でしょ…」胡桃は信じられない様子で自分の頬をつねる。「夢じゃないの?一花、ほっぺをつねって!」


二人は互いの頬をつねり合ったが、現実の痛みが彼女たちの意識をはっきりさせた。


一花の過去

「胡桃、聞いて」と一花が言葉を切り出す。「実は、これが初めてじゃないの。私、以前もタイムスリップした経験があるの」


「何それ…本当なの?」


「ええ。それに、この時代、私たちはすでに一度足を踏み入れているのよ。昭和17年の6月、ミッドウェー海戦の直後までいたわ。そこから元の世界に戻ったんだけど、今回またここに来てしまった」


胡桃はさらに混乱を深めながらも、ようやく状況を理解し始めた。「でも、今は昭和18年の1月なんでしょ?半年以上経ってるじゃない」


「そうなの」と一花は頷いた。「それに、史実も大きく変わってる。アメリカとの和平が成立してるなんて、おかしいわ」


晃司の秘密

胡桃がさらに質問を続ける。「史実が変わったって、どういうことなの?」


「実は…」と一花は言葉を選びながら話し始めた。「晃司さんが、ミッドウェー海戦で史実を変えてしまったのよ」


「どうして岡本さんがそんなことできたの?それに、そんな権限があったの?」


「晃司さんは、連合艦隊司令長官山本五十六大将の腹心だったの。そして私は軍令部総長永野修身大将の秘書官だったのよ」


「それ本当?信じられない…」胡桃は驚愕を隠せなかった。


軍令部へ向かう決意

「一花、私たちどうするの?このままじゃ何もわからないわ」胡桃の焦りに一花は慎重に答えた。


「無難な方法があるわ。福岡に晃司さんの曾祖父の家があるの。その人に私のことを覚えているか確かめれば、安全よ」


「そんな悠長なことしてる暇はないの!」と胡桃は即答した。「和平が成立してるんだし、軍令部に行って確認するのが一番早いでしょ?」


「でも、それは危険よ。もし私たちの知ってる世界線と違うなら、拘束される可能性だってあるのよ!」


胡桃は一歩も引かない。「危険でも、私はやるべきことがあるの。軍人として、この時代で生きていく覚悟があるわ。一花、あんたはどうなの?」


一花は胡桃の決意に心を動かされ、静かに頷いた。「わかったわ。行きましょう、軍令部へ」


こうして、二人は昭和18年の東京で、軍令部へ向かう道を歩き出した。未来と過去の狭間で、彼女たちの新たな物語が動き始めたのである。

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