第四話

 到着したのは、夜会に出席していた商人ギルベルトの屋敷。大理石の門柱がそびえ立ち、庭には手入れの行き届いた草木が茂っている。さすが一代で莫大な富を築いたと噂されるだけあり、その財力は並々ならぬものだとわかる。


「お嬢様が私のもとへいらっしゃるとは……何かご用でしょうか?」


 ギルベルトは柔和な笑みを浮かべるが、その目は商人特有の観察力で私を見極めようとしているように感じられる。


「昨夜の夜会で、青い薔薇を持った仮面の男を見かけたそうですね。ぜひ詳しいことを伺いたいのです」


 私が率直に切り出すと、ギルベルトは一瞬だけ眉をひそめた。


「仮面の男……ですか。ええ、見かけた気がしないでもありませんが、さしたる印象もありませんでしたよ」


 明らかに探るような口調。私は懐から金貨の袋を取り出し、彼の前に差し出した。


「この情報には十分な対価を支払うつもりです。私にとってはとても大切なことですから」


 金貨の音が袋の中でかすかに響くと、ギルベルトの口元に笑みが浮かんだ。


「なるほど……では、お嬢様のお役に立ちましょう。確かに、その男を見かけましたよ。夜会が終わる前にこっそりと退場し、王宮の裏路地のほうへ向かっていったようです」


「裏路地……!」


 私は思わず声を上げた。王宮の裏路地といえば、盗賊やならず者、あるいは闇取引に手を染める者が集まる危険地帯として知られている。私のような貴族の令嬢が軽々しく足を踏み入れられる場所ではない。


「王宮裏路地に潜伏する怪しげな者たちがいる、という噂はご存じでしょう? 貴族にとって好ましからぬ連中です。あの男も、もしかしたらその一味かもしれませんな」


 ギルベルトは皮肉めいた笑みを浮かべたが、私の胸は不安と同時に決意に燃え始める。リュカがそんな場所に行く理由は何なのか。もし陰謀や危険な企みに巻き込まれているなら、なおさら放っておけない。


「ありがとうございます、ギルベルト卿。これはほんの礼です」


 私は再度礼を述べ、金貨の袋を彼の手に握らせる。彼は満足そうにそれを受け取り、しかしどこか含みのある微笑みを残して私を見送った。

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