ラピエール十字軍

「十字軍、ですと?!」


「うむ。」


 コルナゴでの戦いを終えたばかりのランスロット親子にある一報がはいった。それは教皇インノケンティウスの名のもとに発せられた「十字軍」の号令であった。


 13世紀の半ば、教皇インノケンティウス2世は個人的な思惑から十字軍を組織することを決意した。前年、教皇は騎士たちが使う馬を禁止し、結果として騎士たちは「馬馬車里ママチャリ」という自転車を代用することになった。


 騎士たちの力を削ぐ目論見があった「ナント馬禁止令」はこの馬馬車里ママチャリによって有名無実化してしまった。ゆえに教皇は十字軍を呼びかけ、戦の消耗によって騎士たちの力を削ぎ、教会の権威を一層強化しようとしたのだった。


「ですが、父上! ここに書かれているこれは……」


「うむ。そうよな」


「ラピエールは同じキリスト教徒が住む街です。なぜ十字軍などと! それにラピエールは我々が駆る馬馬車里ママチャリを作っている重要拠点です!」


「だからだ。だから猊下は十字軍の号令を発したのだ」


「なっ……!」


 問題は十字軍の目標とされた都市にあった。十字軍の呼びかけは、なんと同じキリスト教徒であるフランスの都市、ラピエールに対して発されたのであった。その攻撃は教皇の望む方向性、すなわち教会の権威を高めようとする意志と明らかに矛盾していた。それはなぜか。


 ラピエールは馬馬車里ママチャリの一大生産拠点であったからだ。

 都市が喪われれば、馬馬車里ママチャリもまた喪われる。


 十字軍に参加した騎士が勝てばそれでよし。馬馬車里ママチャリの喪失によって、騎士たちの弱体化は成る。負けたとしても、それはそれで世俗領主の力を弱めるという目的は果たせる。


 教皇が打った一手は、騎士たちにとって許しがたくも効果的な一手であった。


「どうするのです父上。ラピエールには、先のコルナゴの戦で共に馬馬車里ママチャリに跨ったガウェイン卿がおります。かつての戦友に剣を向けるなどと……」


「わかっておる。わかっておるわ」


 ランスロットは喉の奥でうめく。

 戦友と教会の間で心を揺らす父の姿は、ガラハドの目に痛ましく写った。


能地足のうじたれり。為すべきことは為した。馬を捨てろと言われれば捨ててみせ、それでこの仕打ちとは……インノケンティウスめ」


 ランスロットは天を仰ぐ。

 すると彼は何かを決心したような澄んだ瞳で息子に向き直った。


「ガラハド、私は決めた。ラピエールに入るぞ」


「父上!」


「だが、ラピエールの敵としてではない。共にペダルを漕ぐ仲間としてだ」


「……ッ!!」


 1281年の夏。ラピエールの城門の前にランスロットの一門衆が並び立った。

 城内の市民や兵士たちは一触即発の緊張感に包まれた。しかし、街の前面に立った軍勢は、矢玉を放ってくる気配はない。静けさの中、時間だけがたっていく


 その時、一騎の馬馬車里ママチャリが軍勢から進み出た。


 その異様な光景に、群衆は驚きと好奇心を隠しきれなかった。馬馬車里ママチャリの全面には、荷駄用のカゴが取り付けられており、その中には一本の剣と一つのパンが収められていた。


 これはガリア以来、古式にのっとった交渉の形式であった。

 剣を取れば戦いを望み、パンを取れば友誼を約束するという意味を持っている。


 カシャカシャと音を立てて進む馬馬車里ママチャリは、ラピエール街の門前でキキーっとブレーキをかけて止まる。


 すると地響きをたてて街の門が開き、壁の内側から一人の男が進み出る。

 堂々としてあたりを払うその姿は、まるで古の英雄を思わせるものだった。


 ガウェイン卿だ。


 卿は静かに馬馬車里ママチャリに歩み寄り、その手を伸ばして剣とパンを見つめた。彼の瞳には深い思索の色が宿っていた。


「我々は血を流すことを望まない。

 しかし、誇りを守るためには、時に剣を取ることもやむを得まい」


 誰もが息を飲み、選択の行方を見守った。歴史の流れがこの一瞬に凝縮され、戦か友誼か、その答えが出るのを待つばかりだった。


 ガウェイン卿の篭手をはめた手が馬馬車里ママチャリのカゴに伸ばされる。

 彼がその手にとったものは――パンだ。


 ガウェイン卿はパンを手に取り、天高く掲げた。その瞬間、市民と兵士たちの間に歓声が広がり、人々の顔に笑顔が浮かんだ。ランスロットの一門衆もまた、戦闘を避けることができたことに安堵し、微笑みを浮かべた。


 ガウェイン卿はパンを半分に割り、それをランスロットに手渡す。

 パンを受け取った彼は、深々と礼をする。キリストの聖体であるパンを分け合うということは、共に神の国で生きること。つまり同盟を意味した。


「見よ、友誼が選ばれたのだ!」


 ガウェイン卿の声が静かに響き渡り、その言葉に城内の全ての者が深くうなずいた。パンを掲げたその手は、混迷と極める戦乱の時代においても、人々の心に平和を求める心が存在することを知らしめた。


「このランスロットが車里チャリで来たぞ!」


人々はガウェイン卿とランスロット卿の友情に感動し、このことを記録する多数の芸術品を残した。ラピエールの郷土博物館には、当時のことを偲べるタペストリーが残っている。


 そこには手を突き出す姿勢でランスロット卿とガウェイン卿が立ち並び、下部にはラテン語で「factum est in rota」すなわち「車里チャリで来た」と記されている。


 この構図は後代においても度々パロディやモチーフの題材となっている。インターネットで「チャリで来た」と検索すると、ランスロット卿とガウェイン卿のポーズを真似した少年たちの写真を見ることができる。1000年の時を超え、彼らの友誼はいまもなお、友情の象徴となって人々に伝えられているのだ。


 しかし、このことを喜ばないものがただ一人だけいた。

 教皇インノケンティウス2世である。


 教皇は十字軍のために大金を費やしてイタリア各地から傭兵を募兵した。

 彼らもまたキリスト教戦士であることから馬を失っていた。だがミラノとジェノバの傭兵、通称コンドッティエーレと呼ばれる金銭的に裕福な傭兵たちであり、最新兵器である馬馬車里ママチャリを多数擁していた。


 当時のイタリアは甲冑の生産地であり、優れた金属加工技術を持っていた。そのため馬馬車里ママチャリの生産に不足はなく、多種多様な馬馬車里ママチャリが作成されていたのだ。なかにはランスのみならず、巨大なバリスタを搭載した馬馬車里ママチャリもあった。


 馬馬車里ママチャリに跨った傭兵たちはラピエールに殺到する。

 かくして1281年の夏。世界初となる、馬馬車里ママチャリ同士の戦いが勃発した。

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