もしもし教皇だけど。うん。今日から馬に乗るの禁止ね。

ねくろん@カクヨム

ナント馬禁止令

 騎士とは、中世ヨーロッパの社会において、戦士としての名誉を持つ存在であった。彼らは勇敢であり、誇り高き者たちだった。しかし、時代が進むにつれて、騎士たちの力が増し、次第に教会や王権との間に軋轢が生まれていった。


 時は13世紀、教皇インノケンティウス2世は騎士たちの勢力を抑えるために、ナント公会議において一つの禁忌を発令した。それは、騎士が馬に乗ることを禁止するというものであった。馬は騎士の象徴であり、彼らの力を誇示する道具でもあった。騎士たちから馬を奪うことで騎士の力を削ぎ、教会や王権の影響力を強化する狙いがあったのだ。


「あ、もしもし? 教皇だけど。今日から馬使うの禁止ね。よろしく」


「え、はい? もう一度お願いしてもよろしいですか? 猊下げいか?」


「だーからー、馬使うの禁止。何か野蛮じゃん。馬って賢くて可愛いじゃん? 最近動物愛護団体も、戦争のとき、馬使うの良くないっていうしさ。うちのコンプライアンス的にもマズイんだよね」


「え、じゃあ馬の代わりはどうすれば……」


「それはそっちで考えてよ。役目でしょ」


 ガチャ。ツーツーツー。


「……え、これ殺していいやつ? そうだよね?」



 教皇は各国の王にこのように電話した。王、そして王を支える誇り高き騎士たちに衝撃が走った。だが騎士は教会を守護する聖戦士でもある。あまりにも理不尽なお触であっても法皇の意志にさからうことはできなかった。騎士たちは馬の代わりを探すために頭をひねることとなった。


「父上、お聞きになられましたか」


 若き騎士ガラハドは、父ランスロットに膝をついて尋ねる。

 銀色の輝く甲冑に身を包んだ壮年の騎士、ランスロットは年の離れた息子に慈しむような目を向け、顎を撫でながら喉の奥で忌々しげにうめいた。


「うむ。猊下はトチ狂い遊ばせたようだ。まさか馬を禁止するとは。ガラハド。我が厩舎の馬も、全て野に放つよう強いられた」


「バカなんじゃないですか?」


「正直ないわーと思ったが、逆らえん物は逆らえん。

 我ら騎士は教会を守護するお役目があるからな。しかし……」


「動物愛護だかなんだか知りませんが、異教徒は待ってくれません。すぐに馬の代わりになるものを探さなくては!」


「そのとおりだ。行くぞ倅よ」


 騎士ランスロットとガラハドは馬の代わりとなる〝聖杯〟を求める旅に出た。

 まず彼らが目をつけたのは「ロバ」だった。


 ロバは丈夫で力強い動物である。自分の体重の倍もある荷物を運び、粗食に耐え、頑固だ。馬の代わりの乗騎とするには申し分ないように思えた。


 しかし、いざロバにまたがってみると、騎士としての役目を果たすには不十分であることに気付いた。ロバはのんびりと歩き、迅速な移動には不向きであった。またやたらに頑固であり、一度へそを曲げるといくら手綱をふろうと言うことを聞かない。槍を構えての突撃など、出来ようはずもなかった。


「ロバは叩いても馬にはならぬ、とはよく言ったものだな」


 彫像のようになったロバの上で、ランスロット卿は嘆息した。

 ガラハドも同意し、ロバの案は却下された。


 次に彼らが目をつけたのは次に試みたのはトナカイであった。意外かもしれないが、トナカイは北方スカンジナビアの先住民サーミたちが乗騎として使っており、このことはキリスト教世界にもよく知られていた。


 また、トナカイは勇壮な角をもつ動物であり、騎士たちの象徴にふさわしいかもしれないとランスロット卿は考えたのだ。しかし、ロバとは逆にトナカイはおとなしすぎた。荒々しさが美徳とされる戦場での使用に適していないのは明らかだった。


「トナカイもまた、我々の期待には応えられないか」


 父の言葉にガラハドもうなずき、トナカイの案も諦めざるを得なかった。


 ランスロットが最後に試みたのは猫であった。猫は柔軟で素早く動ける動物であり、密偵のように敵の動きを探ることができるかもしれないと考えた。しかし、猫にまたがろうとすると、猫はまったく協力せず、自由気ままに動き回った。ふたりは猫の気まぐれさに手を焼き、戦場での使用は不可能であると悟った。


「猫もまた、我々の期待を裏切った」


「どうしていけるとおもったんです?」


「だが、こんなことで挫けてはいられん。明日は犬を試そう」


 馬の代わりとなる動物は見つかりそうになかった。しかし忍耐力に定評のあるランスロット卿の眼光たるや衰えを知らない。猫に使おうとして結局無駄になった馬具をしまいに倉庫に入った卿。その時、彼の目にあるものが入り込んだ。


「これは……! そうだガラハド!! コレが使えるのではないか?」


「今度はなんですか父上……あ、これかぁ~……いけるかなぁ?」


 中世ヨーロッパ、その時代は騎士道と信仰が交錯する華やかな時代であった。人々は未知なる世界に夢と憧れを抱き、日常の中で異国の風説が語られることも多かった。そんな中、ひとつの奇妙な伝来があった。


 中国から伝わった「馬馬車里ママチャリ」という乗り物である。


 話は遡ること千年前、中国の皇帝は新たな技術を開発するため、全国の工匠たちに「みたこともないもの」を作るように命じた。そして、ある日一人の名もなき工匠が、不思議な乗り物を発明した。これが後に「馬馬車里ママチャリ」と呼ばれることとなる自転車であった。


 皇帝はこの乗り物を見て、その奇妙な形状と機能に驚嘆し馬馬車里と名付けた。

 意味は馬の2倍の速さを持つ車里である。馬は文字通りの意味であり、車里は中国語で車の中にいる、転じて乗ると言う意味である。


 馬馬車里ママチャリは、シルクロードを通じてゆっくりと西へと運ばれていった。商人たちの手を経て、多くの国々を渡り歩き、ついに西ヨーロッパへと到達していた。


馬馬車里ママチャリなら馬の代わりになるやも知れぬ」


「もう父上の好きにしたらいいんじゃないですかね」



※作者コメント※

短編なので1万字ほどで終わります。

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