第39話 一段落

「つまり、騒動は全てこのバカがやったことだって言うのか」


 ルドラさんはギルドマスターの部屋の床で寝転んでいる師匠を見下ろしながら私の話を咀嚼して理解していた。理解力はあるギルドマスターだ。


「国を襲ったら死刑確実ですけど、師匠ならたぶんルークス王国を一人で落とせますから、判断は慎重に下してもらわないと」

「そうなると大っぴらに言えねえな。キアスにひと肌脱いでもらうしかない」

「はぁ……、わかっていますよ。師匠を助けた責任は私が受けます。それが大人の対応ですから」


 私の話を聞いたルドラさんはキアスさんとすぐに話合いを始めた。

 師匠は一生、冒険者として働されるだろう。逃げたり隠れたりすれば、禁断の書全てを印刷して書籍にしてしまう算段だ。

 全世界の人に、師匠の書いた禁断の書をばらまいてしまおうかと脅したら、彼女は観念して仕事をこなすと約束してくれた。仕事のやり過ぎも毒なので、師匠や私に大量の仕事を押し付けてこないようルドラさんに釘をさしておく。

 加えて冒険者たちの実力向上の義務化を突き付けてやった。柔らかい土地を固めれば、上に乗せる建物も安定する。土台をしっかりと作り直してもらおう。


 ルドラさんが考えたのは国に私を称えさせ、魔王が打倒されたと国民や国王に思わせるという作戦だった。魔王が討伐されたかどうか誰も判断できない。実際、魔王などいなかったのだ。


「ウルフィリアギルド所属、Sランク冒険者『黒羽の悪魔』よ、実に大義であった」


 私は王城でコルトを助け出した点と魔王を打倒した点を評価されてルークス王国名誉勲章を貰ったあげく、女の子なのに男爵の爵位まで与えられた。どうも、過去に私がぶっ倒してきた魔物の中にやばめの個体が何体もいたようで、その評価も加算されているっぽい。


 ――ルドラさん、成人していなかった少女にとんでもない化け物を押し付けていたんだな。


 私がルドラさんにお願いした地盤作りも施され、冒険者ランク精度が見直された。多くの冒険者のランクが一つ下がる中、私のランクだけ一つ上がった。

 責任を取るとは言ったが、貴族入りやSSランク冒険者に成るとは一言も言っていない。またしてもルドラさんの策略に上手く嵌められてしまった。まあ、貴族だろうが平民だろうが、たいして変わらないし、と考える。


 魔物が狂暴化していたのは、魔人が操っていたからだと思っていたが、オークの件はザウエルも知らないと言っていた。師匠の予感もよく当たるため、厄災は過ぎ去っていないかもしれない。きっと過去の私なら面倒臭がっていただろう。でも今なら言える、来るなら来いってね。


 私は今回の騒動でエルツ工魔学園を退学になると思っていた。だが、師匠を吹っ飛ばしてから授賞式を経て、二週間ほど経った頃。ウルフィリアギルドで寝泊まりしていた私のもとに手紙が届いた。

 ギルドマスターの部屋でルドラさんから手渡される。

 手紙を読むと「早く戻ってこないと、退学ではなく留年するぞ」と短くつづられていた。シトラ学園長からだった。どうやら、彼女は辞任していないらしい。エルツ工魔学園の学園長を辞めるのではなく、その立場のまま責任を取ると決めたようだ。


 私はエルツ工魔学園の生徒たちがルークス王国名誉勲章とSSランクへの昇格、貴族入りした私を知ってしまったのではないかと思い、行くかどうかためらった。


「キアスの休暇期間はまだたっぷり残っているが、どう過ごすかはお前の自由だ」


 ルドラさんは師匠というなの馬車馬を手に入れたからか、仕事に余裕ができたらしく私を快く休ませてくれるようだ。一応感謝しておき、私は様子を見に行くためにエルツ工魔学園に戻る。もし、多くの者に纏わりつかれるような事態になれば、大人しく退学しよう。


「ああ、キアス。久しぶりだな。お前、大怪我してたんだって? 災難だったな」


 休日にDランククラスの寮に入ると、サンザ先輩が話かけてきた。なにを言われるかと思ったら、私はカプリエルが攻めてきた時に大怪我を負って、病院で入院していたことになっていた。

 だからか、多くの者が私と『黒羽の悪魔』は全くの別人だと誤解している様子。ただ……、


「キアスくん、もう、たっぷりとどっぷりと話を聞かせてもらうよ!」

「だれだって秘密の一つや二つあるだろ。話さなくたって、キアスはキアスだってわかっている。何も気にするな。女物の服や下着を身に着ける趣味があっても俺は気にしない」


 ライトとフレイは優しいのかバカなのか、どちらにしても私の秘密を回りに言いふらさないだけ口の堅い者たちだとわかった。こういう友達がいると思うと、結構ありがたい。


「は、はは……、二人共、私、まだこの学園に通ってもいいかな」

「なにを言っているの? 当たり前でしょ」

「キアスがいなかったら、誰が俺たちを扱いてくれるんだよ。お前がいなかったら、強くなれない。勝手に辞められたら困る」


 ライトとフレイは私が女の子の下着を穿いていたと知っているにも拘らず、厭らしい目で見てこず普通の学生として接してくれた。男だろうが、女だろうがどちらでもいいと言わんばかりだった。私は私なんだから、気にするなと言われている気がする。


「ありがとう、二人共」


 私は目尻から妙に熱い雫をこぼす。自分でも不思議だったが、居場所があるというのはこれほどほっとするのかと思い直した。

 一度、自分の居場所がなくなってしまった手前、残っていてよかったと心から叫びたい。私のような得体の知れない人間を受け入れてくれる友達の存在も、凄く大きい。ライトとフレイは私よりも弱いけれど、心の強さは私以上だった。


 無事、エルツ工魔学園の生徒として復帰した私だったが、夏休み前の期末試験も飛んでしまったため留年してもおかしくなかった。ただ、シトラ学園長の計らいで、追試を受けて無事に前期の単位を全て取得できたため、留年は免れた。ルークス王国で一人しかいないSSランク冒険者が留年など洒落にならない。


 追試も終わり、一段落と思ったのもつかの間、夏休み前ということもあり生徒会の仕事はいつもより多く大変らしい。私もすぐに呼び戻される。


 生徒会室にやってくると三年生、二年生、一年生の生徒会役員が総出となって仕事をこなしていた。私も自分の席に座り、夏休み中の部活の経費や学園行事の資金面などの計算をこなす。

 ただ、仕事中にどうしてもコルトの方が気になってしまい何度かチラ見していた。すると、コルトの方もチラ見してきて、目が合ってしまう。


 私はコルトから口を通して魔力を吸い出した時の状況が脳裏に鮮明に思い起こされてしまった。彼の姿がいつも以上にカッコよく見えるし、目が合っただけなのに雑巾を絞るように胸が締め付けられる。

 合わさっていた視線はすぐにそらし、仕事の方に集中し直す。ただ、数分経つとまたチラ見し始めてコルトと視線が合う。また反らし。その繰り返し。


「ふぅー、一段落ついた。コルトくんとキアスくんは園舎の中を巡回してくれるかな」


 パッシュさんは腕を持ち上げ、体を伸ばしながら私たちに仕事を押し付けてくる。一年生の私たちに拒否権はないため、言われた通りに巡回の仕事を引き受けた。


 生徒会室を出て、コルトと共に横並びになりながら園舎の中を巡り、生徒たちが悪さしていないか見回る。いつもこなしていたのに、今日は本当にいつもと同じ仕事なのかと疑いたくなるくらい空気が緊張していた。


 コルトの隣にいるだけで、胸を太鼓のバチで叩いているのではないかと思うほど高鳴ってしまっている。コルトに心音が聞こえているのではなかろうかと気が気ではない。


 ――な、なにを喋ればいいんだ。ちょっと、色々ありすぎて何から説明したらいいのやら。コルトに私は女だったと打ち明けるか。はたまた、キスしたことを謝るか。これからも友達として頑張っていこうと言えばいいのか。


 私は師匠と戦っている時以上に、頭の中を思考が巡っている。最後はコルトと大人なキスを交わしている場面にたどり着き、心の中で悶絶してしまう。

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