第19話 ギルドマスターからのお願い
私は学園の広間に向かった。するとフレイとライトが熱心に鍛錬していた。私が出した課題をこなし、更に多くの鍛錬に打ち込んでいる。昨日にオークと遭遇し、恐怖を痛感した影響だろうか。
「二人共、頑張っているみたいだね」
私はフレイとライトのもとに近づき、話し掛けた。
「そりゃあ、頑張るだろ。昨日みたいに仲間を見捨てて逃げるような人生は嫌だ。だから強くならないといけないんだ」
フレイは剣を振り、顔から大量の汗を流すほど努力していた。この世の中にオークみたいな魔物がゴロゴロいる。今の彼らでは、勝ち目などない。のうのうと生きていたら死ぬのを待つだけだ。それを、何となく理解したのかもしれない。
「ぼくも助けられてばかりの人生は嫌だ。誰かを助けるカッコいい男になりたい」
ライトは腕立て伏せをしながら細い体を鍛えていた。
「じゃあ、今の練習量を二倍にすれば、二倍速く強くなれるよ」
「…………」
フレイとライトは黙ってしまった。何か言ってくれないと困るんだけど。
「じゃあ、三倍にしようかな。そうすれば三倍速く強くなれる」
「「体が壊れるっ!」」
フレイとライトは大きな声を出し、私の申し出を断った。
「だが。体が壊れないギリギリまでなら、やってやる……」
フレイは一番に口を開き、赤い瞳を燃やしながら、はっきりとした低い調子の声で言い放つ。
「ぼ、ぼくは、自分の可能性を越えたい……」
ライトも黄色の瞳を輝かせ、両手を硬く握りしめると男らしい顔つきになっていた。
そんな二人を見ていると、私の方もなぜか期待に応えてあげたくなってしまう。
「ふふっ、やる気満々だね。仕方ないなぁ。私が二人を強くしてあげるよ」
「お、お手柔らかに頼む……」
フレイは私が前に踏み込むと、体を少々引いた。
「こ、殺さないでね……」
ライトも私の顔を見ながら、注射を打たれる前の犬のように身構えていた。
「安心して。死ぬこと以外かすり傷って言うでしょ。私の場合、死ぬ以外無傷だから」
「俺達死ぬのかな」
「フレイくん、来世でも友達になってね」
フレイとライトは完全にお通夜状態になっており、覇気が感じられなかった。
「ほらほら、愚痴を漏らしていないで走った走った!」
私は師匠を真似しながら叫ぶ。夕食までぶっ続けで鍛錬してもらう。するとフレイとライトは走りすぎて死んだ……と思うほどぶっ倒れて、一瞬で眠りについた。だが、食事を取ってもらわなければ困るので、鼻の下に気付け薬を塗る。
「ぐわっ! な、なんだこれ。頭がすうすうするっ!」
「ああぁ、ここは天界かな……」
「さあ、二人共。食べるのも立派は鍛錬だよ!」
「うう、い、今から……」
フレイとライトは寮のおばちゃん特性大盛り料理を吐きそうになりながら完食した。
「じゃあ、後は疲れを残さないようにしっかりと休む。休みにも命をかけるように!」
「休みに命を賭けたら、それはもう休みじゃねえ……」
「つまり、命を懸けるくらい休みを大切にしろってことでしょ」
ライトは自分なりに解釈し、理解していた。
「そう言うこと。じゃあ、明日の朝も元気よく鍛錬しようねっ! お休み!」
私は二人と別れ、自分の部屋に戻った。
すると、質の良い手紙が届いていた。相手はウルフィリアギルドのギルドマスター、ルドラさんだった。
椅子に座り、蝋印を割って手紙を取り出す。面倒事のにおいがする。破り捨ててもよかったが、何か重要な話かもしれないので見ないわけにはいかない。
「なになに……。今度の休みにウルフィリアギルドに顔を出してほしいって。はぁ、めんどう臭いなぁ。今は休業中なのに、なんでわざわざ職場に行かないといけないの」
私は億劫だと思いながら、文面がとても焦っているようで行かないわけにはいかなかった。
☆☆☆☆
次の休日、私は手紙でお願いされた通り、ウルフィリアギルドに足を運んだ。ギルドマスターがいる仕事部屋の前に来て、無駄に高級な木製扉を叩く。
「キアスですけど、ルドラさんはいますか?」
「開いている。入って来てもいいぞ」
扉の奥から声が聞こえたので私は部屋の中に入った。ルドラさんが黒革の高そうな椅子に座り、後ろを向いていた。後方の窓から見える、王都の美しい景色を眺めているようだ。
「私、休業中なんですけど。なんで、呼び出したんですか?」
「キアス、ルークス森にオークの群れが現れた。エルツ工魔学園の生徒が襲われ、あわや大惨事になるところだった」
ルドラさんは私の方を向かずに言う。少々曇った声だった。
「そうですね。えっと、私を呼び出した理由と何か関係があるんですか?」
「ウルフィリアギルドは事前にシトラ学園長からルークス森内部にいる危険な魔物の駆除を頼まれていた。私は冒険者を使って仕事を遂行したのだが……このような結果になってしまった」
ルドラさんは私の方を見る。顔が大量の蜂に刺されたのかと思うほどボコボコ。どんな喧嘩したらオークのような醜い顏になるのかと、柄にもなく心配してしまった。
「シトラ学園長に殴られたんですか?」
「反論すら許されず殴殺されかけた。話を聞く限り、運が良かったから多くの者が助かったそうだ。だが、長年この仕事をこなして来た私はわかる。オークを倒したのはキアスだろ」
「な、なにを言っているんですか。私は知りませんよ……」
「回収されたオークの頭部に小さな穴が二カ所開いていた。羽根ペン一本分の細さだそうだ。どの個体も急所を一撃で貫かれ絶命しているという報告を得た」
「へ、へぇー。なかなかやる者もいますね。私も負けないように頑張らないとなー」
「大量のオークの死骸の中に、一本の黒い羽根ペンが見つかったそうだ」
ルドラさんは黒く変色した羽根ペンを取り出し、私に見せてくる。
「はい、私がやりました……」
私は正座し、潔く認める。仕事を振られたくない一心で、何もしていないと嘘をついていたが物的証拠があがっているなら、逃げようがない。
「やっぱりな……」
「私はウルフィリアギルドの尻拭いをしてあげたんですよ。怒らないでください」
「まだ、何も言っていないだろう。私はキアスにお礼が言いたかったんだ。大量のオークを倒してくれてありがとう。凄く助かった」
ルドラさんは頭を下げ、私に感謝してきた。
「まあ感謝されて悪い気はないのでありがたく感謝の気持ちを受け取っておきます。では」
私は身をひるがえし、何か言われる前にさっさと部屋から出ようとした。ここにいたら彼らの策にはめられてしまう。
「最近、魔物の数が増え、質が上がり、冒険者に多くの被害が出ている」
ルドラさんは私が背中を向けているのにペラペラと喋り出した。まるで、逃がすつもりはないといわんばかり。
「だから、なんですか。私に関係がない話ですね」
「魔物が強くなってきたのに加え、魔族の動きも活発になっている。やはり、魔王が復活した噂は本当かもしれない」
「大昔に魔王は撃たれ、ルークス王国と魔族は平和条約を結んだはずです。今更なんですか」
「魔族に関してはまだよくわかっていないが、魔物が狂暴化しているのは事実だ。このまま放っておけば、キアスの故郷の村みたいに、多くの者が魔物に襲われて死ぬぞ」
「く……、なんですか。私は休業中だってさっきも言いましたよね。他の冒険者を使ってくださいよ。私は青春を謳歌しているところなんです。仕事の話を入れないでください!」
「キアスがいないと、魔物の被害が多すぎて手が回らないんだよぉおおお!」
ルドラさんは子供のような弱い声で泣き出した。あまりにも情けない姿に笑いそうになる。ほんと、何でこの人がギルドマスターを任されているのか謎だ。
「おじさんの泣き落としに私が応じるとでも?」
「報酬は弾む。キアスならチョチョイのチョイだろ。魔法で空を飛び、羽根ペンで増えすぎた魔物をチャチャっと倒してきてくれよぉ~」
ギルドマスターは私をなんだと思っているんだろか。
「あのですね、簡単にやっているよう見えるかもしれませんけど、普通に疲れますからね。魔物も怖いし、責任があると重圧がかかるわけですよ。長年の疲労を今、発散しているんです。他の冒険者に任せて私に拘わらないでください」
「キアスさん、とある女性から『禁断の書』と言う黒い本が送られてきました」
ルドラさんの秘書を務めているカイリさんは黒い本を手に持ち、私に話しかけてくる。
「なんですって……」
私の目は黒い本に向く。師匠の『禁断の書』で間違いない。しかも、私がまだ読んだ覚えがない最新作。どんな大金や宝石より輝いて見えた。
「な、なぜそれを……」
「ギルドマスターが恥を忍んで友人に頼み込んだそうです。依頼をこなしていただければ報酬と一緒にお渡しします」
「くっ、なんて卑怯な!」
私は師匠が書いたであろう新作の『禁断の書』にグイグイと引き寄せられる。カイリさんから取ろうとしてもうまく躱されて取れない。
「はぁあああ、わかりました。わかりましたよ。やればいいんでしょ、やれば……」
私は『禁断の書』を報酬に出され、背に腹は代えられず、依頼を受ける。
「そうか! その気になってくれたか! ではよろしく頼む!」
ルドラさんはありえないくらい多い依頼書の束を机の上にどさっと出した。どんな凶器よりも、その紙の束が恐ろしい。どうやら私はまんまと嵌められたようだ。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
私は大きな声で叫び、依頼書の束を持って至るところを飛び回った。
魔物を倒しまくり、休日を返上して働いた。生憎、私の手に余る仕事はなく、全ての依頼を遂行できた。七日掛かったけどな! 学園を休まざるを得ず、勉強が遅れてしまった。ギルドマスター許すまじ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます