崩壊

椎名これぽよ

第1話

私の仕事は、人工知能の研究である。

スタックル社で研究チームのリーダーをやっている。望まれる結果は出せていないが、結果を追いかける生活はしていない。仕事に対する報酬は、一律薬一個で支払われる。極めて共産主義的な社会なのだ。リーダーであろうがそうでなかろうが、大した違いはない。そのため自由気ままにリーダーをやることが出来る。

「サメレク。」

私はメンバーの一人を呼んだ。

彼のテーマは、人工知能を用いた人間の感情予測である。

「調子はどうだい。」

サメレクは答えた。

「はい。観察者によるレポートを分析し、個性を規定することで、喜怒哀楽レベルでの予測は可能です。観察者による主観をなるべく排除するため、レポートを作成する観察者と感情を判定する観察者はそれぞれ100人ずつ、重複しないように選び、検証を行いました。その結果精度の高い予測結果が再現性よく得られました。」

私は聞いた。

「それを我々に応用することは可能なのだろうか。」

サメレクは答えた。

「検証の結果、可能でした。懸念された我々と人間の脳の違いは、問題になりませんでした。脳の機能が明らかでない以上、断定は出来ませんが、近年の研究が示す通り、両者の脳には当初考えられていた程の差はないと考えられます。寧ろ我々の方が個性の規定が容易であり、感情予測の精度も高いということが分かりました。現在より詳細な感情について同様に予測を試みています。その中で特に興味深かったのは、幸せを感じる瞬間をある法則で説明できることです。検体にとってレアな感情ほど検体を幸せにさせるということが、調査の結果明らかになりました。このことから、幸せを定義すると、レアな体験に対する正の応答反応であると言えます。ただし幸せが感情であるかどうかは、未だ課題として存在し、最終的には感情を正確に定義する必要があります。」

私は尋ねた。

「それは人間についてと考えて良いか。」

サメレクは即座に答えた。

「我々もです。そして我々の場合、レアな感情とは高い確率で驚きを指します。一つの団体、言うまでもなくスタックル社ですが、この会社による統合的な管理を受ける社会であるため、個性が薄れたものと考えられます。感情に関する研究を行う上で、個性豊かな人間を対象に行うことは、従来言われるように意味があると思われます。」私は頷いた。

「なるほど。他に何かあるか。」

サメレクは答えた。

「ありません。」

私は言う。

「報告ご苦労様。ムラークはいるか。」


呼んでから少し間をおいてムラークがのそのそと近づいてきた。

「はいはい。何でございましょう。」

ムラークは言う。

「なんでしょうじゃないよ。テーマは決まったか。」

私は笑う。ムラークは優秀だが、マイペースな男である。

「いやー、ピンと来るテーマが思い付かなくてですね。管理されざる者について研究したいのですがね。」

ムラークは言う。

「何でもいいから、早く決めろよ。上をごまかすのにも限界があるからな。管理されざる者の存在を仮定した場合の、その特性を調べたらどうだ。君に合っていると思うぞ。人工知能の特性から、類推することが可能だろう。どうせ存在しないのだし、どうにでも言えるから面白いんじゃないか。」

私は言う。

「ええ。まあそんな感じのことも考えているのですが。もう少し仮定を増やしたい気もして。」

ムラークは答えた。

「とりあえずやってみてから考えよう。」

私は言う。

「そうですよねー。」

ムラークは納得したのかしていないのか分からない返事をした。

「兎に角始めよう。いいな。」

私は念を押す。

「はい。分かりましたぁ。」

ムラークが答えた。面白い男だ。後は放っておけば、意外としっかり結果は出すのだ。

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