貴方の為にそうしたの
墾田永年社会不適合法
第1話
「まだぁ〜?」
揺れる車の中、右手だけでハンドルを握る父親に聞く。
「ん〜?もうちょいだよ。」
何度も聞かれぶっきらぼうにそう答える。
いつまでも景色は森の中で、私にはそれぐらいしかすることがなかったのだ。
「私に姉妹の一人でもいれば良かったのに」
と言いそうになったが、心の底にしまった。
助手席の背もたれを最大限に倒し車内の天井と、左側に僅かに見える外の景色を眺めているといつの間にか眠っていた。
「着いたよ。」
私の右肩を揺らしながら言う父の言葉で目を覚ました。
車の窓からはオレンジ色の光が差し込んでいる。
背もたれを起こし、扉を開くと腰の曲がった祖母が立っていた。
「よぉきたなぁ。」
ゆったりとした口調で私の方を向いて言う。
「うん。久しぶり。」
前きたのはいつだろうか。
確か小学二年生の時…?だったはず。
今が中学一年生だから…五年前くらいかな?
おばあちゃん。変わらないな。
「ほれ、はよ中にはいられ」
振り返って玄関の方を向きながら言う。
父と祖母はすぐ家に入ろうとしたがずっと車の中で退屈だった私は少し体を動かしたかった。
「ちょっと散歩してきていい?」
家の方に向かう二人の背中に伝えた。
二人は足を止めて
「陽が落ちるまでに帰るんよ」
父も何かを言おうとしていたが先に祖母が喋ったのを聞いて口を閉じた。
私は振り返って、両脇に田畑の広がる坂道を歩き出した。
広がる田畑にどこからか鳴り響くひぐらしの鳴き声。
不気味に思えた。
三、四分ほど歩くと昔遊んでいた裏山の麓に着いた。
麓から山の中へ入っていく道。
生い茂る木々が陽を遮り、夜で無くてもかなりの暗さだ。
久しぶりに入りたかったが、ひぐらしが鳴いている。
もう日暮れだ。
振り返って祖母の家に向かおうとした。
すると、がさがさと音が聞こえ山の方を向く。
しかし、何もいない。
………….空耳か何かかな。
私は気にする事なく祖母の家に向かった。
祖母の家につき玄関の扉に手を掛ける。
手を右に引くと扉はカラカラと音を立てる。
扉を越え、振り返ってもう一度右に手を引く。
鍵を閉め、靴を脱ぎ家に上がる。
右に階段の見える短い廊下を進むと、日暮れの今では奥が見えないほどに長い廊下が現れた。
私は昔からこの長い廊下が苦手だ。
廊下の真ん中に見える、光の漏れ出る部屋に駆け込んだ。
扉を開くと机いっぱいに並べられた料理の前で座り、ブラウン管に目を向ける父と祖母がいた。
安心しながら部屋に入る私に祖母が声をかけた。
「晩御飯たべようかぁ。」
暖かい言葉に口角を上げながら
「うん。お腹すいたよ。」
と言葉を返す。
机に座り料理を前にした時、手を洗っていないことに気づいた。
手のひらを私の方に向け考える。
………………….。
走れば大丈夫。
息を大きく吐き立ち上がる。
「ちょっと手洗ってくる」
二人にそう伝え部屋の扉を開く。
廊下は数分前よりさらに暗くなっていた。
洗面所は一番奥の部屋から二番目。
かなり距離がある。
私は早足で部屋を飛び出した。
暗く長い廊下。
山から降りてくる風が不気味な音を立てる。
洗面所の前につき電気のスイッチを押す。
スイッチを押してから二、三秒してようやく電気がついた。
真っ暗な窓から目を逸らしながら水道のレバーを上げる。
洗い残しがないように、丁寧に手を洗い、右手の甲でレバーを下ろす。
濡れた手をタオルで拭こうと体の向きを変えると、窓がガタガタと揺れ出した。
怖くてたまらない私は手に火がつきそうな速度で拭き上げた。
タオルから手を離し部屋に戻ろうと振り返ろうとした瞬間、真っ白い影が窓を右から左に横切った。
「ん?」
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