第16話 エイリアンズ

 雪姫は、宇宙人の問いに微動だにすることなく、淡々と用件を告げた。


「聞きたいのは地球でいう西暦2025年の7月に大災害が起きる予定になってると思うんだけど……それを、あなたたちの技術で止めることはできませんか?」


 しばし間をおいて宇宙人は低く「まあ、ええか」と呟くと、すぐに元の陽気なテンションに戻り、軽快な口調で「ちょっと待ってな!」と叫んだ。

 すると、周囲に配されていた中型宇宙船がまるで手品のように2基、一瞬にして消え去った。

 そしてすぐにまた戻ってきて、宇宙船が映し出した空間に青白い幾何学模様が浮かび上がり、2025年7月のアカシックレコードが銀河文字で展開する。災害予測の赤い脈動が、彼女のメガネレンズを血のように染めた。


『なるほどな~。こちらさんのアカシックレコードを覗いてきたら、雪姫ちゃんの言う通り、えっぐいことになっとるねえ』


「この因果律の分岐点を──」


『おっけおっけ~! ボクで書き換えとく~』


「……あ、ありがとう!!」


『ええよええよ、困ったときはお互いさまや~♪』


 宇宙船底部から伸びた光の触手がタイムラインを掴み、三人の目の前で未来図が金色に再編成されていく。旧校舎の壁面に投影される破滅のシナリオが、砂時計の逆転のように修正され始めた。

 宇宙人は鼻歌を口ずさみながら手際よく作業を進めていった。どうやらその作業自体はそんなに難しいものではないらしい。これで、2025年の大災害は、運命のページから消し去られるはず――。


 雪姫は身体の力が抜けたのか、重い荷物を肩から降ろすようにその場にへたり込んでしまった。感謝と祈りを込めるように、彼女は宇宙船に向かって頭を下げ「ありがとう、ありがとう」と呟く。

 トキコが駆け寄り、雪姫の肩を抱き「よかったね」と囁いた。

 八重は「私が地球を守った」と言わんばかりに大いばりで仕事を終わらせた充実感に浸っていた、その時だった。


『……ん? あ、あかん……どないなってんねや、コレ』


 宇宙人の鼻歌が急に止まり、戸惑いとともに、不可解な情報が一気に頭へ流れ込んできた。宇宙船の照明が突如暗転し、未来図に黒い蛇の影が這い回る。

 しばらくして、宇宙人は申し訳なさそうに、低い声で呟いた。


『雪姫ちゃん……すまん、ダメや。書き換えできん』


「え、なんで!?」


 雪姫の代わりに、八重が憤りを込めて噛みついた。8代目に怒鳴られ急いで宇宙人が分かりやすく原因をピックアップして見せた。


『こいつが邪魔しよんねん』


「は? なにこれ?」


『八重ちゃんとこの『龍脈』の主さんちゃいますか? なんか、神様怒らせてもうてますやん。こんなん……うちらで地球の血管勝手に弄ったら怒られてまうわ。なんとかして、どかしてもらわんと』


 ――まだ、ダメか。

 雪姫が絶望で膝をついた瞬間、不快な風が巻き起こった。乾燥した屋上のゴミが舞い上がり校長のサングラスに貼り付く。虹色の人工虹彩が高速回転を始めた。


「記憶消去プロセス、起動まであと87秒」


 MIBの任務を遂行するべく校長が動き出した。

 八重が咄嗟に校長の襟元を締め上げる。


「校長、記憶まだ消さないで! 宇宙人のことも宇宙船のことも口外しないって誓うから、この一連が終わるまで記憶消さないで! 絶対に私がなんとかするから!

 じゃないと、あんたの嫁にやっぱり別れた方がいいって占いに出たって伝えるよ!」


 校長はうんともすんとも答えず、首元のネクタイを炎が渦巻く電子ドラゴンへ変異させる。八重が……かつての自分が設計した星系間防衛システムが、本能で再現されていく。


 宇宙船の警報がけたたましく鳴り響く。


『8代目、今のあんたがそれ使ったら銀河条約違反──!』


「こんなときに条約もクソもないでしょうが!」


 八重は校長のネクタイを躊躇なく掴むと、手が焼けるのも厭わずその首を締め上げる。

 すかさず雪姫が宇宙人へ向かって叫んだ。


「ならば応急処置として、災害地点を分散させてください! 神の怒りを2387のポイントに──」


『それならいけるかあ? 合点承知の助!』


 微小なドローンが飛び立ち、龍脈図を空中に展開すると黒い蛇を邪魔するように未来図に真っ赤な点を打ち、宇宙船がコミカルに傾きながら光線を放射した。

 出鱈目な力を受けた木々が反応し、校庭に季節外れの桜が咲き乱れる。


 トキコがその光景に息を飲んでいるその時、屋上の片隅で未だ八重と校長が組みあっている。校長の息が「ぐっ……」と漏れた瞬間、校長のサングラスが爆散した。露わになった義眼に、消去カウントダウンが赤く映っている。


「10秒前。全記録消──」


「遅いわ!」


 八重がドラゴン化したネクタイを引きちぎるとそのまま投げつける。電子生命体が校長の頭部を覆い、記憶データを喰い散らす。宇宙船から歓声が上がった。

 カウントダウンは止まり、爆発の煙が風でながれるといつもの校長の表情に戻っていた。 

 振り返った八重は、母船に向かってドスの効いた声で怒鳴りつける。


「私がなんとかする! 記憶はまだ消すな! 構わないよねえ!」


『……大声出さんでもええよ、言うたやん。8代目』


 宇宙人は、あきれたように優しい口調で応えた。


『わかった。そんかし、契約違反があったその時は、校長ちゃんに消されるからな。それだけは堪忍な。……記憶だけじゃなくて、存在全部やで。さっきの違反は、まあ、こっちでなんとかしとくわあ』


 八重は、口の端をにやりと上げ、上空の宇宙船たちを睨みつけながら言葉を続けた。


「いいよ、約束する。けど、なんかあったらすぐ来いよ、呼ぶからな!」


『人使い荒いなあ~!』


「てめえらの勤務評定、私が書いてやんよ」


『堪忍や~!』


 宇宙人の、少し楽しげな声が夜空に響く中、6基の宇宙船は、まるで霧が晴れるかのように夜空へと消え去っていった。


 雪姫が涙で滲む未来図を見つめる。2387ヶ所の光点が、無数の願い星のように瞬いていた。

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