第4話 土下座で決めろ
「なんか、ヤバい奴が来た……」
と、トキコ思ったし、
「なんか、面倒くせー奴が来た……」
と、八重は心の中でつぶやいていた。
小さな体をわずかに震わせながら、雪姫はトキコと八重を見上げる。
一刻も早く2025年7月の予言を止めたくて、夏休み目前にも関わらず、わざわざ転校してきたというのだ。
意味が全くつかめない――。
だが、雪姫の必死で真剣な瞳からは、その熱い想いがひしひしと伝わってくる。
その熱が上がれば上がるほど、引いていく自分をふたりは感じていた。
「お前がイケよ」と目配せでこの場の進行役を押し付け合う空気を頭上で感じた雪姫は、かすかな震えを押し殺しながら、意を決して口を開いた。
「こっ、こちらに入会させてください! お願いします!」
その瞬間、雪姫は土下座の体勢をとろうとする。
しかし、トキコが右腕を、八重が左腕をすかさずキャッチし、勢いそのままに持ち上げられた雪姫はまるで捕らえられた宇宙人のように、二人の間にぶら下がってしまった。
雪姫の頭上からトキコが慌てて叫ぶ。
「わかった! わかったから土下座なんてやめてっ! 絶対ダメっ! ね、ねっ!」
「で、では、入部を……」
「認めるからっ! ね、いいよね、八重っ!」
可愛い女の子に土下座なんてさせられないという、奇妙な道徳心が八重を突き動かす。まるで脅されているような心持ちで、八重は必死に頭を縦に振る。
「ほら、よかったね! 私は副部長の桜田トキコ。そんで、こっちは部長の……」
「山口八重さんですよねっ!」
雪姫は前髪の隙間から、輝く瞳を八重に向けて言った。
「どうして私の名前を……?」と、八重が口にする前に、雪姫は奥歯を噛みしめ、苦しそうな息を漏らす。
「あのっ、降ろして……いただいてっ……もっ……」
ふたりは同時に「あっ!」と叫び、手を放す。
雪姫は、勢いよく尻から床へと落下して「ふぎゃんっ」と潰れるような声で鳴いた。
「うわっ! ごめんなさい! 森さん、大丈夫ですかっ!?」
トキコはすぐさま雪姫を抱き起こし、優しく介抱する。
一方、八重は転げ落ちた眼鏡を拾い、軽くチェックすると、雪姫に返そうと手を伸ばした……その時だった。
長い簾のような前髪の隙間から覗く雪姫の瞳が、ルビーのように深く、真っ赤に燃えているのを八重は見た。
視線が交差した瞬間、雪姫はすぐさま顔を伏せ、眼鏡をひったくるように受け取る。
「……あ、あ、ありがとうございますっ!」
と、慌てて眼鏡をかけ直し再び顔を上げると、八重としっかり視線を交わした雪姫の瞳は深い紅茶色のビー玉のように揺れ、その表情は微笑みを湛えていた。
(き……気のせいか?)
しきりに目をこすりる八重の横で、トキコは雪姫の肩を抱きしめながら言った。
「とりあえず、オカルト研究会へようこそ。何もないけど……どうぞ、入って」
「ありがとうございます! 失礼しますっ!」
八重は、これまで話していた場所から古びた椅子を運び、雪姫に座るよう促す。
「んで? 詳しい話、聴かせてもらおうじゃない」
――こうして、奇妙な出会いと、少しの騒動が、三人の運命を少しずつ動かし始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます