Chapter 3-2 ――再会、そして再開――
「ハァ……今のところは無理、か……」
生身と機械の唯一の接合部である首をコキリと鳴らしつつ、街を歩く。休日出勤(という名の会社に向けて本人の生存確認)のお昼休憩の残り時間、崎守は当てもなくふらついているところであった。
「それにしてもこの街は騒がしいなぁ、いろんな意味で」
昼間でも街を賑やかす看板。ホログラムでできたチラシ配り。上を向けば巨大な立体映像が目に飛び込んでくる。
「ここらへんを歩いていると、端末の受け取り拒否アプリをオンにしないとえらいことになるからなー」
崎守のような少年でも持つことができる月額無料の携帯端末、その代償は無条件に次々と送られる広告メッセージに耐えること。ホログラムの近くを歩けば届けられるそれは、アプリなどを使って対策をしていない限りいくらでも送られてくる。
事実上京して来たばかりの崎守の携帯端末が、たったの一日で二千通近くの広告メールで埋め尽くされたこともある。
「受け取りオフっと」
既に十数通のメールが配られていたものの、今日はその程度ですますことができている。崎守はそう前向きに考えながらも広告メールを一件一件消去し、昼ご飯をどうしようかと考え始めた。
「この体になって、研究所を除けば最初のご飯となるんだけど……」
VOLTEC社の研究所では、食欲を満たすことだけを突き詰めた食事で、それはそれは味気のないゼリーのようなものを食わされた。
ボルト社長によれば普通の食事も可能だというが、基本的には生身の人間より燃費が悪いらしく、より多くの食事が必要となるらしい。
「人間のように栄養素とかは考えなくてもいいって言われたけど、あんな味気ないもの食べてもおいしくないし……」
機械の身体となってから、首から上には人間にとっての必須栄養素が機械の肉体から計算されて供給されるらしく、ある程度の融通が利くらしい。
「……やっぱり普通のご飯が食べたいかな」
そう言ってレストランが立ち並ぶ区画へと足を向けようとしたところ――
「やっほー
水のように透き通った声が、耳へと届けられる。そして不意に後ろから伸ばされる手を相手に、崎守は反射的に振り返ってその手をはたき落とした。
「いったぁー! 何で叩かれた!?」
そうしてはたいた相手はというと、崎守のよく知る人物であった。
「あっ、ご、ごめん」
「もぉー、いつものにぶい透なら、ぎゅーってしたところで慌てていたのに」
涼やかな風にショートカットの髪をなびかせ、純粋さを秘めた瞳をこちらに向けて、
「ち、ちょっとびっくりしちゃって」
「えぇー? 不意打ちならいつもしているでしょ?」
確かに学校で鈴原と会う時は、殆ど不意打ちをくらうことが多かった。だが機械の身体となってから、崎守の反応速度は上がっている。
「それにしても振り向くの早かったねー。ばひゅんって感じで」
「そ、そう?」
「まるでロボットみたいだったよ?」
「た、たまたま後ろを振り返った時と重なっただけだからさ!」
崎守の身体がサイボーグだということについては、まだSecureの社長と茂垣、そしてこの体にした張本人であるボルトしか知らない。
そして崎守が機械の身体になっていることは、他の者に知られてはならないまさに企業秘密。崎守の一件はあくまでVOLTEC社内で極秘に行われたことであり、一般的には人間での実験段階に進んでいないサイボーグ技術、それがよその企業に流出するなど絶対に避けたいところ。しかし現状は崎守が外にいる限り、常に情報が流出される可能性は秘められている。
従ってできる限り察せられない様、崎守は普段普通の人間として過ごすことを、VOLTEC社、そしてSecureの社長両名より命じられている。
「“――Mr.
「“す、すいません”」
突然崎守の頭に響くように、通信による音声が響く。これも機械化する際に取り付けられたもので、機械の身体に異常をきたした時など、何らかの急用で連絡を取りたい場合に素早くとれるようつけられている通信機能である。
詳しい理屈をボルトから話されたところで学生の崎守が到底理解できるものではなかったが、簡単に説明すれば発声の為の脳の信号を音声通信の信号に切り替えが可能になるというものらしい。
「“全く……ばれなかったからよかったものの、もし君の身体が普通とは違うと思われた場合、証拠隠滅を図らなければならなくなるだろうが”」
「“……証拠隠滅って?”」
「“ふむ。二通りあるが、一つ目は目撃者の抹殺。二つ目は……最終手段だが、君の身体を爆破――つまり自爆するしかないな”」
唐突に不穏な単語が、通信越しに届けられる。
「うん……? “えっ!? ちょっと待って聞いてないですけど!?”」
「“あれ、言ってなかったかな? まあ普段はスーツも着用していないから、そこまで突飛な行動はとれないと思うが。まあ頑張ってくれ”」
「“それより待ってください!! 自爆ってどういうこと――”」
「――あっ!」
「ん? どうかした?」
「えっ!? いや何でも無い、よ……」
一方的に通信を切られ、崎守は自分の身体にとんでもないものをつけた男に対し細やかな殺意を抱いた。
「……次会った時に問い詰めてやる」
「んー……今日の透は一人言が多いね」
友人の不思議な態度を前に、鈴原は首を傾げてその目を見つめる。
「じぃー……」
「……どうしたのさ」
………………ぐうぅー。と、突然誰かの腹の虫が鳴る。そして無言で見つめていた少女の顔が、ほんのりと赤く染まる。
「……まだ昼ご飯食べていなかったんだね」
「……そ、そう言えばここに来たのって、お昼食べるためだったんだ」
てへっと舌を出して誤魔化してはいるものの、自分の目的を忘れていた少女に対し、崎守はため息をつく。
時計の針が一時を指す中、二人はレストランが立ち並ぶ区画へと歩き出していった。
「――それでー、みっちょんてばまた同じミスで顧問に怒られてさ――って聞いてる?」
「うん、聞いているよ?」
これはまずい、箸が止まらない。先ほどまではそこまでなかったものの、いざ食べ始めるといくらでも入りそうな気がするほど腹が減っているのが分かる。
崎守は既にメニューに載っているご飯おかわり自由の定食を、既に六杯くらいおかわりしているところであった。
「むぐっ、っあとは漬け物とかが無料だとよかったのになあ……」
「やっぱりご飯食べてることしか頭にないじゃん! ってか透、それ何回目のおかわり!?」
「えっ? あっ――」
「……やっぱり透、いつもと違っておかしいよ。普段の透ならご飯半分くらい残すほど少食だったじゃん」
流石は昔からの幼馴染。見てない様でその実よく見ている。
「あ、あはは。遅れて来た成長期ってやつかな……?」
苦し紛れだと分かっていながらも、崎守はそう言い訳をする。そんなものあるはずも無いと、すぐに鈴原に看破されると心配していたが――
「そうなんだー、透ってばいっつも不健康そうな顔色だったから、これからいっぱい食べて丁度いい位なのかも!」
申し訳ないけど、
「で、ちょっとは学校に来る気になった?」
「うーん……授業に出なくちゃいけないのは分かるけど、バイトで学費とか稼いでおかないと――」
「このままだと出席不足で留年の可能性もあるんだよっ!?」
そんなはずはない。キチンと出席日数を計算した上で休んでいるのだから、自分が留年をくらう理由など無いはずと、崎守は甘く考えていた。
「それにそろそろ試験もあるし!」
「そういえば、中間試験だったね」
「いくら点数が良くても、出席のせいで透はいっつもあひるさんばっかじゃん!」
成績に数字の「2」がつくことを、鈴原はあひるさんと呼んでいるらしい(ちなみに「1」だとごぼうさんとのこと)。
「そんなに言わなくても、僕は進級さえできればいいだけだし」
どうせ就職先は決まっている。ならばあとは学業など適当に済ませばいいということが崎守の考えだった。
だが目の前の少女にはそんな自分の進路の事など話していなかったことから、鈴原にとっては自分の進路より友人の進路についての方が心配になっていた。
「まったくもー、将来まともな企業に行けなくなっても知らないよ! 大学卒業だろうと専門学校卒業だろうと、高校の成績まで企業はしっかりと見るんだから!」
「そうなの?」
「そうだよ! まったく…………まぁ、透が私の結婚相手になって家業を継いでくれるつもりなら、別に成績とかどうでもいいけど……」
「ん? 何か今言ったよね?」
「何も言ってない!」
幸か不幸か耳は生身故に、鈴原が顔を赤らめながら小さく呟いた内容を、崎守は聞き逃してしまっていた。
「……さて、ご飯も食べたしバイト先に戻ろっかな」
「透、いいの? 私奢ってもらっちゃったけど」
「別にいいよ昼ご飯くらい」
警備員見習いとはいえ、給料はそこらのアルバイトより破格の待遇である。友達一人に昼ご飯をおごる程度で、家計が火の車になる事などない。
「ありがとう、ごちそうさま! じゃあまたねー!」
元気に手を振る姿に少しだけ心が洗われながらも、汚れ仕事が待つ職場へと崎守は再び足を向けて行った。
◆ ◆ ◆
「――雛橋さん、先に帰っていたんですね」
会社内の廊下にて、崎守は自分の宿敵との出会いを果たす。そしてよそよそしい態度でもって、崎守は雛橋に対して冷たくあたる。
「あの後記者と食事をとってすぐに帰りました。お昼休み中に片づけておきたい仕事もあったので」
「お昼休みでも頑張るとは、社畜の鏡ですね」
過労で死ねとでも言いたげなのか、崎守は嫌味でもって応対をする。
「……冷たいのね、貴方」
「敵にかける情けなんてないですからね」
既に会社内だというのに敵対宣言をした崎守に対し、周りの者はその意味を推し量ろうとしている。
「あの二人なんで仲悪いんだ?」
「どうやら午前中に、新入りの方が雛橋の顔を見るなり『企業戦士だ』とか言って、恨んでいるみたいだよ」
「全く、そもそもジャミングされているから素顔は早々判りっこないってのに、よりによって古株の雛橋に向かって怪しいっていうんだから笑えるよな」
「そうそう。雛橋だってあの新入りと同様、十五の時から警備員目指して頑張っていたんだからよ」
ひそひそと噂される話は崎守の耳にも届いており、感情に任せて口走ったことから自身の評価が下がっている事にも気づいていた。
「……くそぉっ!!」
怒りのあまりに、崎守は壁を叩いて亀裂を作りあげる。
壁はコンクリート製、普通の人間が叩いてヒビを作れるものではない。
「…………おいおい、あの新人壁に穴開けたぞ!?」
「そんなに力強かったかあいつ!?」
さらなる不信感を与えながらも、崎守は黙ってその場を去っていく。
「こんなんで大丈夫なのか? それで今の新人の異動先はあの人の所なんだろ?」
「どうだかねえ……」
皆が皆危うい新人をマイナスに評価する中、一人だけその背中を見つめる者がいる。
「……崎守くん」
変わらない態度を見た雛橋は、崎守の後ろ姿をある人物と重ね合わせていた。
◆ ◆ ◆
「“ボディスーツを着ていなかったとはいえ、あれほどの出力を引き出すとは……怒るのも分かるがちょっとは身の振り方を考えた方が、
「“ちょっと黙っていてもらえますか”」
ボルトの言葉など、ましてや一般人の振りをするなど、今の崎守にはそういう事を考える余裕が無かった。
「どうして、信じてくれないんだ……!」
敵は社内にいる。なのに手を出すことができない。
「みんな何を見てきたんだ……あれだけやられたのに、あれだけ人が死んだのに……!」
「“…………失礼するが、それが視覚ジャミングというものだ。どこの誰が最初に開発したかは知らないが、ジャミングを受けている間は視覚からの情報が極端に絞られてしまう。例えジャミングを切って本人を目の前にしても、それがジャミングを発していた者だという記憶を呼び出すのは、望みが薄いと言っていいだろう”」
だからこそ、企業戦士を捕まえるには現行犯しかない。
「“それにこれから君もスーツを着て行動するときは世話になるのだから、余り悪く言わないことだ”」
「“……分かっていますよ”」
「……十分なくらいにね」
吐き捨てるかのように言って通信を終えると、崎守はいつも通り茂垣が所属する部隊の待機室へと向かっていく。
「えーと、タイムカードに記録っと……」
部隊の部屋の前に、所属する者が会社に来ているかどうかを記すデジタル掲示板が置かれている。
「……僕のいない間にだいぶ異動があったんだ……」
志垣を筆頭に記されている名簿は、以降ならんでいる名前ががらりと変わっている。
「……皆、いなくなったんだ……」
菓子臼社での襲撃で、大半の研修部隊は壊滅した。崎守が所属していた茂垣部隊では、隊長の志垣以外、新入りの名前がほとんど消えてしまっている。
「……チクショウ」
悔しさを飲み込みながら、崎守は名簿から自分の名前を探そうと一つひとつ名前を指さして確認する。
「…………あれ? おかしいな」
上から順に何度も確認するが、名簿に自分の名前が記載されていない事に崎守は首を傾げた。
「えぇー? 僕異動とか聞いていないけど――」
「そういえば、貴方に一つ言い忘れていたことがあるわ」
聞き覚えのあるその声に、崎守はすぐに振り返った。
「貴方、今度から私の部隊に配属になったから」
雛橋がすぐ後ろで、ため息交じりにそう告げた。
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