神々の試験
朱雪
第1話 起きたら猫に?!
今日まで続いた仕事もようやく終わりが見えてきたので、今日はもう終電もギリギリだという話になり帰る事にした。
駅から出て自宅までの道のりを鉛みたいに重い身体を引きずるようにして歩いていた。
歩きながら頭では明日からの仕事の段取りを考える。新たに集結したスタッフとメンバーで、今までより進化した音楽を、バンドを、ファンに見せる為にもここで立ち止まっているわけにはいかない。
やっと起動に乗り始めたのだから、ここからが正念場だ。
そう意気込んでみても結局は人間なのだから作業が長引く程に疲れは募り、集中力も切れて結果的に良い物が作れなくなる。
今までの経験上、それを理解しているからこそ遂にメンバーの一人が終電を理由に帰宅を提案してきた。
全員が体力と眠気の限界を感じていたから反対する者は誰も居なかった。
「まあ拓斗は少し不満そうだったけど」
メンバーの中で一番の歳下だからなのか、いつでも元気いっぱいの彼だが、反論をしなかった点を考えれば、見た目より疲れが溜まっていたのかもしれない。
――カラカラカラカラ。
「ん?」
何処からか乾いた音が聞こえてきた。
風車の音よりも少し重量がありそうな音に惹かれて視線を彷徨わせて居れば、道の先で占い師が店を出していた。
こんな夜中に占い師が居るのも不気味ではあるが、目の前に置かれている、朱色の布を敷いた机の上でハムスターが忙しなく滑車を回していた。
なるほど。ハムスターを使って占うから夜なのかもしれない、と自分でもよく解らない予想を立ててしまう辺り相当きているに違いない。
さっさと帰るか、と帰路を急いで居たら、突然占い師の目の前を通り過ぎようとした時に、ピタッと今まで走っていたハムスターが動きを止めた。
「これは……ッ」
今までずっと黙っていた占い師が不意をつかれたように驚いた声を出して独り言のように告げた。
「これから不思議な事があるけど、慌てたりヤケを起こさない事。冷静にな、若者よ」
「え?」
言われた内容は実に抽象的だったが、俺に言われていると気付いて振り返った視線の先には、既にあの占い師もハムスターも居なくなっていた。
「……相当疲れてるな、俺」
ため息混じりに呟いた後は、更に疲労感が増した気もして今度こそ家路を急いだ。
不気味な体験をしてこの場から早く離れたかったのも理由の1つだ。
それからはどう帰ったのかもよく覚えて居ない。
気が付いたらベッドに入って朝を迎えていた。
「……マジか」
発した声は普段より掠れて居て違和感さえ覚える程だ。
とにかく支度をしてすぐに向かわないと、と思い昨日より軽く感じる身体を起こしてみれば……。
「へ?」
見えたのは真っ白い毛と肉球と爪だ。
慌ててベッドから降りて鏡を見に走る視界はいつもよりかなり低い。
更に鏡の前へ来た自分の姿に思わず失神しかけた。
信じられないかもしれんが、朝起きたら俺は真っ白い猫になって居た! しかも。
「ちゃっかり人語は使えるし!」
どんな声帯になっているのか不思議だが、そんな事よりも今の状況だ。
昨夜は何かを食べる気力もなく疲れて居たから変な物は口にして居ないはずだ。
なら何かオカルト的な……いやそれも思い当たる節がない。
「なら他に原因が……他の……あっ」
思い浮かんだのは昨夜の帰りに見かけた占い師とハムスターだった。
――これから不思議な事が……。
「いやいや、不思議どころか、漫画のような展開にどうすればいいのか。とにかくメンバーに連絡」
心配させない為に、今日一日だけ体調不良を理由に休ませてもらおう。
「……あ、もしもし。獅郎、実は申し訳ないけど体調を崩したみたいだから今日そっちに行けそうにないんだ」
「あー、確かに酷い声だね。リョーカイ。じゃあ俺らで進めておくからまた明日にでも確認しておいて」
急な事なのにすぐ対応してくれるメンバーに涙が出そうだ。
「うん、本当にごめん」
「いいって、それじゃお大事にぃ」
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