孤独な公女~私は死んだことにしてください
結城芙由奈@コミカライズ連載中
プロローグ
――まだ夜も明けきらぬ朝露の湖畔。
銀髪に緑の瞳が美しい公女――サフィニア・エストマンは死んだことにした。
愛する婚約者に選ばれなかった彼女は全てを捨てた。
名前も、身分も。
そして……邪魔者となる未来も――
****
運命のあの日。
祭りの喧騒の中、暴走する馬車が突っ込んできた。
サフィニアは凍りついたが、婚約者は彼女の名を呼ぶことなく、侍女の手を取って助けた。
代りに彼女を助けたのは、見知らぬ青年。
礼を述べて婚約者に目を向けると、人混み越しに、彼が侍女を抱き寄せる姿が目に映りこんだ。
その瞬間、サフィニアの心は砕け……絶望した。
(私は……選ばれなかったのね?)
公爵家にとって、メイドの血を引く彼女はただの邪魔者。
婚約者への淡い期待も、彼が侍女を選んだことで崩れ去った。
二人が結ばれる未来に自分は邪魔者。
だからサフィニアは自らの「死」を偽ることを選んだ。
そんな彼女の決意を、協力者は黙って受け入れてくれたのだった……。
――決行の日
まだ夜が明けきらぬ湖畔で、協力者の手を借りてサフィニアは自らの『偽装死』を決行した。
湖にボートを浮かべて『死』の痕跡を残し、サフィニアは旅立った。
名前を捨て、身分を捨て、住み慣れた離宮を捨てて――
****
自由気ままな旅だった。
誰とも深く関わらず、風のように通り過ぎる日々。
ただ、誰かに邪魔だと思われる生き方だけはしたくなかった。
半年が経過し、持参したアクセサリーは全て路銀に消えていった。
手元に残ったのは小さなウサギのブローチだけ。
これだけは手放すつもりはなかった。
何故なら婚約者が初めて自らの意志でプレゼントしてくれた大切な思い出だったから。
(そろそろ、落ち着ける場所を探さないと)
路銀が尽きる前に、住み込みで働ける場所を見つけたい。
そして自分の終の棲家を――
****
辻馬車に揺られ、サフィニアは山間部にある小さな村にたどり着いた。
人通りも少なく寂れた村は、どこか不穏な空気に包まれている。
(ここには長くいないほうがいいわね)
旅慣れたサフィニアの勘がそう告げていた。
案内地図の前に立ち、辻馬車乗り場を探していたその時。
「ねぇ、もしかして旅の人?」
背後から声をかけられ、サフィニアは振り返った。
すると彼女と同じくらいの年頃の娘が笑みを浮かべて見つめているが……何処か違和感がある。
「辻馬車乗り場なら、案内してあげる」
不審に思いながらも相手が女性だったこともあり、サフィニアは彼女の後をついていくことにした。
路地を抜け、細い道を曲がり、さらに奥へと進んでいく。
村の中心から離れていくにつれ、さらに不穏な空気が濃くなっていく。
(こんなところに乗り場があるの?)
不安な気持ちを押し殺しつつも、後をついていくサフィニア。
それが……『偽装死』の行き着く先になるとは、思いもせずに――
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