Edosipe4’ 天の落とし物 (1’)

 「あの……大変申し上げにくいのですが……岸出咲さん。あなた、ますよ」

「いや、普通に元気だけど?」


学校に着いたら、話したことのない隣のクラスの生徒にあやまられた。


 ヒーローに疲労は付きものだけれど、今日はまだ何の事件にも遭遇していないし、健康状態に支障はない。強いて言えば、少し肩が凝っているくらいだ。


「いえ、その、ではなくの方です」

「はあ」


今日はコメディーの日かな。似たものを見間違えたり聞き間違えたりして、どんどん話が大きくなってしまう展開。最終的には犯罪集団やら警察やらが登場して、話がごちゃごちゃしてくるんだよなぁ。


 まさかそんなこと、ないと思うけど。


 「こちらを持ち歩いてください。除霊用の塩です」

「あ、ありがとう」

「それとこれ、呪いのDVDです」

「呪いのDVD?」

「はい。中にはホラー映画が入っています。必ず観てください。観ないと恐ろしいことが起こります」

「恐ろしいことって?」

「それはもう、口に出すのも憚られるようなことです。とにかく私は、これを30日以内に10人に観てもらわないといけないんです。観終わったら返してください」


不幸の手紙……?


 もう絶滅したと思ってたけど、形を変えて細々と続いていたのだろうか。ああいうのって、悪質な発信者は逮捕されることもあるらしいから気を付けようね。


「では、また」

「待って。そう言えば、あなたの名前は?」

「道連小径です。以後、お見知りおきを」


 そんなこんなで塩とDVDを手に入れた私は、灯と共に帰路についた。いつも通り彼女の家の前で立ち話をして、キリの良いところで別れを告げる。


「じゃ、今日は用事あるから、またね」

「どんな用事?」


ツンデレっ気のある灯は、こういう時にちゃんと詰めてくる。しかし、呪いのDVDが怖いから早く観て小径ちゃんに返したい、なんてことは口が裂けても、口裂け女になっても言いたくない。


「家で一人で映画観る」

「それって」


適当に言葉を濁したら、ジト目で自転車を止められた。


「暇じゃん」

「暇じゃないし」


たかが数分居残るかどうかをめぐって、無駄で愉快な問答を繰り広げた。軍配が上がったのはもちろん私。若干寂しげな灯を置いて帰るのは心苦しかったが、迷いを断ち切るため振り返らずに走った。


 漸く念願の帰宅を果たして、まっしぐらに呪いのDVDを再生機器に入れた。流れたのは割とマニア向けの、名前も知らないようなホラー映画。初めはただ怖いだけだったけれど、怨霊の悲しい過去を知るうちにほろりと涙がこぼれそうになるハートフルなストーリーで、簡潔に言って、面白かった。


 「どうでした? 感想を言わないと呪われますよ?」


翌日、小径ちゃんはとても嬉しそうにDVDを受け取った。


 なるほど、と私は苦笑する。彼女はこのオススメのホラー映画を、私に観て欲しかったのだ。そのために呪いまでかけて。そんなことをしなくても、言ってくれたら観たのに……と言いたいところだが、ジャンルがジャンルだけにそう言い切れないのがもどかしい。これからは食わず嫌いすることなく、ホラーでもスプラッタでも観るようにしよう。


 正直に感想を告げると、彼女は自分が褒められたかのように照れていた。


 ただ一点、かつていじめっ子だった主人公が信じられないほど無残に殺されたシーンを観て、こんな世界線もあるのか……と戦慄を覚えたことは、胸に秘めておくことにする。

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