Episode2 ボーイミーツガール (2)

 「はぁ」


 咲は了解していないくせに納得したような相槌を打ち、話題を受け流そうとした。本人はどういうつもりか知らないけれど、私には本音がお見通しだ。


「はぁ、じゃなくてさぁ。他に何か言うことないの?」

「みかん美味しいね」

「でしょー。近所のお婆さんがくれてさぁ・・・・・・じゃなくて」


あげるや否や、咲はみかんをその場で剥いて食べ始めた。朝の会が終わって一限が始まるまで五分しかないのに。しかもここ廊下だし。


「さては咲、宇宙人とか信じないタイプでしょ」

「いるとは思うけど、わざわざ地球人に接触してこないと思う」

「ロマンがないなぁ。地球は特別だって、思わないの?」

「思わないね」


彼女は最後の一房を、口の中に放り込んだ。私はあとで食べようと思っていたが、目の前で美味しそうに食べられると口寂しくなってくる。


「なによ、そんなに私のこと見詰めて。惚れちゃった?」

「ま、まさか。和歌山のみかん大使かってくらい綺麗にみかん食べるから、つい」

「みかんの食べ方に綺麗もなにもないでしょうに」

「確かに」


 でも実際、咲は何をしていても様になる。人目を意識しているわけでも、特別マナーが良いわけでもないけれど、ただ何と言うか、綺麗なのだ。洗練されている。この前、ハンバーガーを親指と人差し指と中指の三本で食べていたときは驚いた。しかも本人は、その食べ方の元祖を知らないし、誰かに教えてもらったこともないらしい。


 その時は思わず「キム〇クか!」と突っ込んでしまったけれど、彼女がナチュラルボーンのカリスマ気質なら余計なお世話だったかも知れない。よく観察すれば、みかんを食べるだけでも癖が出るものだ。彼女の流麗さは人工ではない、天然物だろう。


 「いいなぁ、咲は。さぞおモテになるんでしょうなぁ」

「急にどうしたの」

「別にぃ」

「灯はモテたいの?」

「当ったり前じゃん。高校生たるもの、恋愛の一つや二つ、いや三つや四つや五つや六つ……」

「やり過ぎだって」

「そう言えば、前に言わなかったっけ。咲のクラスの脇本くん、結構良くない?」

「血行は良いかもね。すぐに顔赤くなるし」

「私が今の流れで健康状態気にしてると思う?」

「思わない」

「思わないんかい」


笑って話しているうちに、授業の時間が迫ってきた。私と咲はクラスが別なので、しばらく離れなければならない。


 「じゃ、またね」

「うん、また!」


 軽く手を上げた瞬間、後ろから硬いものがぶつかるのを感じた。よろけてバランスを失った身体が、地面に突っ込む直前、柔らかい感触に包まれる。甘くて爽やかな、薔薇のようなお花の匂い。これは咲の髪だ。私、彼女に抱きかかえられている。


「ごめん、大丈夫?」


男子の声がして振り返ると、例の同級生の脇本くんが心配そうにこちらを見ていた。どうやら私にぶつかったのは彼らしい。


「うん、平気」


彼が手を差し伸べていたので、少し恥ずかしいけれど、助けを借りて立ち上がる。彼は続けて咲にも手を伸ばしたが、彼女はもう立ち上がってスカートの埃を払っていた。


 私のファーストキスが床に奪われなかったのは、間一髪の奇跡だったようだ。咲は床に膝をついて、ほとんど座り込むような姿勢で私を受け止めてくれていた。


「気を付けてよ」


きりっとした一重を更に細めて、咲は脇本くんを睨んだ。


「本当にごめん。急いでいたんだ」

「そうは見えなかったよ。あなたたちはふざけていたから、周りのことなんて考えなかったんじゃないの?」


間に挟まった私が、まぁまぁ……と宥めたけれど、聞く耳をもたない。脇本くんが謝っても、非難の色は強まるばかりだ。


 やがてチャイムが鳴り、私たちはそれぞれの教室へ散った。


 同じクラスで授業を受ける二人を気に掛けたまま、私だけ違う教室で約四時間。気が狂いそうだ。ちょっとした休み時間にコツコツ顔を出してみたけれど、そういうときに限って移動教室で、部屋には誰もいなかった。

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