100枚のクッキーを焼く君へのお返しが既製品で申し訳ないけど。

宇部 松清

【幸路視点】 LUNCH!

幸路ゆきじさーん、助けてくれー』


 シリアスな内容の割には緊迫感のないメールが届いたのはホワイトデーを翌日に控えた木曜日の昼のこと。恋人同士とはいえ、俺達は毎日ベタベタイチャイチャしたいわけじゃない。お互いに仕事があるから、やりとりは基本的に金曜のメールくらいだ。そんでそのまま週末を過ごす、という流れ。週の後半が濃いから、それ以外はあっさりしたものである。


 とはいえ、何か用事があればメールくらいは来る。用事――なんて堅苦しいやつではない、話題になってた何とかっつぅユーチューバーのコラボカップ麺が入荷しただの(でもあまりの人気に買えなかったらしい)、ウン年ぶりにアイスの当たりが出ただのというような、そんな報告はしょっちゅう来るし、俺も送る。


 あんまり『The恋人』感のあるラブラブメールではなく、男友達への近況報告みたいなやつだ。


 だからそのメールも、その手のやつだろうと何の気なしに開いた。そしたら『助けてくれ』と来たもんだ。文面からして深刻度は低いと思われるが、あれで案外何でも出来る多希たきからのSOSである。いつものノリで茶化しているが、実は思ったより事態は逼迫しているかもしれない。


『どうした?』


 ドッドッと騒ぐ心臓をなだめつつ、文字を打つ。すぐに『既読』と表示され、その五文字がひゅっと上に移動した。


『手伝って』


 は?

 何を?


 どうやら生死に関わるやつではなさそうだ。まぁそれについては最初からわかってはいたけれども。


『仕事終わったらウチ来れない?』


 今日木曜なのにな。珍しいこともあるもんだ。


『ちゃんとお礼はするから』


 いや別にお礼なんていらねぇんだけど。


『今日の飯はタダ』


 いや、五百円くらい全然。それより木曜に多希の飯が食えるってのが嬉しい。


 ていうか。

 普段は全然甘えてこない恋人からの救援要請である。別にお礼なんかなくても行く気でいたけども。


 頭の中で返事をしていたため、文字にするのが遅くなる。だから多希にしてみれば『既読無視』の状態だ。つってもほんの数秒の話だけど。それでも返事が一つも来ないのは、俺が渋っているからだと思ったのだろう。短い文章が矢継ぎ早に届く。


 そして、


『何なら俺もつけるし』


 などととんでもないことまで添えてきた。


 いやいやいやいや!

 次の日フツーに仕事だから!

 お前はお前で負担がデカいとは思うけど、俺だって結構消耗するんだぞ!?


『必死か(笑)』


 そう返すと、


『だって幸路さん反応ねーんだもん』


 と拗ねた言葉が送られてくる。


 ただの文字なのに、アイツがどんな顔をしているのかまで容易に想像が出来てしまい、苦笑する。たぶん、眉間にしわをぐーっと寄せて、口を尖らせてんだろうな。アイツよくやるもんな。


 やべ、ここは職場だ。飯にも手を付けず、スマホ画面を見つめてニヤニヤしていたら怪しまれる。シャキッとしろ、佐藤幸路。業務メールを返すが如く、事務的に、事務的に……。


『ごめんて。行くよ。何手伝えばいいんだ?』


 事務的にと言い聞かせつつも、緩みそうになる口元をさりげなく隠してそう返す。


『ホワイトデーのお返し』


 は?


『大丈夫、作るのは俺だから』


 いや。


『幸路さんにはラッピングを手伝ってもらいたくてさ』


 ちょ。

 待って。

 誰にもらったんだお前。


 え? 俺?


 確かにファミストコンビニのスイーツは渡したけどさ。でもあれ前週だったしさ。ノーカンじゃね? ていうか、俺だってお前へのホワイトデー用意してたが? 明日渡すつもりだったが?! いや、俺へのお返しならラッピングはさせねぇか。てことは確実に俺以外のやつからもらってるじゃん。いや、別にもらうのは良いよ。ちょっとモヤッとするけど良いよ。付き合いってもんもあるしな。でも何? 手作りを返すわけ? おい、多希、どういうことだ!?


 本当は電話でもして確認したかったが、さすがに出来るわけもなく、ただただ悶々としてどう返したものかと、俺の指はスマホ画面の数センチ上をうろうろするのみである。


 俺からの返事が止まったので、仕事が入ったとでも思ったのだろう、

 

『そんじゃ作業に戻るわ。仕事終わったら教えてくれ。迎えに行くから』


 そのメッセージを最後に、多希からの通信は途絶えた。俺はその画面をぼうっと見つめたまま、もそもそと冷めたコンビニ飯をつついた。

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