第16話 證明:昭明

「起きろセリン……!」


 いつもの、乱暴で耳が痛くなる、懐かしい高い声。


 いつもの、ごつごつなのに柔らかい、懐かしい肩。


 いつもの、でかくて怖い、懐かしい立ち姿。


「起きれ」


 いつもの、でかくて痛い、自分こちらを叩く硬い手。


 焦点が定まった。


 目の前には、背骨と手足の骨以外全て欠けたような化け物。姿は双頭ふたまたの蛇。2倍広くなった堀場の、半分の高さ。赤黒い薄皮の体から、かするだけで肌が元に戻らなくなるほど荒く尖った棘が飛び出している。


 これも、よくあることだった。起きた時、すぐに状況を理解できなければならない。できなければ、物が壊れたり、誰かが死んだり、稼ぎが減ることになる。


 1秒くらいで、くまなく把握。


 散らかすように投げられた、松明が数本。それが頼りになるゆいいつの灯り。鉄籠は見当たらない。


 自分は壁際から少し離れたところで寝転んでいて、シャケジャックが、自分こちらの顔を、叩いている。


 両腕が、真っ黒に焦げたローラは、動かない腕を垂らして、自分こちらの前で、盾のように、立っている。


 マグロイは、ローラが浮かばせていた盾のような金属を、重そうにひとつ抱えて、化け物の鞭のような尻尾を、受け止めている。


 ザバディックは、骨ばった化け物の、体当たりを"喋る短剣"で受け、吹き飛ばされて、狙ったように、こちら側へ勢いよく転がって来ている。


 みんなと、目が合った。


 引き伸ばされた時間の中、段々と、の光が強まっていく。


 その光によって、自分が、体の芯から揺さぶられる喜びで震えていることに気づいた。


 期待されている。


 自分が、この状況を打開する、大きな一手になるんだと、訴えられている。


 自分は、こんな時にしか役に立てない。日常生活ではなんの役にも立たない。


 だから、まりょくわたを開く準備をした。


 30秒で(臓の)弁が開ける。


「余裕はねぇ20秒」


 自分こちらの腕を引っ張って立たせてくれたシャケジャックから、怒号を浴びせられる。


 それは……できない。


「……」


 その時、焦げた腕を垂らしたローラに、振り返って睨まれた。


 いや、やらなきゃいけない。


 ɡar秒。


 化け物がこちらへ突っ込んできた。


 dyoʁ秒。


 化け物にシャケジャックは横から殴りかかって、ローラは正面から蹴りかかる。


 倒すのは難しくないけれど、どうやって魔鉱石を採るのだろう?1番でかいのにこいつは石を持っていない。


 ɣentʷar


 吹っ飛んだ化け物は、左の壁に叩きつけられた。


 χem



 化け物は、叩きつけられた反動を利用してこちらに跳ね返る。鉤爪のような突起だらけの体で、突っ込んで来た。


 zod


 このままでは、自分こちらは押し潰されて破れた雑巾になる。


 マグロイが、抱えているローラの盾をこちらに投げつけた。


 fen


 急停止した化け物は、マグロイに向かって突進するように向きを変えた。


 xos


 すでに化け物へ向かって走っていたシャケジャックは、マグロイがいる反対方向へと右平手で弾いた。


 化け物は、様子をうかがうように、受け身を取りながらこちらを見つめる。


 マグロイが正確に投げつけた盾を、ローラは右足の裏で受け止め、膝で踏みつけた。


 肩で息をする、ローラ。


 こちらの後ろに回り込むマグロイ。


 自分こちらの隣に立つサバディック。


 ʁuvdeɡ


 十一deɡar十二dedyoʁ十三deɣen


 まだ様子見をしている。


 30秒まで数えられる期待感が高まった。


 十四detʷar


 シャケジャックが鼻息を鳴らす。


「ビビんなよ」


 化け物は頭が使える。化け物は、こちらを見透かすように様子見を続けている。


 十五deχem十六dezod


 化け物は前へ出るふりをした。


 後退りするように足をびくりとさせたマグロイ。"喋る短剣"の構えを高くしたサバディック。


 十七defen十八dexos


 体を蛇のようにくねらせ、ゆっくりと近づいてくる化け物。


 十九deʁuv二十rod


 目が合わなくとも、全員の視線が自分(こちら)に集中した。


 首を横に振りそうになるけれど、心の中だけでそうして、険しい顔だけを作る。


 それを受け取ったみんなは、わずかに体が揺れ動いて、全身固くなった。


 それを見た化け物は、ばねのように体を縮こませる。


 すぅーっと笑ったように見えたが、表情はない。


 二十一秒になるその手前。


 化け物は縮めた体を伸ばして体当たりしてきた。


 尖った全身の鉤爪のような棘が、迫ってくる。


 サバディックが"喋る短剣"を突っ張り棒のように突き出して、その細い腕を、シャケジャックが大きな左手で掴んで支える。同時に、ローラは足元の盾を蹴り上げ、シャケジャックの右手に渡した。


 化け物は、サバディックとシャケジャックを弾き飛ばす。反動で化け物は一瞬止まった。


 二十一roɡar秒。


 ローラが前へ、化け物へ向かって踏み込んだ。すると背後から、頭上を超えて、シャケジャックが右手で掴んでいた盾が飛んでくる。


 その盾が化け物の頭先端にぶつかって、直後ローラがその盾の上から真っ直ぐ蹴り付けた。


 二十二rodyoʁ


 長い体を、蛇のようにもたげてその衝撃を上へ逃した化け物。後ろへ押し返して距離は作れず。


 引き攣った顔のマグロイがローラへ向かって走った。


 二十三roɣen


 盾を下から掴んだマグロイは、頭上のローラの足首も掴んで後ろへ走り出す。


 化け物は、2人を押しつぶすように体を振り下ろして前へ突っ込んだ。


 二十四rotʷar


 マグロイは、ローラを投げた。


 二十五roχem


 マグロイへ突っ込む化け物。横へ跳んで避けたけど、背中と左腕あたりへ化け物の棘がかすめる。ただそれだけで、服と肌がどうしようもないくらい裂けた。


 二十六rozod


 背後から、シャケジャックとサバディックが駆け抜ける。


 投げられたローラがこちらの手前で着地。気を失ったように後頭部から倒れた。起き上がらない。


 ローラから離れるように横へ走る


 二十七rofen


 化け物は、シャケジャックとサバディックを、天井を這って避ける。


 二十八roxos


 化け物は天井から落ちて、どかんと堀場を揺らがせて着地した。


 こちらへ突進。


 そして、その巨体が目の前まで迫った。


 二十九roʁuv


 がばっとローラが体を起こす。


 腕を押さえて倒れるマグロイが手放した、ローラの盾がこちらへ飛んできた。


 それが届く前に化け物にぶつかる。


 直後、盾がこちらにぶつかって、化け物に沿うような軌道で突進から逃れられた。


 でも、体表の棘が、顔、胸、腹、脚、触れていたところをざっくりと裂く。


 三十deɡɣen


 体からまりょくがみなぎる。手を開いて、化け物の横っ面を叩いた。


 化け物は、脂の白い塊のように、ぐにゃっと形を大きく変える。


 そして、骨、溶ける血、棘を飛び散らせて、化け物は壁でぐしゃぐしゃに潰れた。さらに、その壁は硝子のように砕けてざらざらと崩れる。


 三十一deɣenɡar


 化け物は倒せた。


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