第3章「秘められた運命」

第1話「月明かりの誓い」


満月まであと四日。

星降る夜、カミーユ邸の温室に二人の姿があった。ガラスを透かして零れ落ちる月光が、エリザベートとリリアンを優しく照らしている。


「この薔薇、月光館でも大切に育てられていたのです」

リリアンが白い薔薇に触れる。その指先から、月長石の柔らかな光が花弁に伝わっていく。

「この品種は『月光の誓い』と呼ばれ、代々の当主が、大切な人との誓いを交わす時に」


言葉が途切れた時、エリザベートの手がそっとリリアンの頬に触れる。

「だから、今夜ここに呼んだの」


ルビーの輝きが、エリザベートの指先から溢れ出す。それは月長石の光と混ざり合い、白薔薇に虹色の輝きを与えていく。


「お嬢様...」

「もう、その呼び方はやめましょう」

エリザベートの瞳が、真摯な光を帯びる。

「私たちは、もう主従の関係ではないもの」


リリアンの目が僅かに潤む。長年隠してきた想いが、この瞬間に解き放たれていく。

「エリザベート...」


その声に、温室中の花々が呼応するように揺れた。二人の宝石の共鳴が、植物たちの生命力を高めているのだ。


「リリアン、あなたは私の騎士」

エリザベートは白薔薇を一輪手に取る。

「そして、私の愛する人」


その言葉に、月長石が強く輝きを放つ。リリアンの感情が、もはや抑えきれないほどに溢れ出している。


「儀式の日まで、もう四日しかない」

エリザベートは続ける。

「でも、もう迷いはないわ。だって——」


「私たちには、愛という武器があるから」

リリアンが言葉を継ぐ。

「月光館の誇りと、カミーユ家の情熱が」


二人の掌の中で、白薔薇が淡く発光する。それは月光の誓いを受け入れた証。


「永遠の愛を、誓いましょう」

エリザベートが差し出した薔薇を、リリアンも共に手に取る。


「私、エリザベート・カミーユは誓います」

ルビーが鮮やかな光を放つ。

「あなたの傷は私の傷、あなたの喜びは私の喜び」


「私、リリアン・ムーンライトは誓います」

月長石が静かな輝きで応える。

「この命尽きるまで、あなただけの騎士として」


二人の想いが重なった瞬間、白薔薇が虹色の光を放った。それは月光館の歴代当主たちが、この誓いを祝福している証のようでもあった。


「これで、私たちは本当の意味で結ばれたのね」

エリザベートの頬を、一筋の涙が伝う。それは喜びの雫。


「はい。月の光の下で、永遠の愛を——」

リリアンの言葉が途切れたのは、エリザベートが唇を重ねたから。


純白の薔薇に照らされた誓いのキスは、長く、深く、そして優しく。

温室の花々が祝福するように、甘い香りを漂わせる。


しかし、その至福の時は長くは続かなかった。

突如として、地面が大きく揺れ始めたのだ。


「この波動は!」

リリアンが即座にエリザベートを庇う。

その直後、温室のガラスが一斉に砕け散った。


漆黒の靄が満月を覆い隠し、異様な空気が辺りを包み込む。

温室に咲き誇っていた花々が、次々と枯れていく。


「まさか、儀式が...」

エリザベートの声が震える。

「まだ四日もあるはずじゃ...」


闇の中から、アレクサンダーの冷笑が響く。

「月光の誓いとは、実に感動的だった」

「なぜ、ここに!」


「愚かな二人よ」

アレクサンダーの姿が、黒い靄の中から浮かび上がる。

「満月の儀式など、真実の日取りではない」


その瞬間、エリザベートのルビーが強制的に反応を始める。

「っ!私の、魔力が...!」


「お前たちの誓いの場に相応しい舞台として」

アレクサンダーの瞳が、禍々しい光を帯びる。

「今宵、全てを奪わせてもらおう」


月を覆う漆黒の闇が、二人を飲み込もうとしていた。

白薔薇の花弁が、闇に溶かされるように消えていく。


「エリザベート!」

「リリアン!」


二人の叫びが交差する中、温室は完全な闇に包まれた。

そして——。




第2話「月光の抗戦」


漆黒の闇が温室を覆い尽くす中、リリアンの月長石が静かに輝きを放つ。

「月よ、我が祖たる光を!」


銀色の光が闇を押し返し、小さな空間を作り出す。その中で、リリアンはエリザベートを抱き寄せていた。


「リリアン、私のルビーが反応しないの」

エリザベートの声が震える。首飾りのルビーは、まるで力を奪われたかのように輝きを失っていた。


「この闇は、宝石の力を奪う禁術」

アレクサンダーの声が、あらゆる方向から響く。

「だが、なぜ月長石だけが...」


「月光館の宝石は、そう簡単には屈しません」

リリアンの声には、凛とした誇りが込められていた。

「なぜなら、私たちの力は———」


その時、エリザベートが小さく呟く。

「愛によって、守られているから」


その言葉に呼応するように、月長石の光が強まる。銀色の輝きは、まるで月光のカーテンのように二人を包み込んでいく。


「愚かな」

アレクサンダーの姿が、闇の中から現れる。

「所詮、没落した家の末裝が———」


「黙りなさい!」

エリザベートが叫ぶ。

「リリアンは、私が認めた騎士。誰にも、その誇りを汚すことは許さない」


突如として、エリザベートの胸元で微かな輝きが灯る。

「これは...」

温室に散った白薔薇の花弁が、一枚、また一枚と光を放ち始める。


「月光の誓いの力...」

リリアンの目が見開かれる。

「エリザベート、あなたの想いが」


花弁は次第に集まり、エリザベートの手の中で新たな輝きとなって具現化する。それは———小さなダガーの形をしていた。


「月光館に伝わる、誓いの武具」

リリアンが説明する。

「純粋な愛によってのみ、呼び覚まされる守りの剣」


エリザベートはダガーを強く握る。その瞬間、失われていたルビーの力が僅かに戻り始める。


「なんと...!」

アレクサンダーの声が苛立ちを帯びる。

「禁術を破るなど」


「これが、私たちの答えです」

リリアンが前に進み出る。銀色の光の中で、その姿は正統な騎士そのものへと変化していく。


「エリザベート、準備はよろしいですか」

「ええ、リリアン。共に戦いましょう」


月長石の光とルビーの輝きが交差する。それは銀色と紅色の螺旋となって、アレクサンダーの放つ闇を押し返していく。


「月光の誓いに導かれし者として」

リリアンの声が響く。


「永遠の愛を誓いし者として」

エリザベートが続ける。


「この想いの力で———」

二人の声が重なった瞬間、温室全体が眩い光に包まれた。


「くっ...!」

アレクサンダーが後退する。

「だが、まだだ!」


黒いダイヤモンドから放たれる闇の波動が、再び二人に襲いかかる。

しかし———。


「私たちの光は、誰にも消せない」

エリザベートが誓いのダガーを掲げる。

「なぜなら、この想いは———」


「真実の愛だから」

リリアンがその言葉を継ぐ。


銀と紅の光が螺旋を描き、闇を切り裂いていく。アレクサンダーの姿が、次第に後退していく。


「覚えていろ」

最後の言葉を残し、アレクサンダーの姿が消失する。

「真の儀式は、まだこれからだ」


闇が晴れ、月明かりが再び温室を照らし始める。

二人は、まだ強く手を握り合ったまま。


「エリザベート、大丈夫ですか?」

「ええ...ただ、少し力を使いすぎたみたい」


エリザベートの膝が僅かに震える。リリアンは即座に支え、そっと抱きしめる。


「ありがとう、リリアン」

「いいえ、守れたのは私たち二人の力」


誓いのダガーが、まだ微かに輝いている。

それは今や、二人の新たな絆の証となっていた。


「これから、もっと激しい戦いになるわね」

エリザベートが呟く。


「はい。でも、私たちには」

リリアンが優しく微笑む。

「月光の誓いという、最強の武器がある」


月明かりの中、二人は再び固く手を取り合う。

真の戦いは、まだ始まったばかり———。




第3話「守るべきもの」


夜明け前のカミーユ邸。地下室に集められた者たちの表情は、一様に緊張を帯びていた。


「月光の誓いが、新たな力を?」

クラリスが、エリザベートの手にある銀色のダガーを見つめる。

刻まれた月長石の紋様が、かすかに脈動している。


「月光館の秘宝、『月影の双刃』...」

ヘレナが懐かしむように呟く。

「伝説でしか聞いたことがありませんでした」


「双刃、ということは」

セシリアが言葉を継ぐ。

「もう一つは?」


リリアンが静かに頷く。

「もう一方は、アレクサンダー王子が現れた時に砕け散った白薔薇から」


「二つ目の刃は、まだ形を成していない」

エリザベートが説明する。

「でも、確かに私の中で、その力は育ちつつある」


その時、地下室の魔法陣が突如として輝きを放つ。

「この反応は...!」

クラリスが杖を構える。


魔法陣の中心から、一本の光の筋が立ち上る。

それは次第に広がり、一人の少女の姿となって具現化した。


「月光館、第十二代当主」

透き通るような声が響く。

「エレナ・ムーンライト」


「母上...」

リリアンの声が震える。


幻影は優しく微笑む。

「よく私の元に還ってきたわね、リリアン」

その視線は、エリザベートにも向けられる。

「そして、我が娘に真実の愛を与えてくれた方」


「エレナ様」

エリザベートが丁寧に一礼する。

「その...リリアンのお母様に、このような形でお会いできるとは」


「時間はわずかしかありません」

エレナの声が急を帯びる。

「アレクサンダーの企みは、想像以上に深い」


「どういうことでしょうか」

クラリスが問う。


「王家に伝わる禁断の儀式」

エレナの表情が曇る。

「それは単なる力の収集ではなく、全ての宝石の支配権を握るための———」


突如として、幻影が揺らぎ始める。

「母上!」


「リリアン、エリザベート」

エレナの声が次第に遠くなっていく。

「二つの刃が一つとなった時、真実の道が開かれる」


「待ってください!」

リリアンが叫ぶ。

「まだ、聞きたいことが」


しかし、エレナの姿は既に消失しつつあった。

最後の言葉だけが、かすかに残る。


「愛は、全てを照らし出す光」

「その光の先に、月光館の真実が...」


幻影が完全に消えた後、地下室に重い沈黙が落ちる。


「リリアン...」

エリザベートが、恋人の震える肩に手を置く。


「大丈夫です」

リリアンは強く頷く。

「母上の想いを、しっかりと感じることができました」


「禁断の儀式」

クラリスが考え込む。

「宝石の支配権を握る、か」


「それって、つまり」

セシリアの声が震える。

「全ての魔法使いを、王家の意のままに?」


「そんなことは、絶対に許さない」

エリザベートが誓いのダガーを強く握る。

「リリアンの想い、月光館の誇り、そして———」


「わたしたちの愛を」

リリアンが言葉を継ぐ。

「誰にも奪わせない」


その時、エリザベートの胸元で再びルビーが輝きを放つ。

それは次第に強まり、ダガーと共鳴するように。


「エリザベート様」

ヘレナが目を見開く。

「その輝き、まるで」


「もう一つの刃が」

クラリスが呟く。

「目覚めようとしている」


エリザベートの掌の中で、光が次第に形を成していく。

それは紅く、まるで炎のように———。


「さあ」

リリアンが静かに微笑む。

「私たちの戦いが、本当の意味で始まる」


「ええ」

エリザベートも頷く。

「誰にも、この想いは曲げさせない」


地下室の窓から、朝日が差し込み始める。

それは新たな戦いの幕開けを、静かに告げていた。



第4話「紅き刃の目覚め」


夜明けのカミーユ邸。訓練場に響く剣戟の音が、朝の静けさを切り裂く。


「はっ!」

エリザベートの掛け声と共に、銀色のダガーが空を切る。

その軌跡に、紅い光が瞬く。


「その調子です」

リリアンが月長石の力で、闇の魔力を模した的を次々と作り出す。

「ルビーの力を、刃に集中させて」


エリザベートは深く息を整える。

額に滲んだ汗が、決意に満ちた瞳の前を伝う。


「リリアン、もう一度」

「はい。では———」


新たな的が浮かび上がる直前、突如として異変が起きた。

エリザベートの胸元のルビーが、かつてない強い輝きを放ち始めたのだ。


「エリザベート!」

リリアンが駆け寄る。


「大丈夫、これは———」

エリザベートの掌の中で、光が渦を巻く。

それは次第に形を成し、一本のダガーとなって具現化する。


「紅玉の刃」

クラリスが訓練場に駆け込んでくる。

「伝説の双刃、ついに揃いましたね」


銀と紅、二本のダガーが共鳴するように輝く。

「月影と紅玉」

リリアンが懐かしむように呟く。

「母上が語っていた、月光館の誇り」


「でも、なぜ今———」

エリザベートの言葉は、地鳴りとともに途切れた。


「この波動は!」

クラリスが杖を構える。

「王宮からの」


轟音と共に、訓練場の上空に巨大な魔法陣が展開される。

漆黒の紋様が、不吉な光を放っている。


「見せてもらおうか」

アレクサンダーの声が響く。

「月光館の秘宝、その力を」


無数の闇の矢が、魔法陣から放たれる。

「エリザベート様!」

クラリスが防壁を展開するが、闇の矢はそれを易々と貫く。


「リリアン!」

「はい!」


二人は背中合わせに立つ。

銀と紅のダガーが、まるで舞うように闇を払う。


「月影の導き!」

リリアンの放つ銀光が、闇の矢を消し去る。


「紅玉の意志!」

エリザベートの刃が描く軌跡が、燃え上がる炎となって広がる。


「なるほど」

アレクサンダーの声が、僅かな興奮を帯びる。

「これほどまでに、二つの刃が共鳴するとは」


魔法陣から、さらに強い闇が溢れ出す。

それは人の形を取り、次々と二人に襲いかかる。


「このままでは」

クラリスが歯を噛む。

「屋敷に被害が」


「私に任せて!」

セシリアが駆けつける。

「エメラルドの結界なら」


翠の光が屋敷を包み込み、闇の侵入を防ぐ。

「二人とも、思う存分戦って!」


「ありがとう、セシリア」

エリザベートが頷く。

「さあリリアン、私たちの全力で」


「はい。愛の力を———」


二人の掛け声が重なった瞬間、驚くべき変化が起きる。

銀と紅のダガーから放たれた光が交差し、虹色の螺旋となって上空へ伸びる。


「何!?」

アレクサンダーの声が動揺を帯びる。


螺旋は魔法陣に届くと、その一部を浄化するように消し去っていく。


「これが、二つの刃の真の力」

エリザベートが誇らしげに言う。

「誰にも曲げられない、私たちの想いの結晶」


「月影と紅玉の共鳴は」

リリアンが言葉を継ぐ。

「全ての闇を照らし出す」


「くっ...」

魔法陣が歪み始める。

「まだだ、まだ終わっていない」


アレクサンダーの姿が消失すると共に、空の魔法陣も徐々に消えていく。

しかし、その最後の言葉だけが、重く響いて残った。


「本当の儀式は、必ず完遂させる」


脅しとも警告ともつかない言葉。

だが、二人の手に握られた双刃は、まだ確かな輝きを放っていた。


「大丈夫」

エリザベートがリリアンの手を取る。

「私たちには、もう迷いはないもの」


「ええ」

リリアンも強く頷く。

「愛する人を守る力が、この手にはある」


朝日が昇り切った空に、まだ薄く魔法陣の痕跡が残る。

それは、迫り来る本当の戦いの予兆のように———。




第5話「月光館の記憶」


カミーユ邸の書斎。夕暮れの光が、積み上げられた古文書を照らしている。


「これが、月光館に伝わる全ての記録」

ヘレナが、埃を被った羊皮紙の束を広げる。

「王家の迫害を逃れ、ひっそりと保管してきたもの」


エリザベートとリリアンは、その文書に目を走らせる。

そこには、月光館の歴史と、王家との確執が克明に記されていた。


「二百年前の儀式」

クラリスが一枚の文書を取り出す。

「その時も、王家は同じことを」


「全ての宝石の支配を試みた、か」

リリアンが眉を寄せる。


エリザベートが別の記録を手に取る。

「でも、その時は月光館が」


「はい」

ヘレナが静かに頷く。

「月影と紅玉の力で、儀式を止めた」


「しかし」

クラリスの表情が曇る。

「その代償は、あまりにも」


記録には、儀式を止めた後の悲劇が記されていた。

月光館の当主とその伴侶は力を使い果たし、そして———。


「二人は、消えてしまった」

セシリアの声が震える。

「そんな」


重い沈黙が、書斎を包む。

しかし、それを破ったのはエリザベートだった。


「違うわ」

彼女は毅然と言う。

「二人は消えたんじゃない」


エリザベートは立ち上がり、窓際に歩み寄る。

夕陽に照らされた彼女の横顔が、強い決意を帯びている。


「二人の想いは、この双刃となって」

その言葉に合わせるように、銀と紅のダガーが輝きを放つ。


「エリザベート...」

リリアンが微かに目を潤ませる。


「記録の最後に、こんな言葉が」

クラリスが羊皮紙を掲げる。

「『真実の愛は、時を超えて』」


「愛は、魔法よりも強い」

ヘレナが静かに告げる。

「だから月光館は、代々その教えを」


その時、突如として双刃が強く反応する。

銀と紅の光が交差し、書斎の中央に小さな光球を作り出した。


「これは...」

全員が息を呑む中、光球が広がり、映像となって浮かび上がる。


そこには、かつての月光館の姿があった。

古の当主と、その伴侶。

二人が儀式に向かう直前の場面。


「私の想いは、永遠に」

「そう、この愛は不滅」


幻影の中の二人は、強く手を取り合う。

その姿は、エリザベートとリリアンの立ち姿と重なるように見えた。


「二人の魂は、私たちの中に」

リリアンが静かに言う。

「そして今、その想いが」


「新たな力となって」

エリザベートが言葉を継ぐ。

「私たちを導いている」


幻影は次第に薄れていくが、最後の言葉だけが、はっきりと響いた。


「月光の誓いは、永遠に」

「そう、この愛と共に」


光が消えた後も、その余韻は書斎に満ちていた。


「これが、月光館の真実」

ヘレナの目に、涙が光る。

「代々受け継がれてきた、愛の誓い」


「エリザベート」

リリアンが恋人の手を取る。

「私たちは、決して」


「ええ、誰にも引き離されない」

エリザベートが強く頷く。

「だって私たちは、運命に導かれた」


「月影と紅玉の導き」

クラリスが呟く。

「そして、真実の愛の力」


夕陽が沈み、最初の星が空に瞬き始める。

それは、新たな誓いの証人のように。


「さあ」

エリザベートが双刃を掲げる。

「私たちの物語を、紡ぎましょう」


「はい」

リリアンも凛と応える。

「二百年の時を超えて、この愛を———」


窓から差し込む月明かりが、二人を優しく包み込む。

それは、月光館の意思が、確かに二人を祝福している証のようでもあった。



第6話「儀式の真実」


深夜の王立魔法院図書館。月明かりだけが、古い書架の間を照らしている。


「これが、王家の秘文書」

クラリスが取り出した羊皮紙には、複雑な魔法陣が描かれていた。

「儀式の、本当の姿」


エリザベートとリリアンは、その図案に見入る。

魔法陣の中心には、七つの宝石が配置され、そこから放射状に力が集中する仕組みが記されていた。


「この配置」

リリアンが眉を寄せる。

「まるで」


「ええ」

クラリスが暗い表情で頷く。

「魂を抽出する術式そのもの」


「魂を...!?」

エリザベートの声が震える。


「宝石の力は、持ち主の魂と共鳴している」

図書館の影から、ヘレナが姿を現す。

「だから完全な支配には」


「持ち主の魂そのものを、支配下に置く」

セシリアも暗い表情を浮かべる。

「そんな、おぞましい」


「二百年前の月光館も」

リリアンが古文書を広げる。

「この真実を知り、儀式を阻止しようと」


その時、図書館の入り口に異変が起きた。

重厚な扉が、不吉な音を立てて開く。


「まさか」

クラリスが杖を構える。


「よく来てくれた」

アレクサンダーが、数名の近衛騎士を従えて現れる。

「儀式の真実を求めて」


「アレクサンダー王子」

リリアンが月影の刃を抜く。

「まさかあなたは」


「ああ、そうだ」

王子の瞳が、暗い光を宿す。

「魂の支配、それこそが王家に与えられた使命」


エリザベートも紅玉の刃を構える。

「理不尽な支配なんて」


「理不尽?」

アレクサンダーが不敵に笑う。

「魔法こそ、支配のための力」


近衛騎士たちが、一斉に武器を抜く。

「宝石の加護を持つ者は、生まれながらにして特別」

「その力こそ、支配の証」


「違う!」

エリザベートが強く否定する。

「宝石の力は、守るための」


「愛する者を、この世界を」

リリアンが言葉を継ぐ。

「決して支配のためじゃない!」


その瞬間、双刃が強く反応する。

銀と紅の光が交差し、図書館内に結界を展開する。


「クラリス様、皆様」

リリアンが声を上げる。

「お願いします」


「ええ」

クラリスが頷く。

「秘文書を、安全な場所へ」


「二人とも、気を付けて」

セシリアが祈るように呟く。


「月影の導き」

「紅玉の意志」


二つの声が重なり、光の渦が近衛騎士たちを押し返す。


「この力」

アレクサンダーの表情が歪む。

「だが、まだだ」


黒いダイヤモンドが不吉な輝きを放ち、闇の波動が渦を巻く。


「全ての宝石は、王家のもの」

「その力も、魂も」


激突する光と闇。

書架が次々と崩れ落ちる中、二人は背中合わせに立つ。


「リリアン」

「はい、エリザベート」


「私たちの魂は」

「永遠に、共に」


双刃から放たれる光が、さらに強さを増す。

それは二人の魂の共鳴、真実の愛の証。


「くっ」

アレクサンダーが後退する。

「このままでは」


「王子様!」

近衛騎士たちが駆け寄る中、アレクサンダーは最後の言葉を残す。


「満月の夜」

「その時こそ、全てを」


王子の姿が消失し、図書館に静寂が戻る。

倒れた書架の間から、月明かりが差し込んでいる。


「大丈夫?」

エリザベートがリリアンの頬に触れる。


「はい」

リリアンが微笑む。

「だって、あなたが」


二人の視線が交差する。

そこには、もう迷いはない。


「満月の夜」

エリザベートが呟く。

「全てが決まる」


「ええ」

リリアンが強く頷く。

「でも、私たちには」


「愛という、最強の武器がある」


月明かりの中、二つの刃が静かに輝きを放つ。

それは、来たるべき決戦への、確かな希望の光———。



第7話「満月前夜」


カミーユ邸の庭園。明日は満月。

銀色に輝く月が、バラの花々を優しく照らしている。


「明日、全てが決まる」

エリザベートは月を見上げながら呟く。

庭園の片隅では、セシリアとクラリスが結界の準備を整えていた。


「エリザベート」

リリアンが後ろから近づき、そっと肩に手を置く。

「準備は整いました」


「ええ」

振り返った瞳には、強い意志が宿っている。

「秘文書の解読も終わったのね」


「はい」

クラリスが二人の元に歩み寄る。

「王家の儀式、そして月光館の秘術」

「全ての謎が、明らかになりました」


中央の噴水の周りに、一同が集まる。

月明かりの下、クラリスが古い羊皮紙を広げる。


「儀式は三段階」

「まず、七つの宝石の力を集める」

「次に、持ち主の魂を抽出」

「そして最後に」


クラリスの声が僅かに震える。

「全ての魂を、黒いダイヤモンドの中に」


「それを阻止するには」

ヘレナが月光館の古文書を示す。

「月影と紅玉の力で、魂の抽出を防ぎながら」

「儀式の核となる魔法陣を、破壊する」


「でも、その代償は」

セシリアの声が不安を帯びる。


「二百年前の二人のように」

リリアンが静かに頷く。

「魂を失う、可能性が」


「私は、覚悟ができてる」

エリザベートがリリアンの手を取る。

「だって、これは私たちにしかできない」


「エリザベート...」


「ねえリリアン」

エリザベートの声が、柔らかくなる。

「憶えてる?初めて出会った日のこと」


「はい」

リリアンの目が、懐かしさに潤む。

「まるで、運命に導かれるように」


「そう、運命に」

エリザベートが微笑む。

「でも今は、自分たちの意志で」


バラの香りが、夜風に乗って漂う。

それは二人が出会った日と、同じ香り。


「お二人の力があれば」

クラリスが希望を込めて言う。

「きっと、道は開ける」


「ええ」

エリザベートが双刃の一つを掲げる。

「この想いが、私たちを導く」


その時、突如として風が強まる。

バラの花びらが舞い上がり、不思議な光景を作り出す。


「この風は」

ヘレナが目を見開く。

「まるで、月光館の...」


花びらは二人の周りを旋回し、やがて光となって消えていく。

その瞬間、双刃が強く反応を示した。


「これは」

リリアンが息を呑む。

「月光館の加護」


銀と紅の光が交差し、二人の姿を包み込む。

それは月光に輝く薔薇の花のように、神々しくも儚い。


「私たちは、必ず」

エリザベートの声が、決意に満ちている。

「明日の満月を、二人で見る」


「はい」

リリアンも強く頷く。

「そして、新しい世界を」


光が消えた後も、その余韻は庭園に満ちていた。

支援者たちの目にも、確かな希望が宿る。


「さあ」

クラリスが皆を見回す。

「最後の準備を」


「待っていてね」

セシリアが空を見上げる。

「明日の満月を、みんなで」


月が今宵最後の輝きを放つ中、エリザベートとリリアンは再び手を取り合う。


「愛してる」

「愛してます」


二つの想いが交差する。

それは、来たるべき戦いへの、最も強い武器となって———。




第8話「満月の誓い」


満月の光が、王立魔法院の尖塔を銀色に照らす。

儀式の間に続く階段を、エリザベートとリリアンは静かに昇っていく。


「来たな」

扉の向こうから、アレクサンダーの声が響く。

「運命の時が、始まる」


重厚な扉が音もなく開かれる。

その奥には、巨大な魔法陣が床一面に描かれていた。

七つの台座が円を描き、その中心には黒いダイヤモンドが浮かんでいる。


「さあ、儀式を始めよう」

アレクサンダーの背後には、既に数名の貴族が拘束されていた。

彼らの宝石が、既に台座に据えられている。


「やめなさい!」

エリザベートが叫ぶ。

「貴方の儀式なんて」


「これは運命だ」

アレクサンダーの瞳が、狂気を帯びている。

「王家に与えられた、神聖なる使命」


黒いダイヤモンドが不吉な輝きを放ち、魔法陣が活性化し始める。


「月影の導き!」

リリアンの放った銀光が、魔法陣の一部を消し去る。


「無駄な抵抗を」

アレクサンダーが右手を掲げる。

闇の波動が渦を巻き、拘束された貴族たちの魂が、徐々に抽出され始める。


「紅玉の意志!」

エリザベートの刃が、赤い軌跡を描く。

その光が魂の抽出を防ぎ、貴族たちを守る。


「月光館の末裔風情が」

アレクサンダーの声が苛立ちを帯びる。

「この神聖なる儀式を」


「神聖?」

リリアンが毅然と言う。

「魂を奪い、支配するだけの儀式が?」


「黙れ!」

激しい闇の波動が、二人を襲う。


「リリアン!」

「エリザベート!」


二人は背中合わせに立ち、双刃を交差させる。

銀と紅の光が螺旋となり、闇を押し返す。


「なっ」

アレクサンダーの表情が歪む。

「この力は」


「愛の力よ」

エリザベートが誇らしげに言う。

「誰にも奪えない、私たちの絆」


魔法陣の輝きが不安定になり始める。

台座に置かれた宝石が、元の持ち主たちの元へと戻っていく。


「させるものか!」

アレクサンダーが黒いダイヤモンドに直接触れる。

「この私の手で、全ての魂を」


禍々しい光が満ちる中、エリザベートとリリアンは見つめ合う。


「準備はいい?」

「はい」


二人は強く手を取り合う。

双刃から放たれる光が、まるで月光のカーテンのように二人を包み込む。


「月影よ」

「紅玉よ」


「導きの光となれ!」

二人の声が重なった瞬間、驚くべき変化が起きる。


銀と紅の光が交差し、虹色の螺旋となって天井まで伸びる。

その光は次々と魔法陣を浄化し、黒いダイヤモンドの闇を押し返していく。


「な、何だこの力は!」

アレクサンダーが後退する。

「こんな筈は」


「これが、真実の愛が生み出す力」

リリアンの声が響く。


「全ての歪みを正す、月光の導き」

エリザベートが言葉を継ぐ。


光は最後の一点に集中し、黒いダイヤモンドを包み込む。

一瞬の閃光の後、それは透明な結晶へと変化していた。


「終わったのね」

エリザベートが安堵の息を吐く。


しかし———。


「まだ、まだだ!」

アレクサンダーが叫ぶ。

「私には、まだ」


その時、新たな光が差し込む。

天窓から差し込んだ満月の光が、アレクサンダーを照らし出す。


「月の光が、真実を照らし出す」

見覚えのある声。それは———。


「母上...」

リリアンの目に、涙が浮かぶ。


満月の光の中から、エレナの幻影が浮かび上がる。


「アレクサンダー王子」

エレナの声が優しく響く。

「あなたの魂も、闇に侵されていただけ」


浄化された結晶から放たれる光が、アレクサンダーを包み込む。

その瞬間、王子の表情から狂気が消えていく。

「私は、何を...」


「大丈夫です」

リリアンが差し出された双刃を収める。

「もう、終わったのですから」


エリザベートは、ゆっくりとアレクサンダーに歩み寄る。

「さあ、新しい始まりを」


満月の光が、儀式の間を祝福するように照らし続ける。

それは同時に、新たな時代の幕開けを告げる光でもあった。


「リリアン」

エリザベートが恋人の手を取る。

「私たちの物語は、ここから」


「はい」

リリアンも柔らかく微笑む。

「永遠に、共に」


満月は静かに二人を見守り続けた。

それは、月光の誓いを交わした二人への、最高の祝福の光———。















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