第11話 イザッコ

「こ、こ、殺す……!?お、脅しのつもりですかな、ジークヴォルト様……?」


 俺に対する恐れと、いやまさか本当に殺しはすまいという計算……さまざまな思いが混ぜ合わさった表情でイザッコは俺を見る。


「た、確かに拙者はジークヴォルト様の決定に異を唱えました。しかし、それだけで殺すなどあまりにも……」


「そうだな。どうして俺に殺される事になるのか、その理由を伝えておいた方がお前の悪役ぶりも際立つというものだろう」


 俺は、目の前の騎士に……いや、悪役に対し微笑みつつ説明を開始する。


「俺は最近領内の見回りを行っていてな。その際、何度か盗賊に出くわした」


 突然話題が変わった事対し、ベアトリス達は不思議そうな表情を浮かべる。しかし……イザッコは違った。俺の言葉に、明らかな狼狽の色を見せている。


「俺はその盗賊達を排除して回った訳だが……しかし、不思議な話だ。我が領内では定期的に騎士による巡回を行っている。にも関わず、どうして盗賊が出没する?」


「そ、そ、それは……と、盗賊達が姑息にも我々騎士の目を掻い潜って活動しているからで……」


「それにしては盗賊達は随分と派手に活動していたな。まるで『自分達は捕まらない』と確信しているかのように」


「あ……う……ぐ」


 イザッコは、なおも俺に反論を試みようと何かを言いかける。しかし、良い言葉が浮かばないのか口をパクパクと動かすのみだ。


「盗賊達は吐いたぞ、イザッコ。お前とその取り巻きに一定の金額を上納する代わりに……お前達が巡回する地域での盗賊行為を見逃してもらうという取引を結んでいるという事を」


「あう……う……あ……あ、あ……」


 よろめくイザッコと、その横で絶句するイザッコの取り巻き騎士達。


「お前達は盗賊と結託する事で領地を荒らした。この俺の支配地をだ。よって……今から粛清を行う」


「ま、待っていただきたい!自分はイザッコ殿に協力を持ちかけられただけで……!」


「そ、そうです!わたくしもイザッコ殿の指示に従ってただけなのです!だ、だからどうかわたくしの命はお助けを……!」


 取り巻きの騎士が俺に懇願する。その様子に、イザッコは歯を剥き出しにして怒りを見せた。


「な、何をムシの良い事を言っておる貴様ら!甘い汁を吸えると乗り気だったではないか!」


 そこからはイザッコと取り巻き騎士たちの間で醜い言い争いが始まった。悪いのはこいつだ、いや、こいつだ――と。その様子を見て俺は微笑む。


「フ……。仲間割れに醜い言い争いか……小悪党の末路としては満点だな。いや、いいものを見せて貰った」


 俺はイザッコに歩み寄りつつ腰の剣に手をかけた。その瞬間、イザッコは反射的に地面に跪く。


「じ、ジークヴォルト様!ど、どうかお許しを……!」


「そうだな。お前は盗賊達と結託して俺の領地を荒らしたが……それだけならば生かしても良い、と俺は考えていた」


 俺は必ずしも従順な部下が欲しい訳ではない。俺に仕えつつ、その裏で自分の利益のために暗躍する……そんな部下がいてもいいと考えている。それはそれで、ひとつの悪の形だ。


「だが、実際に会ってみたお前は……あまりにも無能だった。そして、戦場で活躍して俺を見返してやろうという気概もない。ならば……殺すしかないだろう」


「で、で、ですが!」


「これはお前のためでもあるのだ、イザッコ。ここで中途半端に許され生き残ってもお前にこれ以上の見せ場はやって来ない。しかしここで死ねば、小悪党としてそれなりに見せ場を与えられて死ぬ事が出来る。嬉しいだろう?」


「じ、ジークヴォルト様が何を仰られているのか分かりません……!」


 震えるイザッコ。

 そうか、分からないか。さんざん傲慢な態度を見せた後に、悪事がバレて仲間割れ。ここで死ぬなど悪役として最高の晴れ舞台だというのに。


「ぐ、ぐ……ぅ……」


 呻くイザッコ。そして、突如イザッコの纏う空気が変質した。命乞いをする鼠から……猫に噛みつく鼠へと。


「ジークヴォルト様!お下がりを!」


 叫んだのはベアトリスだ。そして次の瞬間、イザッコは跪いた体勢から腰の剣を引き抜いて俺に襲い掛かる。


「ぐぎゃあああっ!」


 玄関ホールに悲鳴が響く。その声の主は他ならぬイザッコだ。奴は、剣の柄にかけた手を俺の蹴りによって踏み砕かれていた。


「ぐああ!手が!手がああ!」


「追い詰められて牙を剥く……それも悪役の見せ場だ。しかしあまりにも動きが遅すぎるな、イザッコ」


「ひぃっ……ひいぃぃ!お、お前らぁ……お、お前らも戦え!」


 イザッコは俺に踏み砕かれた手を抑えながら取り巻きの騎士達を振り向く。


「こ、このままだと拙者たちは殺されて終わりだぞ……!と、とにかくジークヴォルトを殺し……この場を切り抜けるのだ……!」


 万が一俺を殺す事が出来たとしても、それはそれで主君殺害という大罪。イザッコ達が生き残る道はないだろう。しかしそれでも一縷の望みを賭け、イザッコの取り巻き達は剣を抜く。


「ジークヴォルト様、お下がりください!私が……!」


 ベアトリスが俺に近寄ろうとする。だが、俺はそれを手で制した。


「ベアトリス、お前にはこの先の戦いで働いてもらう。今は下がっていろ」


 そう告げた瞬間、取り巻きの騎士達が俺に殺到した。俺は再び腰の剣に手をかけ……抜き放った。青白い光を伴った一閃が取り巻き達の間を煌めく。一瞬の静寂。その後、取り巻き達の胸や首から血が噴き出した。


「がっ……は……!」


 一瞬遅れて自分が斬られた事に気付いた取り巻き達は、血を噴出させながら地面に倒れ伏し絶命する。


「つ、強い……!」


 ベアトリスが感嘆の呟きを漏らす。その他の騎士は、そもそも俺の動きを目で追えていない様子だ。


「さて……」


 俺は、呆然しているイザッコに向き直る。


「結局、200年には届かなかったな」


「え……?」


 俺の言葉を理解しかねる様子のイザッコ。


「先ほどお前は言っていただろう?お前の家系は騎士として192年の歴史を持つと。だが、残念ながら……その歴史は今日で終焉を迎える事となる」


「ひっ……!お、お許しを!お許しをぉ!盗賊達の上納金で蓄えた財産は、全てジークヴォルト様に差し上げますので……」


「やめろ!」


 俺はイザッコの発言を遮った。


「駄目だ。その命乞いのパターンはすでにゲスラーで経験している。もっと別の命乞いをしろ」


「え、え……?」


 色々な悪役がいてこそ世界は面白くなる。同じような悪役ばかりが来り返し出てくるような作品など……俺は名作とは認めない。いや、それはそれで面白いかもしれないが。


「例えば、そうだな……お前の家柄を盾にして命乞いを計るというのはどうだ?」


「え……?あ、は、はい……!そ、そうですぞ!わ、我がプッチーニ家は192年の歴史を持つ名門騎士で……そ、そのような家系を絶えさせる事は、ジークヴォルト様にとっても損失であり……」


「よし。お前らしいオリジナリティのあるいい命乞いだ」


「で、では、せ、拙者を助けてくださるので……?」


「いや、殺す」


「ひいぃぃぃ!」


 俺の手から断罪の刃が振り下ろされる。鮮血が迸り、イザッコの首が弧を描いて宙を舞った。

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