第3章 それぞれの選択②
3.2.3 思春期抑制治療の導入とその効果
6月17日。私の14歳の誕生日。
この日もお姉ちゃんと県外のジェンダークリニックに電車を乗り継いで訪れていた。
この日、ついに待ちに待った思春期抑制治療を始める。
医師から治療の方法や進行について説明を受けた。
声変わりや身体の男性的な成長が抑えられるという事実に、心からの安心感を覚えた。
「これで、少しでも私らしく生きられるんだ…」
髪が伸びても、女子の輪の中でおしゃべりをしていても、どこか自分の中にある違和感性が辛かった。
そして、何よりも声が変わり始めたらどうしよう、体が男性らしくなっていくのをどうしても受け入れられないと思っていた。
思春期抑制治療を受けることは、私にとって大きな転機となる。
「これなら、もう少しだけ自分のペースで進めるかもしれない。」
ただ、治療が始まることで新たな現実を突きつけられることになる。
それは、女性的な身体に成長するためのホルモン治療に進むには多くの手続きや調整が必要だということだ。
医師からさらに進んだ治療に進むためには心理的、身体的なチェックを受け続ける必要があると説明され、その難しさを再認識した。
「こんなに大変だと思わなかっていなかった。…でも、これが私にとっての道だから。」
治療のハードルの高さに少し怯えながらも、自分の意志でそれを受け入れていく覚悟を決める。
小さな変化や成長を感じるたび、少しずつ自分の体に対して違和感が和らいでいくのを感じる。
その一方で、治療の進行には時間がかかること、そしてそのために必要な手続きを踏んでいかなければならない現実を実感する。
「でも、私はこれを続ける…これが私のために必要なことだから。」
私の心の中には、これからも続く未知の道に対する不安と同時に、自己を確立するための強い決意が息づいていた。
治療はその道の一歩にすぎないが、その一歩一歩が私にとってかけがえのない成長を促すものになると、深く感じていた。
3.2.4 治療計画と真緒のサポート
初めて診察を受けたあの日から、私は自分の心がどうしても治療を望んでいることを確信していた。
でも、治療は簡単に進むわけじゃない。
だからこそ、お姉ちゃんと一緒に治療計画を立てることが、どれほど心強かったか、今でも覚えている。
「陽菜、これからどうするか、もう少しちゃんと考えよう」
お姉ちゃんはそう言って、私と一緒にネットで調べ始めた。
インターネットの情報は、私たちにとって時に圧倒的で、時に混乱を招くものだった。
ホルモン治療や思春期抑制の話が出てきたけれど、どれもが高額で、私が受けるにはお金の面での壁が大きいことを知ったとき、どうしても不安が募った。
「陽菜、私にできることは何でもするから、遠慮なく言ってね。」
真緒はそう言って私を励ましてくれたけれど、私はその言葉を素直に受け入れられなかった。
だって、お姉ちゃんも大学生活が忙しくなってきてるし、どうしても時間が取れないのを分かっていたから。
でも、それでも、お姉ちゃんが調べてくれる度に、少しずつ希望が湧いてきた。
でも、現実は厳しかった。
治療の選択肢が増えるにつれて、私が考えるべきことも多くなった。
費用や通院のこと、ホルモン治療を始めるタイミング……そんなことを一つ一つ、お姉ちゃんと一緒に話し合っているうちに、私はだんだんと、これから先に進むために必要な準備をしっかりと整えなければならないことに気づいた。
「陽菜、これからどうなるか不安だろうけど、私ができる限りサポートするから、決して一人じゃないよ」
その言葉が、私にとってどれほど大きな力になったか、言葉にできない。
たとえ、お姉ちゃんが大学で忙しくて、私と一緒にいる時間が減ってしまっても、心の中で支えてくれていることがわかるだけで、私は前を向けた。
でも、私にはやっぱり不安もあった。
実際に治療が始まったとして、それが本当に自分にとって正しい道なのか、まだ確信が持てない部分もあった。
それでも、私はもう決めていた。
自分の心に従って、進むべき道を選ぶんだと。
治療がどんなに辛くても、進んでいかなければ、私の心は満たされることがないと、そう感じたから。
「ねぇ、お姉ちゃん、私はやっぱり治療を続けたい。怖いけど、でも、これが私なんだって思う」と、私はお姉ちゃんに告げた。
真緒はしばらく黙って私を見つめてから、深く息をついて、優しく頷いてくれた。
「わかった、陽菜。私が一緒にいるから、大丈夫だよ。これからも支えるからね。」その言葉は、私にとってこれ以上ないほど心強かった。
治療が続く中で、たくさんの不安が待っているだろうけれど、それでも私は今、確かな希望を感じている。
少しずつ、でも確実に進んでいる自分がいる。
その先に、もっと素晴らしい未来が待っていると信じて、私は今日も一歩を踏み出す。
3.3変化する自分と周囲
3.3.1思春期抑制治療の効果と変化
思春期抑制治療を始めてから、体の変化はゆっくりと進んでいった。
身長はあまり伸びなかったけど、胸は全然大きくならない。
女性らしい曲線が現れるのを期待していたけれど、まだその兆しは見えない。
正直、少し不安になる。
でも、鏡の中のセーラー服姿の自分を見てみると、もう男子に間違われることはないはず。
顔の輪郭や目鼻立ちが、だんだんと女性らしくなってきたのを感じる。
それでも時々心の中で焦りを感じる。
女子たちの中に混ざっていると、どうしても自分の身体が目立つ。
大きな体に成長していく男子たちと並んでいると、ますます自分が小さくて華奢に感じて、少し気後れする。
でも、少なくとも見た目はたぶん女子っぽくなれているはずだから、それはちょっとだけほっとできる。
でも、周りの反応はどうだろう。
以前のようにひどい言葉を投げかけてくる人は少なくなったけれど、無関心な人が増えていった。
私の存在は、もう誰の目にも止まらないように感じる。
何だか、周りが私を避けているような、気づいていても何も言わないような感じがする。
昔のように、気さくに話しかけてくれた友達も少しずつ離れていった気がして、孤独を感じることが増えた。
私は、クラスで一緒に過ごすみんなと同じように、ただ普通に過ごしたいだけなのに。
それなのに、何かしら違う、どこか変な感覚がいつもついてきて、うまくその感情を言葉にできない自分がもどかしい。
私のことを気にかけてくれる友達もいるけれど、それが逆に申し訳なくて、「私って面倒だよな」と思ってしまう。
大輝くんは、相変わらず私を普通の女子として接してくれるけど、あまり積極的に私を擁護してくれるわけではない。
あまり意識せず、自然体で接してくれるのは嬉しいけど、時々それが「無関心」ってことなのかなと感じてしまう。
奏音は、今では私をすごく気にかけてくれるけれど、彼女がどうしても私を守ってくれる感じが、逆に重く感じてしまう。
無理にでも励ましてくれるけど、あの優しさが時々プレッシャーに変わることがある。
私が元気じゃないと、みんな心配してくれるのがわかるけど、それが逆に「みんなの期待に応えなきゃ」と思わせることがある。
それに、私に抱きついてくる奏音の身体が私に密着すると、どうしても普通の女の子との違いを実感してしまう。
私はただ、普通の女の子みたいに振る舞いたい。
誰かと一緒に笑ったり、同じように女子トークをしたり、そうやって気づかれないように普通でいたい。
でも、私がどんなに努力しても、何かしらが違う。
だから、最近はますます自分が孤独だって感じるようになってきた。
でも、きっとみんなもそんなことを考えているのだろう。
私のことを気にかけてくれる友達がいて、先生も特別に嫌な態度を取るわけではない。
でも、私は何かを期待してしまっているのかもしれない。
もっと理解してほしい、もっと受け入れてほしい。
けれど、どうしてもそれを言葉にするのが難しい。
だんだん、自分が周囲に迷惑をかけているような気がしてくる。
自分を特別扱いしてほしくないって思っていたけど、なんだかやっぱり寂しい。
3.3.2 修学旅行での問題と葛藤
私は、修学旅行が近づくにつれて胸がざわついていた。
私はどの部屋で寝るんだろう。
この修学旅行に向けて、すでにたくさんの不安と期待を抱えていた。
これまで何度も自分の性別を他の人と共有してきたものの、今回はそれが簡単に解決できるようなことではないと感じていた。
「陽菜が女子部屋でいいのか?」
この問題がクラス内で話し合われたとき、賛成と反対の声が交錯した。
大輝くんは最初から迷うことなく賛成した。私が自分らしく過ごせるように気を遣ってくれている。
奏音も、あっさりと「別に問題ないでしょ」と言って、私を支持してくれた。
しかし、問題はそれだけでは済まなかった。
朱音は気遣いの言葉をかけてくれたが、私にはその優しさが少しだけ重く感じられることもあった。
朱音はいつも穏やかで優しいが、今回ばかりは「何かを言うべきかもしれない」と悩んでいるように見えた。
その気持ちを察し、私はさらに複雑な気持ちを抱えた。
反対の立場を取る者もいた。
特に一部の男子たちは、私が女子部屋に入ることに戸惑いを見せていた。
「でも、やっぱり男子と女子は違うよ」
私の心は沈む。
その言葉がどうしても受け入れられない。
私にとって、性別の違いというものは、これまで自分を大きく悩ませてきたもの。
それを今、改めて突きつけられている。
担任の大石先生は、この問題についても中立的な立場を取った。
大石先生は特定の誰かへの特別な扱いを避け、公平性を重視する。
「みんなが納得できる形にしないといけない」と繰り返し、私は結局、女子部屋に入ることが決まった。
その決定に安心しつつも、心のどこかでそれが本当に正しいことなのかと自問自答していた。
私が女子部屋に入ることが決まったあと、ふと、これまでの自分と周囲との関係を振り返った。
もちろん、私は自分が「女子」として生きることに決めていたし、それを貫きたいと思っている。
しかし、周りの無理解や不安な声に直面するたびに、その道が本当に正しいのかと感じることもあった。
***
いよいよ、修学旅行当日、1日の行程を経て、ホテルでの夜を迎えた。
陽菜は女子部屋に入った。
同じ部屋には美月と奏音がいる。私のことをよく知り、私を受け入れてくれている大切な友達だ。
しかし、その夜は、なんとなく静かな重圧のようなものを感じた。
美月と奏音と一緒に部屋の中でトランプをして遊んでいても、私は今どこにいて、何をしているのか、何だかよくわからない気持ちのまま、何事もなく修学旅行が終わっていった。
3.3.3思春期の新たな希望
ある日の夜、私は部屋の窓から外を眺めていた。
静かな夜の風がカーテンを揺らし、遠くで犬の吠える声が聞こえる。
最近の私は何度も鏡の前で自分を見つめ、変わらぬ体に焦りを覚えることがあった。
思春期抑制治療を始めてからの一年、確かに少しずつ自分を取り戻している気がするが、それでも周りの女子たちのような体の変化はしていない。
「こんなに努力しても、どうして私は……」陽菜は心の中で呟く。
手のひらを自分の胸に当てると、まだ女性としての形が現れていないことを痛感した。
背が伸びても、体型は華奢なままで、肩幅も狭い。
体のラインは相変わらず男の子のように直線的で、何も変わらないように感じる。
思春期抑制治療の効果が続く中、一方で私は心の中で新しい希望も見出していた。
自分が少しずつ変わり始めていることは確かだ。
髪は胸の下まで伸びた。
毎日の手入れを欠かさず、少しずつ自分のスタイルを形にしていく。
服やメイクも、他の女子と同じように楽しめるようになった。
それに、友達たちは私の気持ちをちゃんと理解し、支えてくれている。
奏音が何気なく「別に迷惑かけてるわけじゃないでしょ?」と言ってくれたとき、その一言で、陽菜は少し肩の力が抜けた。
私を受け入れてくれる友達は、私いつもをそのままの存在として認めてくれる。
美月はいつも冷静に、そして論理的に私の心を支えてくれるし、凛は6年生のとき、私が「女の子らしくなりたい」と言ったら最初に「じゃあ可愛い髪型にしよう!」と言ってくれた。
朱音は私が悩んでいるとき、無理に励まさずにそっと寄り添ってくれる。
それぞれが私のにとっての支えとなり、私は一人ではないと感じることができた。
「私は私のままで、普通の女子でいたい。」
私は心の中で、何度もその言葉を繰り返した。
でも、その普通という言葉の意味が、少しずつ変わってきていることにも気づいていた。
周囲の目線や偏見に対して、少しだけ鈍感になれるようになった自分がいることを感じた。
私は、他の誰でもなく、自分の気持ちに正直でいることこそが大事だと感じるようになった。
「それでも、私はここから一歩踏み出さなきゃいけないんだ。」
自分にそう言い聞かせた。
周りの人たちが私を支え続けてくれているなら、その支えを感じながら、新しい一歩を踏み出していけるはずだ。
私は窓を開け、冷たい風を感じながら、深呼吸をした。
明日の朝もまた、少し前向きに、少しだけ自分らしく生きるために、頑張ろうと思った。
新たな希望を感じながら、未来に向かって歩き出す予兆を感じていた。
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