5章 裏切り、絶体絶命、覚醒

5-1 静歌の秘密

 「俺の祖父は、月路つきじ 正之助しょうのすけは……変わった人だったんだ。若い頃からずっと山にこもってたって」

「や、山?」

困惑する榊。一方由良は、

「日野学長が言ってた。その、静歌くんのおじいさんは変わった人だったって話?」

静歌は頷き、そして言葉を続けた。

「じいちゃんは、山でウタマトイに出会ったらしいんだ」

「え? え?」

「目撃自体珍しいウタマトイの中でも、観測№3のユヅルと呼ばれる個体だったらしい。で、その『ユヅル』っていうウタマトイとじいちゃんはその、気が合って」

「待って、ウタマトイと意思の疎通を?」

由良が首を振る。だが、二人のざわめく反応に、静歌は両手を掲げて止めた。

「その、ウタマトイと意思の疎通、……」

言おうと思った言葉が、喉に詰まる。静歌は、榊と由良それぞれを見る。崖っぷちまで追い詰められたような気持ちだった。


 ごくり、と唾を飲む。

 喉を整え、静歌は思い切って言った。


 「じいちゃんとそのユヅルとの間に出来た子ども、それが俺の父さんなんだ」


 しんと静まった空白。口をぱくぱくさせる由良の隣で、榊が叫んだ。

「は、はぁあッ!? ウタ、ウタマトイと……けけけ結婚!? ってことは、お前の父さん……えぇええッ!?」

「榊くん落ち着いて」

そう言いながらも、由良もまた華奢な手で頭を抱えている。榊は、興奮と緊張が頂点に達したのか、顔を真っ赤にし、その場で無意味に飛び跳ねた。榊が発するあらゆる音がホール内に反響する。

「いやいやいや落ち着けるかよっ! え、てことは、てことは……」

榊の唇が、戦慄く。震える指が、静歌の喉元を指した。


 「お前、ウタマトイの、孫?」


 「……そう」

静歌は頷いた。

「お前のばーちゃん、ウタマトイ?」

榊からの念押しの確認に、

「そう」

静歌は、観念したように頷いた。


 榊が、髪をガシガシと掻いた。そして髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまったことに気づくと、ポニーテールをバサッと解き、はーっと大きく息をつく。手櫛で乱暴に髪をまとめ直しながら、榊は呟いた。

「マジわけわかんねぇ」

「あぁでも、少し分かった」

由良が、殆ど据わった目で言った。

「な、なにがだよ」

だよ」

「え?」

「もし本当にウタマトイの血が流れているとしたら、借物使いとしての適性は誰よりもポテンシャルがあるってことだよね」

冷静に分析しているかのように見える由良の声は、だが時々上ずり、そしてその声には意図せず、才能を持つ者への憧れと悔しさが滲む。

「違う次元を超越して相手に交信アプローチする能力は、長い訓練を積まなくても生まれた時から備わってるんだよ、多分。だから、18歳にしてヒネズミを扱えた」

「た、確かに……え? あ、まさか!」

榊の目に、ぱっと閃きが灯る。

「もしかして、静歌の兄ちゃんの判断ってんか!? 自分ならヒネズミを取り込めるって確信があって、それであの作戦を独断でやるって決めたってコトか!?」

榊の熱い眼差しを受け、静歌は逆に冷静に答える。

「どこまで確信があったかどうかは分からないけど。『ウタマトイの血が流れてる』なんて事を打ち明けてるのは世の中でもごく数人だから、誰にも言えない作戦だったと思うし」

「学長、も?」

由良に尋ねられ、静歌は首を振る。

「学長と、それと協議会には、話はしてあるらしい」

「だよな……命令違反どころじゃねーもんな……ウタマトイと……えっ、ウタマトイって……子ども産めんの……?」

榊に尋ねられ、由良は落ち着かなさそうにポシェットの肩ベルトを弄った。

「それはボクも疑問……雌雄すら分からないのに」

二人の疑問の雰囲気に、静歌が応じる。

「じいちゃんの話によると、山でユヅルと出会って楽しく暮らしていて、じいちゃんの体感ではほんの数か月一緒に過ごしただけのつもりだったらしい。でも、気づいたらあっという間に3年ほど月日が経ってて」

「うぇえ」

「童話みたい」

「で、3年経ってるって気づいたその日に、ユヅルに言われたんだって。『もうこの山に居られない。あなたとの時間は楽しかった』って。で、じいちゃんが寝て起きたら山小屋に一人。ユヅルはもう居なかった。それから二度と会ってないって」

 無と白の空間に、機械の駆動音。間が空く。やがて、榊が声をあげる。

「え、じいちゃん捨てられたんか!?」

「ちょ、ちょっと榊くん言い方ってものが」

「いいよ。じいちゃんも捨てられた、って言ってたから」

静歌は頷き、言葉を続けた。

「本当にあっさりと、居なくなっちゃったんだって。そしてじいちゃんは、草で編まれたゆりかごに何かが入っていることに気づいた。それが、赤ん坊だった」

「いやいやいや、じゃあそれもう、なんか、えっ!? その、結婚生活の過程みたいなもの全部すっ飛ばしていきなり赤ん坊が居たってこと!? 昔話じゃん!」

頭を抱える榊と対照的に、由良はおずおずと静歌に尋ねた。

「その、とても申し訳ないけれど……それは本当におじいさまの子なのか、っていう事は、その……確かめられたの?」

「いやーハハ、俺もそれ聞いた時思ったんだけど」

静歌はあっけらかんと言った。

「輪郭がじいちゃんにそっくりで、目元がユヅルさんにそっくりで、だからじいちゃんは『俺の子だ』って確信したって」

「……めちゃくちゃだ」

榊が言い、

「うん、そう思う」

由良が、とてもはっきりと頷いた。静歌がさらりと付け加える。

「で、DNA鑑定的なものもされたけど、ちゃんとじいちゃんの血は入ってて。それ以外は……およそ色々、計測不能だったんだって」

「そりゃまぁ、そうか。ヒト型上位神の血だもんな」

「だから父さんは今でも研究所で年1の定期検診受けてるし、本部勤めは内定してたっていうか、それ以外に就職はさせてもらえなかったって」

「監視か。ていうかそれなら父さんの能力もやべぇんじゃね?」

「うん。人体改竄の他者改竄型で……近づいた相手を『絶対に魅了』しちゃうらしい。周りには内緒だけど」

「はー」

「……ああ、そうか」

由良が華奢な手で自身の顔を撫で、再び頷く。「なんだよ」と榊に脇を小突かれ、由良は答えた。

「静歌くんが能力を発露してないのにうちの学校に入学を決められた理由。『ウタマトイの孫っていう出自にも関わらずまだ発露していない』のが異例中の異例だったからなんじゃないかな」

「『』って、そういう意味もあったかぁ」

榊はまるで全力疾走した後のようなため息を吐くと、ほどいていたポニーテールを改めて結び直した。


 「っていうわけなんだけど」

静歌は、二人の目をちらちらと見ながら切り出した。

「あの、勿論、受け入れられない、とかあるかもだけど、もしよかったら今後も……同じ関係を続けてもらえたら、って俺は……思ってる」

榊と由良が、はて、と顔を見合わせた。そしてほぼ同時に、静歌の方を見る。

「もしかして何。最近のお前はそれで悩んでたんか? 自分がウタマトイの孫だって事を俺達に打ち明けたら、俺達の態度が変わるかって?」

「う、うん」

「だってさ。由良、どうする?」

「えっ?」

「ウタマトイだぜ? ヒト型上位神のさ。そんな血を引いてるって言われてなァ」

榊はとても大げさに腕を組み、隣の由良を見て、首をかしげる。

だろ。他になんかある?」

榊のさっぱりした言葉に由良は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに眉を下げ笑った。

「何もないよ。一緒に大盛りパフェ食べてテスト勉強に付き合ってくれる、ただの静歌くんだよ」

静歌の顔に、ぱっと血色が戻る。そしてふんにゃりと顔が緩む。

「よ、よかった」

「いや心配しすぎじゃね?」

「だってビックリするかな、って」

「いやビックリはするだろうよ」

「うん。正直ボク、今もちょっとふわふわしてる」

封印の文字が描かれたホールに、3人の笑い声がゆるゆると響く。


 彼らから距離を置いた壁際で、牛光が佇んでいた。

 3人からは見えない角度で、その手はずっと、スマホを操作している。



<続>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る