1-3 そっけない態度
それから数分経って『封印能力担当』の
「くぅん……」
四方を謎のマシュマロに囲まれしょんぼりと大人しくなってはいたが。しかしこれが、学校内で暴走した借物に対してのマニュアル通りの措置だった。
「つ、
息を切らしながら走ってやってきたのは、水之崎 由良だった。いつも目にかかっている長さの前髪が、今は汗でぐちゃぐちゃになっている。由良は息を整えないまま言った。
「あ、あのっ助けてくれて、ありが、とうっ」
「いやいいよ。お互い無事でよかった」
二人が無事を確かめてホッと息をつく間もなく。コツコツと、ブーツの音が近づいてきた。柊はいつも、紺の袴にブーツを合わせている。
柊は彼独特のダウナーな気配をさらに増し、暗い声で言った。
「規則通り、貴方の借物は一度検査を受けるため預かります」
「は、はいっすみません!」
去って行く柊を、水之崎は何度も頭を下げて見送った。
さてその間も、マシュマロで静歌を助けた少年の頭の上には、ずっと「ハテナマーク」が浮かんでいるようだった。
「え、能力無いの? えっ、じゃあなんでこの学校に……能力者だったら、大抵14歳ぐらいには発露するだろ……?」
少年は混乱している。
「あー……いや、その」
後ろから由良がおずおずと言う。
「あの、この人のこと、ホントに何も知らない?」
「だから知らねぇよ。俺この間日本に帰国して、今日転校してきたんだから」
「あぁ、それなら、あのぅ」
「いいよ」
静歌はそう言って由良を制し、転校生に向き直った。
「俺の名前は
「お、おぅ?」
突然フルネームを名乗られ、転校生は「なんだこいつ」という顔で静歌を見る。静歌は構わずに続けた。
「俺と君、大体同い年ぐらいだよね。7年前、ヒネズミ事件っていうのがあったの覚えてる?」
「え? あぁ勿論覚えてんよ。17歳の借物使いが、上級神獣のヒネズミを引っ張り出してきて、でも扱いきれなくて暴走させた奴。結局ヒネズミに殺されたのは気の毒だけど、あんなもん引っ張り出して、生きてられるわけないよな!」
「うんそうだよね。で、それをさ。18歳の借物使いが制したのも知ってる?」
「そりゃ勿論知ってんよ。有名な事件だぜ? 暴走したヒネズミと契り直せたのはすっげーけど、結局それも十分御しきれなかったし何より命令違反の単独行動だったから、永久凍結の処分になったんだよな~」
少年がぺらぺらと述べる。静歌の脳の奥を、「命令違反の単独行動」という言葉が苦味を残して落ちていく。
だが静歌は態度を変えず、少年に向かって淡々と語った。
「うん、その永久凍結になった『命令違反で単独行動』な借物の使い手、俺の兄なんだ」
「……えっ? ……あっ」
少年の頭の中で、何かがパチンパチンとハマっていくようだった。
「ツキジ! そんな名前だった!」
「7年前だから名前までは覚えてないよね」
ハハハ、と静歌は軽やかに笑う。その間に、少年の中で、納得と困惑が同時に押し寄せたようだった。彼は突如頭を抱え、大声をあげた。
「うわーーっ! えっちょっとまって、えっ、あのヒネズミと再契約できるレベルの兄の弟の、えっ兄ってことは、兄ってことは、お前が弟?」
「そうだよ、ハハ」
肩をすくめてカラカラと笑う静歌に、転校生は真正面から大声で問うた。
「え、あのすげぇ兄の弟なのに!? じゃあなんで能力無いの!?」
あわわわ、と悲鳴のような声が由良から聞こえた。静歌は苦笑しながらあっさりと答える。
「日野学長も本部のプロの能力者も、誰一人その理由が分からないのに、俺が知る訳ないじゃん」
「え、あーそっか……えーなんでか……なんでか知らないけど、能力無いのか……」
「うん」
「え、それでも、学校……」
校舎と静歌とを交互に指さす少年が言いたいことを悟って、静歌は答えた。
「それでも、親も祖父母も能力者だし、兄もあれだけの借物の使い手だった。一時的とはいえヒネズミと契るなんて、誰でもできる事じゃないから」
静歌は、もう何度となく言いなれた言葉を、まるで音読の教材を読むかのようにスラスラ述べる。
「普通は、能力が発露してからこの学園に入学する。でも俺は、『その血筋でその年齢で、そろそろ発露しないワケが無い』っていう見込みで、この学園に入る事になった。今年の4月に特別入学して、今2か月目。とはいえ、まだ何も能力が発露しない一般人だね」
少年は、コクコクと。何度も何度も頷きながら、そっかー、いやそっかー、そうなのかー、と言葉を咀嚼していく。
そして十数秒後。
少年は突如、90度に腰を曲げて頭を下げた。すると、彼のポニーテールが鞭のようにしなり、静歌の頬をベチンッと叩く。少年は頭を下げたまま言った。
「悪かった! 俺めちゃくちゃ失礼だった!」
「いやいいんだけど。それよりむしろ今の髪の毛当たった方が痛いんだけど」
「あっ、すまん、それも含めて色々すまんかった!」
「ハハ、うんまぁ、能力ナシに関しては慣れてるからいいよ。俺、特例も特例だし」
「いや、これはよくねぇよ!」
少年は顔をあげると、きっぱりと言った。
「次に会った時には、詫びのコーヒーおごるからな!」
「いやいいよ、紅茶のが好きだから」
「じゃあ紅茶にする! 絶対おごるからな! ごめんな! けどお前あれだな、生身のニンゲンなのに暴走する借物を相手にしたのはすごい勇気と度胸が——」
言いかけて、少年はきっぱりと首を振った。
「いやお前のあれは本当に無謀だ! だからお前、あれはよくなかったぞ! マジで命大事にしろよ!」
「あーうん、ありがとう」
「お前の顔と名前覚えたからな! 月路……」
「静歌」
「月路 静歌! 俺は
「ああ、うん……ハハ、そうする」
その時だった。
「つ、つき、月路くん……」
「ん?」
静歌の背後に居た由良が、たびたび舌を噛みながら声を発した。
「あの、あの……ボクも、ずっとあのっ……月路くんに言いたいこと、あってっ……!」
なんだろう、と顔を向けた静歌に、由良はぺこりと頭を下げて言った。
「せ、先月の授業! 二人組でやる課題の、ときにっ! ボク! 君に! あのっヒネズミ事件の人の弟だから、って! だからそっけない態度、とっちゃってっ、ごめん、なさいっ! ずっと、謝りたくてっ……! でも今日までっ、中々話しかけるキッカケ無くてっ!」
「えっと……ハハ」
静歌は、演技ではなく本当に、申し訳なさそうに笑った。
「あの、ごめん。覚えてない」
「えっ」
「なんかあったっけ、そんなこと」
「えぇえッ!?」
由良が顔をあげる。榊がバッサリと言った。
「あーアレじゃん。お前はずっと気にしてたけど、コッチは覚えてなかったパターンの奴じゃん」
「そ、そんなっ、ボクすごく、そっけない、イヤな態度、をっ」
「うーん水之崎くんと二人組での課題……」
静歌は首をひねって記憶をたぐり、数秒後、「あぁ」と手を叩くと言った。
「いや、人見知り激しい人なんだなーぐらいに思ってた」
「えぇえぇっ!?」
由良の身体が、へなへなと萎んでいく。
「そ、そんなぁ……ボク、ずっと……月路くんにいつ、謝ろう、か……迷っててぇ」
中庭に、ひゅるる、と風が吹いた。
「あー……」
榊が、親指を立てて言った。
「どんまい! なんかまぁ、切り替えてこ!」
<続>
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