第35話 着てみたいです!

 渚咲と過ごす夏休みはあっという間で夏祭前日、渚咲は俺のお母さんの浴衣を見ていた。


「わぁ~、可愛らしいです!」

「そうでしょ。私はもう着れないから是非、渚咲ちゃんに着てもらいたいの」

 

 水色の浴衣を広げ、渚咲は着たそうな顔をしていたがお母さんから大切にしていた話を聞いて自分が着てもいいのかと思っているようだった。


 着ている姿を想像してみるがこの浴衣は渚咲に似合うと思う。だからこそ着ているところを実際に見てみたい。


 渚咲の隣に立ち、俺は思ったことを彼女に伝えることにする。


「着てみたいなら着てみたらいい。俺もお母さんも渚咲がこの浴衣着てるところ見てみたいと思ってるから」

「うんうん、そうよ。遠慮しないで」


 俺、お母さんの言葉を聞いて渚咲は浴衣を見て「はい」と小さく呟いた。


「裕子さん、私、着てみたいです!」

「ふふっ、もちろんよ。着付けは私がやってあげるわね」

「ありがとうございます」


 渚咲の浴衣姿を見れること、彼女と夏祭りに行けることはもちろん楽しみなのだが、明日が最後だと思うと寂しい気持ちになる。


「渚咲ちゃん、明日は桃ちゃんが迎えに来るのかしら?」

「はい、8時頃こちらに車で迎えに来てもらいます。荷物はもうまとめてあるので夏祭りから帰ってきてすぐに……ふぎゅっ」


 突然、お母さんは渚咲の体に手を回してぎゅっと抱きしめた。


「渚咲ちゃん、ここに住んでいなくても私も亮平も困ったことがあれば相談に乗るからいつでも頼っていいからね」

「裕子さん……ありがとうございます」

「ふふっ、渚咲ちゃんも私の娘みたいなものだからいつでもここに遊びに来て」

「むっ、娘ですか?」

「…………いえ、違うわね。亮平のお嫁さんとして来てくれるのかしら?」

「お、お嫁さん!?」「ちょっ、お母さん、何言ってるんだよ」


 チラッと渚咲の方を見ると彼女は顔を真っ赤にさせており、目が合うとすぅーと目線をそらされた。


 お母さんのせいで変な空気になってしまったんだが……。


「亮平と渚咲ちゃん、仲良さそうだからあり得ない未来ではないでしょう? それとも2人はもう別の誰かが好きだったり? きゃー、いいわね、青春!」


 ダメだ。お母さんの暴走が止まらない。1人でテンション上がってるし。


 俺はタオルと水筒を鞄の中に入れて静かに玄関へ向かい靴を履く。


 今日は午前中、中学からよく使っているバスケットコートで1人練習することを昨夜決めた。海人は誘ってみたが今日予定があるらしい。


「よし……」


 バスケットボールを持ったことを確認し、家を出ようとすると渚咲がこちらへ駆け寄ってきた。


「亮平くん、私もついていってもいいですか? バスケしているところまた見たいので」

「いいよ」

「ありがとうございます!」


 


***




 バスケットコートについて練習する中、本当に渚咲は見ているだけで俺がボールをゴールに入れると拍手してくれたり、ナイスと掛け声をしてくれた。


「渚咲もやる?」


 影のあるベンチに座っている渚咲の横に座り、見ているだけでいいのかと尋ねる。


「やりたいです。負けてしまうかもしれませんが、シュート対決なんてどうでしょう?」

「何本入るか、とか?」

「はい、挑戦回数は5回でどれだけ入れることができるか勝負しましょう。勝った方は相手に何でもお願いできます」

「何でも……」


 俺がそう呟くと渚咲はハッとして慌てた様子でさっきの言葉を訂正する。


「そ、その、何でもといっても変なのはダメですからね!」

「えっ、あぁ、うん。普通のやつな」


 全くそういうことは考えていなかったが、渚咲には俺がやらしいこと考えていると思ったのか。


 先行は渚咲、そしてその後に俺と順番を決めて早速、1回目の挑戦。


 知っていたことだが、渚咲はスポーツ万能でバスケが上手い。髪を結び、やる気満々な彼女は1回目から綺麗なシュートを決めた。


「入りました! 入りましたよ! 亮平くん!」


 自分でも入るとは思ってもなかった渚咲はボールを持って俺のところへ駆け寄ってきた。

「うん、見てたよ。凄いな」

「次は亮平くんの番です」


 ボールを手渡され、俺も1回目に挑戦する。その後、交互に投げていき、結果勝ったのは俺だった。


 負けた渚咲は悔しがっていたがとても楽しそうだった。


「さて、亮平くん。何を私にお願いしますか?」

「ん~、そうだな」


 このまま一緒に住まないかとか無茶なことが一瞬頭に浮かんだが、すぐに他はないかと考える。


「渚咲が作った生姜焼きを食べたい……かな」


 悩んだ結果、俺が渚咲にお願いしたいことは料理を作ってもらうことだった。


「いいですよ。今晩は私が作りますね」

「うん、楽しみにしてる」


 少し休憩し、渚咲と1on1をした後はお昼の時間だったため屋根があり、座れるベンチを見つけ、そこで渚咲が作ってくれたサンドイッチを食べることになった。


 ベーコン、チーズ、トマト、レタス、たまご、ツナなどいろいろなものが挟まっており、どれも全て美味しい。


「すごい美味しい」

「ふふっ、そう言ってもらえて嬉しいです。それにしても今日は天気がいいですね。明日は晴れみたいなので花火も行われそうです」

「花火か…………去年は見れてないから久しぶりかも」

「私もです。最後に見たのは小さい頃ですので」


 サンドイッチを食べながら明日のことを話し、公園でサッカーをして楽しむ子供たちを何も考えず見ていた。


 話していなくても彼女とは一緒にいるだけで落ち着く。ずっとこの時間が続けばいいのに。


「そういや、お父さんとはあれから話せた?」


 数日前、渚咲は家政婦さんである柏原さんにお父さんと話したいと伝えた。


「いえ、忙しいそうで断られてしまいました。ですがいいんです。今は私を見てくれる人がいてくれるので」


 そう言って渚咲は俺に向かってニコッと笑った。




***




「美味しかった……ご馳走さまです」

「ふふっ、お粗末様です」


 多分、これが最後だろう。この家で一緒に夕食を食べることができるのは。まぁ、お母さんと渚咲は仲いいし、たまに食べに来たりするような気もするが。


「やっぱり渚咲の料理好きだな」

「胃袋捕まれちゃいましたか?」

「うん、掴まれてる」

「私もです。亮平くんに胃袋掴まれちゃってます」


 ソファに座り、その隣に俺が座ると渚咲はこちらに寄ってきて、とさっと肩にもたれ掛かってきた。


 前の俺なら近すぎると思って離れようとしていた。けど、今は離れたくない。





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