第2話:再会
翌日。私は彼女を連れて月子と帆波の墓に向かった。法的に家族になれなかった二人は、同じ墓に眠っていた。遺族が遺書に綴られた想いを汲んで同じ墓に入れてくれたのだという。一足先にあの世で結ばれた二人に、渚を紹介する。彼女の姿を見たら、二人はきっと苦笑いするだろう。見ているだけで癒されるふくよかな体型、開いているのか閉じているのか分からない細い目、眠くなるようなゆったりとした声、私よりも十センチ以上低い背丈——全体的に緩い雰囲気をまとう彼女は、かつて私が恋焦がれた彼女とは何もかも正反対だから。海はカッコいい人だった。高身長で男顔で声も低めで、同性から王子様扱いされるような、そんな人だった。私もその容姿に惹かれた一人だった。だけどきっと、彼女が男性だったらそこまで恋焦がれたりはしなかっただろう。女性だったから好きになったのだ。渚のことも。性別を超えるほどの愛など、私にはいまだに想像もつかない。あの日、月子と帆波はどんな気持ちで海の報告を受け止めたのだろうか。私と同じように、裏切られた気持ちになったのだろうか。
二人が亡くなってから、私は命日になると毎年墓参りに来ている。だけど海とは一周忌を最後に一度もすれ違っていない。二度と顔を見せるなという私の言葉に従い、意図的に避けていたのだろう。あの人はそうだ。二人が亡くなった日も、あっさり私から離れていった。私が、手を離したから。
「……ねえ。あれから、海はここに来た?」
私の問いかけに答える人は居ない。冷たい沈黙が涙腺を刺激して、涙が溢れる。隣に並ぶ恋人は、何も言わずに私の手を握った。
二人にも見て欲しかった。私の花嫁姿を。
見たかった。二人の花嫁姿を。幸せな報告をしに来たはずなのに、やるせない。
あの時止められていたら——。そんなこと考えたって、もう仕方ないことは分かっている。それでも考えられずにはいられない。
彼女達がこの世で結ばれることを諦め、あの世で結ばれることを選んだのは、もう二十年以上前だ。長かった。本当に、長かった。
たくさんの別れを経験した。もっと早く婚姻が認められていたら、相手は、違う人だったのかもしれない。そう考えて、私の頭の中に最初に浮かんだ相手は、やはり海だった。あれだけ傷つけられたというのに、心の底から彼女を憎むことなんて出来なかった。彼女が私を傷つけたのは私を遠ざけるためだと、本当は分かっていたから。
「……
彼女の声が聞こえた気がして振り返る。すると、そこには花束を持った彼女が立っていた。中性的な顔と高身長。そしてほとんど膨らみのない胸。飾り気のないシンプルな服装。何処か色気のある、低めの声。クールな雰囲気。何一つ、変わっていない。私が恋焦がれた彼女だ。出会った頃の彼女だ。私と付き合う前の彼女だ。手を離せば消えてしまいそうな儚さも、私がどうあがいても取り払うことの出来なかった深い闇も、もう見る影もない。隣に居る穏やかな雰囲気の男が気まずそうに頭を下げる。あの時彼女に夫だと紹介された男だった。彼は一体どうやって、私が好きだったあの頃の彼女を取り戻したのだろう。どうやって、彼女の心の闇を取り払ったのだろう。
「……何しに来たの」
悔しさに震える唇を噛み締めながら問うと、彼女は私の横を素通りして墓に花を備えながら答えた。「法律が変わったからね。そのことを報告に来たんだよ」と。
「ふぅん。離婚して女と再婚でもするのかしら?」
そう嫌味を言って夫を見る。視線に気づいて目が合った彼は嫌な顔一つせず「どうしたい?」と海に問う。
「どうしたいって君な……僕が今更離婚したいって言うとでも思ってんの?」
海が呆れるように言うと、彼は笑って即答した。「思わないよ」と。「なら聞くなよ」と海がため息を吐くと彼は「だそうですよ」と私の方を向いて笑顔で言う。煽り返してきた。大人しそうな男だと思っていたが、意外と良い性格をしている。
「というわけで、すまんな美夜。離婚は出来ないんだ」
「……はぁ。どうでも良いわよあんたが離婚するかしないかなんて」
「どうでもよくないだろ? 好きだったんだから」
「……いつの話してるわけ? 私はこの人と結婚するの。今日はその報告に来たのよ」
「ああそう。結婚するんだ。おめでとう」
そう言うと彼女は近づいてきて、私の顎を持ち上げて誘うように笑いかける。「今晩空いてる?」と。「預かり物があるんでしょ。ちゃんと覚えてるわよ」と手を振り払って睨みつけると「覚えてるなら良い」と笑って「今晩、店で待ってるから。ちゃんと来てね」と耳元で囁いて、ちゅっとリップ音を残して「またね」と甘く微笑んで夫の手を引いて去っていった。
その後ろ姿を呆然と見つめていると、手の甲をつねられて現実に戻される。
「ちょ、ちょっとびっくりしただけよ」
「ふぅん。ああそう。で? いつ行くの?」
「今晩」
「一人で行かないでよ?」
「行かないわよ。ついてきて」
「うん」
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