第28話 しあわせのホームラン

 2番センター光が、バッターボックスに立った。


「さあ、打つわよ!」


 ――ガゴッ。


「アウト!」


 光は一塁でアウトになってしまう。


 青子同様バントをしたのだが、ケイトちゃんに読まれ、一塁に進むことができなかった。

 あとツーアウト。


「ふぅー。緊張する……」


 3番 鳴が緊張した面持ちでバッターボックスに立った。


 キ―ン。


 なんとか当てたが、球威に押され2メートルほどしか前に飛ばず、走ってきたケイトちゃんに取られ、鳴も一塁でアウトになってしまう。

 あとワンアウト。


 そして日本チームのラストバッターは、4番ピッチャーのキャプテン真琴だ。


 バッターボックスに立つと気迫のこもった様相でピッチャーを見据えた。


 最後のバッターになるかもしれないというのに表情には緊張の欠片もなく、むしろこの状況を楽しんでいるように感じられた。


 汗だくでケイトちゃんは笑いかける。


「はあ、はあ、はあ……。真琴、良いシュチュエーションじゃない? 最後に、あなたを打ち取ってこの試合を終われるなんてね……」


 真琴は神妙な顔つきに変わり。


「ケイト、1つ聞いてもいい?」


「何かしら? 遺言なら聞いてあげるわよ」


「なんであのとき、『あんなこと』言ったの?」


「あのとき? あんなこと? なんのこと? ワタクシにはさっぱりわからないことよ」


 わざとらしくとぼけるケイトちゃんに、真剣な眼差しを送った。


「お願い、教えて」


 ケイトちゃんも真剣な顔つきに変わり。


「いいわ。勝ったら教えてあげる」


「約束よ、ケイト」


「ええ……」


《パパ》


《真琴……》


 バッターボックスに立つ真琴から。


《ぱ、パパ……。1つお願いしてもいい?》


《なんだい?》


《そ、その……私がケイトに勝ったら……その……あの……》


《ん? なんだい》


《わ、私の頭……なでなでしてぇ……》


《えっ?》


《だ、だから……アタマを『なでなで』してぇ……》


 消え入りそうな声で囁いた。


《み、みんなには言わないでね……は、恥ずかしいから……。私は昔から、パパがなでなでしてくれるって約束してくれたら、絶対に負けたことがないから……だ、だから……》


《それって……かなり昔の話しなんじゃ?》


《 い い か ら ァ し て ッ ! 》


 恥ずかしそうに叫んだ。


《わ、わかった、約束する。ケイトちゃんに勝ったら、君の頭をなでなでしてあげる》


《うん、ありがとう、パパ。約束だからねっ! 絶対だからねっ! ねっ!》


《う、うん》


《じゃあ、打ってくる!》


 気合いを乗せた声を放って、バットを構える。


 僕は大きく息を吸い込み―――。


「 真琴――――ッ! 打てぇェ―――――ッ!」


 前を見たままうなづくとバットを握りしめ、ケイトちゃんの投げたボールを――――


 ガギ――――――――ンッッ!


 打ち上がったボールはホームラン線を越えた―――


 だが―――…


「ファール!」


 惜しくもファールになってしまう。


 日本ベンチからため息がこぼれる。

 打たれた方向を見つめてケイトちゃんは流れる汗をぬぐう。


「はあ、はあ、はあ……ファールか……」(……あぶなかった……。いまのは完璧に捉えられていた……。次は打たれるかもしれない………いえ、真琴ならきっと打つ……。どうすればいい……? どうすれば……くっ! このワタクシが弱気? ありえない!)


 ケイトちゃんは顔をしかめ、振りかぶり―――

 

 ガギ――――――――ンッ!


 2球目の球種は、チェンジアップ。    

 それも真琴は完璧に捉え、場外まで運んだ。


「ファ――ル!」


 だが惜しくも またファールとなってしまう。


「はあ……はあ……はあ……」


 マウンド上でケイトちゃんは汗だくうつむいていた。

 あの疲労感は投球疲れだけではなく、精神的に追い詰められている影響も大きそうだ。


(――負ける? このワタクシが、真琴に……? 嫌ァ、それだけは絶対に、嫌ァ!)


 彼女の頭の中には、2度の大ファールにより、真琴にホームランを打たれるイメージしかないだろう。


「くっ!」


 3球目に投げたボールは、ストライクゾーンを外した速球。だがそれも真琴は捉え、ボールは大きく横にそれ、100メートル先の海にポチャンと落ちた。


「ファール!」


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 ボールが落ちた方向を見つめて青ざめていた。


(う、打たれる……! どんな球を投げても、真琴に打たれる! 嫌ァ、打たれたくない! 負けたくない、絶対に……!)


 まぶたを閉じてケイトちゃんは、胸に手を置いて呼吸を整える。

 そして夜空を見上げて さわやかに笑った。


(……この一球で終わらせる! この一球に、ワタクシの想いを、真琴への想いをすべて込めて……!)


 真琴を見つめるケイトちゃんの瞳に覇気が戻った。何か吹っ切れた感じだ。

 おそらく次の一球は、今日一番の速球がくるだろう。

 それがわかっているようで真琴は瞳を輝かせていた。


 2人の闘志が燃え上がり、暗闇のビーチにピリピリとした緊張感が覆う。


 僕を含めてここにいる全員が、固唾を飲んでこの一球の結末を見守った。


そのとき、アメリカチームのキャッチャーが立ち上がり横に移動した。

 これはまさか、『敬遠』ということなのだろうか?


(敬遠! まさかケイトが!)


 真琴は動揺したが、それ以上にケイトちゃんは動揺しているようで、首を振り敬遠を嫌ったが、審判をしているアメリカチームの監督がなにか英語で話しかけると、悔しそうにうなづいた。


 どうやら敬遠は、キャッチャーの判断ではなく監督の指示のようだ。



「 ファーボール 」 


 敬遠によって一塁へと進んだ真琴は、マウンドで落ち込むケイトちゃんを寂しそうに見つめていた……。


 舌打ちし、砂浜を思いっきり蹴飛ばしたケイトちゃんの姿に、僕は非情ながらもこの隙をつく作戦を思いつく。

 でも、できればこの作戦は使いたくない。

 ケイトちゃんは昔からの知り合いで、娘たちの友人なのだ。そんな彼女にこの作戦を実行するのは心が傷む。けれど僕は、美鈴ちゃんにすべてを委ねられているのだ。ある意味チームの一員なのだ。だからこの試合、美鈴ちゃんのためにも、娘たちのためにも、チームのためにも、僕は一切手を抜いてはいけないのだ。


《―――――――――》


 美鈴ちゃんに思いついた作戦を伝える。


《わかりました、監督》


《頑張って》


《はい!》


 5番バッター美鈴ちゃんがバッターボックスに立った。

 マウンド上のケイトちゃんはあきらかに落ち込んでいた。


(これで終わり……。この打者を打ち取って……この試合は終わり……。勝ちは勝ち……勝ちなんだ……それでいいの? 本当にワタクシは……?)


 何か思いにふけったあと振りかぶり――投げた。

 だが――――


「――あっ!」


 その球は、いままでの速球とは比べ物にならないくらい遅い球だった。

 速すぎず、遅すぎず、ちょうど打ち頃の球であった。

 すっぽ抜けた球を投げてしまったのだ。


 その球にタイミングを合わせてバットを引き絞り―――


(監督が言ったとおり、遅い球がきた……! あとは落ち着いてゆっくり……。いままでの練習どうり、基本に忠実なバッティングで、あたしのすべての想いをこめて………打つッ!)

 


 カキ――――――――――――ン!

 


 捉えた球は、夜空に高く上がり、外野のホームラン線を越えた。


「………………」


 しばらく放心したあと、ぶるぶると全身を震わせ――。


「や、やったぁぁぁ―――っ!」


 両手を上げて喜びを爆発させた。


《やったぁ! やったぁ! やったぁ! やったよぉ、監督!》


《うん。よくやったね、美鈴ちゃん》


 喜びを噛みしめるように一塁二塁三塁と周り、最後に満面の笑顔でホームベースを踏んだ。瞳には大粒の涙がきらめていた。

 そんな美鈴ちゃんとは対照的に、マウンドのケイトちゃんは落ち込んでいた。


(……ケイトちゃん……ごめん) 


 本来、真剣勝負のこの場で謝るべきではないのかもしれない。けれど僕は心から謝罪した。


 ホームランを打った美鈴ちゃんがベンチに戻ってくると、チームメンバー全員が一斉に彼女に抱きついた。

 一番最初に抱きついた真琴は、ぎゅうぅぅっと締めつけ。


「やった――っ! やったわね、美鈴!」 


「うん! ありがとう……真琴ぉ、みんなぁ……ぐすっ……」


 ポロポロと涙を流し。


「あたしぃ、野球を続けてよかったよぉ……うえ~~~~~~ん!」


 大声をあげて泣いてしまった。

 そんな美鈴ちゃんを、みんなは微笑ましく見つめていた。

 みんなが喜び合うなか、僕はどうしても一緒に喜ぶ気にはなれなかった。

 それはやりたくない敬遠でケイトちゃんの精神的ダメージを察知し、それを利用したからだ。


 手を抜いてはいけない――そうわかっていても、やはり大人げないことをしたと思う。


《監督……》


《美鈴ちゃん?》


 抱き合って喜び合う美鈴ちゃんから届く。


《……あたし、監督と出会えて幸せでしたぁ……。これからもご迷惑をかけると思いますが……よろしくお願いしますぅぅ……うえ~~~~~~~~ん!》


 心の中でも泣いてしまった。

 美鈴ちゃんの気持ちは痛いほどによくわかる。いままで辛かったんだね。

 でも彼女には、周りに支える仲間がたくさんいる。もう力に惑わされたりはしないだろう。これからは前を見続けて歩けるはず。 

 仲間と共に――。

 

《うん。美鈴ちゃん、これからもよろしくね》


《うえ~~~~~~~~ん! だいずぎでずぅー……がんどぐぅー……》


 みんなは抱き終わったあと、キャプテン真琴が激励を飛ばす。


「みんな、試合はまだ終わってないわよ! 気合入れていくわよ!」


  おおおおおおおおおおおおお!


 日本 2―1 アメリカ。 日本チームの1点リード。


 6番バッターの美佳子ちゃんがショートゴロに終わり、9回表 日本チームの攻撃が終わった。


 9回裏 アメリカチームの最後の攻撃が始まる。

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