第10話 トイレで娘たちと

 ◆◆◆


 今 現在、田中家では、この家の家主『田中 薫』が、便器のフタに座りトイレに引き籠もり続けていた。


 薫の頭の中に、娘の1人からテレパシーが送られてくる。


《パパっ、パパっ、パパっ! きいてよォ、きいてよォ、きいてよォ!》


《な、鳴っ! どうしたんだい? もしかして……》


《うん、うん、うん! 初めて自分から誘って友達ができたよぉ!》


《そうか、それはよかった。おめでとう》


《うん、うん、うん! パパのおかげ、ありがとう、パパ大好き! 友達が待ってるから鳴は行くねっ! バーイ!》


 テンションMXの鳴からのテレパシーが切れた。


(そうか……鳴が……)


 便器のフタに座り、娘の成長を喜んだ。


《 パパァ――っ!》


《あ、青子!》


《パパっ、パパっ、パパ! 聞いてよォ聞いてよォ聞いてよォォ――! それがいまさァ――》


《 野球部の勧誘をしているんだろ?》


《へっ? なーんだ、誰かから聞いてたのか。それでいまさ、パパ聞いてよ、ムカつくんだよー! ぼくある子に、野球部に入らないかって聞いたんだけどさ。ソイツ、1万円くれるなら入ってやるよ、とか言ってさァ――っ、ムカつくゥ! 信じられない!》


《そんな事を言う子もいるんだね。でも、その子も本気で言ってるんじゃないと思うよ。断る理由として言っているんじゃないかな?》


《そうだとしてもォ、断り方にも礼儀っていうものがあるでしょー? でしょー?》


《そうだけど……でも、いま鳴から連絡があって。1人勧誘……じゃなくて、友達ができたってさ》


《えええええッ! あッ、あの鳴がッ?》


《そう、あの鳴が》


《そっか……あの鳴がねぇ。そっか、わかった。じゃあ、お姉ちゃんのこのぼくも頑張らなくっちゃね。じゃあパパ、もう一度その子にアタックしてくるねぇ!》


《ああ、がんばれ。君ならできる》


《うん、がんばる! パパ、もしその子を勧誘できたら、ぼくのほっぺにチューしてくれる?》 


《それはダメっ》


《ぶぅー、ケチっ。それじゃあ行ってくるねぇ、パパぁ!》


《うん、がんばれ》


《超がんばる!》


 明るい声を炸裂させてテレパシーを終わらせた。


「がんばれ……みんな……」


 便器のフタに座り娘たちの健闘を祈った。    

   

 ◆◆◆


 ――私立第2北海道女子中学校の廊下を、田中家 次女の青子が気合の入った顔つきで歩いていた。


 一度断られた2年生 南 明日香(みなみ あすか)を再勧誘するためだ。


「あっ、見つけた!」


 下駄箱前で発見して近づいていく。

 見た目は、茶髪で不良少女という感じだ。


 南 明日香の前に立ち、両手を合わせた。


「ねぇーお願い! 野球部に入ってよ、ねぇーお願い!」


「はぁー……。またおまえかよ……。だから嫌だって言ってんじゃんよ。まあ、1万円くれるならいいぜ」


 あきれながら明日香がつげると、青子はニパっと笑い。


「わかった、いいよー」


「マジ?」


「1万円分の肩揉みするからさ」


「どこの母の日のプレゼントだよ!」


「ちぇっ」


「じゃあな。俺はなんにも部活には入る気はないんで」


 立ち去ろうとする明日香の腕を、青子がすがるように両手でつかんだ。


「ねぇ、ウチこない?」


「はぁ? なんでだよ」


「ぼくのパパを見せてあげる」


「はぁ? 意味わかんねーし」


「自慢のパパなの」


「だから何だよ? それが野球部となにか関係があるのかよ?」


「まったく」


「はァ?」


 イラ立つ明日香に、青子は顔を近づけて二っと笑う。


「まずは、お互い友達になってからって思ってさ。いきなり勧誘して、いきなりできた部に入らすのは、なーんか違うなって思ってさ」


「はっ! いいぜ、面白れェ! もし、おまえがこの俺と友達になれたら入ってやってもよォ」


「うわっ! めちゃめちゃ上から目線!」


「フン。俺はこういう性格なんだよ。嫌なら友達にならなくてもいいぜ」


 青子は「はぁー……」と長いため息を漏らし。


「……仕方ない。それで我慢するか。友達になってあげよう」


「おまえも上から目線かよ!」


「お返しだいっ」


 無邪気に笑う青子に、明日香は「ぷっ」と吹き出し――。


「あははははははっ! おもしれェーな、おまえ! いいぜ、入ってやるよ、野球部にさ!」


「マジっすか?」


「ああ、マジだ。俺相手にここまで言った奴、おまえが初めてだしな。みんな俺を怖がって避けるのに。俺はおまえと友達になってみたい。それと、おまえの自慢のパパを見てみたいってのもあるしな。今日いいだろ?」


「いいよー! あっ! 今日は絶対に無理ぃー!」


「なんでだよ?」


 真剣な表情をつくり。


「今日、パパが『浮気』しているかもしれないから……」 


「ま、マジっすか?」


「マジです」


「――ぷっ。あははははははっ! やっぱァおもしれェーな、おまえェ! そんなこと真顔で言うなよっ! あははははははっ!」


「そうかなー? 真顔で言うことだと思うけど?」


 腕を組んで首を傾げている。


「くくくっ。じゃあ行こうぜ。入部届けを出しにさ」


「うん!」


 2人は笑い合って職員室に向かっていった。


 ◆◆◆


《パパぁ………》


 トイレで引き籠もる僕の頭の中に、三女 光から暗い声が届いた。


《……聞いてよぉ……パパぁ……。勧誘断られたぁ……10人にも……》


《そ、そうか……。でも もしかして、『仕方ないから入れてあげるわ、感謝しなさい』。みたいなことは言ってないよね?》


《うっ! い、言ってないよぉ……》


 言ったな………。


《そうか。でも、光も鳴ほどじゃないけど、人と話すの苦手だもんな?》


《だ、ダメかな?》


《ダメくはないけど、勧誘するときはもっと丁寧に言わないと……》


《そういうの、苦手》


《光も不器用だな》


《フンだっ》


《だったら、不器用なりに頑張ってみればいいんじゃないかな?》


《やったよぉ、もう!》


《今度は、その人にどうやって言えば、自分の勧誘を快く受け入れてくれるか考えてみてさ》


《だから、そういうの苦手っ!》


《大丈夫。相手が僕だと思えば、そこまで緊張しないはずだよ》


《あ、相手が、パパだと思ってぇ! そ、それは、逆に無理でしょ!》


《えっ? 逆って》


《そ、それに、勘違いしないでよね。パパにだって、あたしは不器用なんだからねっ》


《わかってる。でも、僕たちは家族だろ? 他人とは違う……だろ?》


《………うん……そうだね………。あたしたちは……大切な家族だもんね………》


 声が落ちついた雰囲気に変わる。


《そうだよ、光……。相手が家族だと思えばいいんだ。そうすれば勧誘だって簡単だろ? 光ならできる》


《うん……。できるだけ頑張ってみるよ、パパ》


《がんばれっ》


《うん……》


「ふぅー」(これで 3人の勧誘の悩みは解決しそうだな。でもまさか、真琴まで勧誘のことで相談してこないよな?)


 まあ、それは杞憂だろう。

 真琴は勧誘ということに関しては、いや、人を扱うという事に関しては姉妹の中でも秀でている。

 家でもそうだが、あの子のリーダーとしての資質は目を見張るものがある。少し硬いところもあるけどね。


《パパ》


《えっ、真琴!》


 まさかの長女から。


《き、君もまさか、勧誘の相談かい?》


《え? 違うけど。私が3人勧誘して9人そろったよ。試合だってできるよ》


《そ、そうか……おめでとう……》


 やはり杞憂だったようだ。


《ありがとね、パパ。聞いたよ、あの子たちの手助けをしてくれたんだってね。色々ごめんね、忙しいのに迷惑かけて》


《仕事は終わったって言ったろ。それに、君たちのためなら どんな忙しさもなんてそのさ》


《うん……ありがとう、パパ。それでパパ……私、困っている事があるんだけど……》


《へっ? なんだい》


《勧誘した中の1人から、もの凄く慕われちゃって。その子に『お姉様』って呼ばれちゃってるんだけど、どうすればいいかな?》


《そうなのかい? じゃあ、お姉様になってあげればいいんじゃないかな》


《えっ?》


《後輩の面倒をみることも大事だろ? 部活動をするからにはさ》


《そうだね、わかった。がんばってお姉様になってみるね。じゃあね、パパ……》


《がんばって、真琴》


 話しを聞いてみて やはり真琴には人に好かれる資質があるようだ。

 好かれすぎるというのも大変なようだが。

 

 ドン ドン ドン――!


「!」


 トイレのドアが外から叩かれた。


「先生――っ! トイレ、長いですね――っ! 座薬ありますよーうふふっ! 撃って差し上げましょうかーうふふふふふふっ♡」


(こ、怖いよぉ……)


 慕われすぎて困る。

 真琴の気持ちが痛いほどによくわかった。 

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