第五章

 あのあと家に帰った俊介は、軽く仮眠をとったあと、また街へと繰り出していた。時間はまだ朝方だ。街には誰にもいない。

 開いていない駅の改札や、がらっとしたターミナル周辺。海沿いまで足を伸ばし、日の出もカメラに収めた。

 実家に帰ったと言っても、ほとんど家にいない実情。

「結局、口実が欲しかったんだよな。由紀と一緒にいるための」

 浄土ヶ浜海水浴場の砂浜にぽつんと座り、さざ波の音に耳を澄ませる。聡のことについては、昨日黒森神楽のおじさんたちに詳しく聞かされた。野球部のエースで、キャプテンだったこと。みんなを引っ張って甲子園まで行ったが初戦敗退。それでもそのあと、応援してくれた地元のみんなのために働こうと、高校卒業と同時に旅館で働くことになったこと。黒森神楽だって、街を盛り上げるために覚えたらしい。

「こんなの、完全敗北じゃん」

 聡はもう過去の恋愛だとして由紀と接していたが、俊介は見ていた。東京の話になると、一瞬聡の表情が曇るところ。そして、神楽を見たあとの由紀の視線。あのふたりは、惹かれあっている。

 由紀のことを好きだと伝えていたので、自分に分があるとどこかで高を括っていたのかもしれない。だけど……。

「あんなヤツに勝てるわけないっての。オレなんて、夢も何もなく、ただ東京で面白いことだけ見つけて生きてきたんだ。北宮古から東京へ出てくるときだって……あの仲の悪い親たちから解放されるためだった。そのまま四年間も帰ってこなかったのも、北宮古に帰ったって、この街には何もないから……」

 だが、実際は違った。この街には、自分の知らない由紀の気持ちと、地元のヒーローで、みんなのために働く聡の強い思いがあった。何もなかったんじゃない。自分が何も知らなかっただけなんだ。

「由紀……」

 ちらりと携帯を見つめる。最新型のスマートフォンだ。でも、聡の使っていたのは、ガラケー。この地ではトレンドも情報も必要ない。ただ、街と生きる。そんなシンプルな場所なのだ。

「オレ……スマホがないと、何もできねぇんだなぁ」

 苦笑交じりに由紀の番号を表示させると、俊介は通話ボタンを押した。

「由紀? 朝早くに悪ぃ。今日なんだけど……ちょっと付き合ってくれない?」


「俊介!」

 駅前で待ち合わせる約束をして、一時間。由紀はいつもと変わらない表情で俊介の前に現れた。

 本当は自分よりも、聡のことが気になっているんだろう? なんで自分にもそんな笑顔を見せるんだ。

 好きな気持ちと、聡へのヤキモチがごっちゃになり、頭が痛くなる。寝不足のせいもあるかもしれないが、今はそんなことどうでもいい。

 ようやく手に入れた由紀との時間だ。なんだかんだ言って、北宮古に着いてから、由紀とふたりっきりになれたのは二度目だ。

「ところで、付き合ってほしいってどこに行くつもり?」

「……恋ヶ崎。覚えてる? 初めてオレたちが遠出したところ」

「恋ヶ崎……」

 覚えていないわけがなかった。中学三年のとき、現在のリアス線を使って初めて俊介と長い旅をした場所だ。

 長い旅。中学時代はそう感じたが、今ではそうでもない。電車も一本で乗り継ぎはなし。行こうと思えば気軽に行けてしまう土地だ。

 ただ、そこには幼いふたりの思い出があった。

「さあ、行こっか」

「うん……」

 俊介が持っている、ただひとつのきらきらと輝く思い出。そうだ。自分はここへ由紀を連れていきたかったんだ。

 駅で切符を買うと、由紀の手を引っ張るように握った。何もできなかった自分が、唯一由紀にしたこと。あの頃は恥ずかしくて、こんなことですら精一杯で……顔を真っ赤にさせながら彼女の手を取った。

 由紀は速足で自分を引っ張る俊介の後ろ姿を見て、学ランを着ていたメガネの男の子を思い出していた。

 あの頃の少年は、身長も、髪の色も、服装も変わった。性格だって、引っ込み思案だったのが今では嘘みたいに積極的だ。誕生日のときみたいな、強引なキスだってする。

 それでも、俊介の根幹は変わっていない。純粋で、純粋が故にすべてが嘘に見えて、不安になる。だから俊介は、由紀という存在を感じるために、より強く手を握ったのだ。

 電車に乗り込むと、二人はボックス席に向かい合って座った。しばらくすると、ゆっくりと、過去へ戻るように電車が動き出す。だんだんと速度が上がり、車窓の風景が街中から山へと変わっていく。

「俊介、電車からの風景は、写真に撮らないの?」

「うん。この景色は記憶に焼き付けたいから……。オレが北宮古で写真をたくさん撮ってる理由って、わかる?」

 由紀はその質問に首を振った。

「『思い出を作るため』だったんだ。由紀とのさ。だけど……この街には聡がいた。なぁ、なんで由紀は聡がいたのに東京へ出てきたんだ?」

 俊介は率直に由紀に質問を投げかけた。俊介の顔は、いつもと違い、どことなく幼く見える。なんだか表情まで過去に戻ったみたいだ。

「聡とは……生き方が違ったんだと思う。私には夢があったし、聡だって北宮古に残りたいって気持ちがあったからね」

「ふうん……それでよかったんだ?」

「え?」

「東京に出てきて、何かいいことあった? オレに会うまで、めっちゃ不安そうな顔、してたよね」

「そ、それは……確かに不安だったよ。でも俊介と会ったから。俊介がまた、友達になってくれたから……」

 『友達』か。自分は今はまだそれでいいと一度身を引いた。だけど今は違う。友達のままじゃ、聡に奪われるかもしれない。俊介は強い口調で由紀に言った。

「聡が本当に由紀のことを好きだったら……引きとめてたんじゃないの? なのに、なんで東京に……」

「その聡が、私の背を押してくれたんだよ」

 由紀は困りながらも笑顔を浮かべて、俊介の問いに答えた。

 ああ、そうだったのか。それを聞いて、飲み会のときにあおいに言われたことを理解した。

『兄貴はそこまで理解して、由紀ちゃんのことをずっと思ってるんだから……』。

 聡は由紀のことを諦めたわけでも、好意が薄れたわけでもないかった。ただ、本当に好きで、大切な女の子だったから手放したんだ。由紀の大事な夢のために、自ら身を引いたんだ。

 自分だったらできるか? 好きな女の子を手放して、夢のために生きろだなんて言えただろうか。俊介は自分の行いが罪であったことに気づかされた。中学を卒業して、自分はひとりで東京へ向かった。だけど、由紀を完全に手放さず、なあなあに関係を続けようとした。

 北宮古でひとりだった由紀の気持ちなんて、考えてなかった。そしてそのうち、由紀を忘れて……。由紀も自分から離れていった。そして聡と出会ったんだ。

『連絡する』なんて軽い口約束さえ守ることができなかった自分は、最低だ。由紀を忘れて、楽しい毎日に身を任せていた。ひとりになった由紀のことを考えたことがあったか? 答えはノーだ。

「由紀、ごめん……」

「何のこと? いきなり謝られても困るよ!」

 急に謝られた由紀は焦った。俊介のテンションも低い。ふたりで思い出の地へ向かう途中だというのに。

 俊介は、高校に入学したあとに連絡しなかったことを再度詫びた。由紀はそれについてもまた首を振るだけだ。

「だから、私も悪かったって。自然消滅したのはお互い様じゃない。なんで今更……」

「聡がいるからだ」

 その言葉に由紀は、口を閉ざした。また聡に惹かれ始めていることが、俊介にはバレている。

「聡とオレ、お前にとって必要なのはどっちなの? ずっと北宮古にいるわけじゃないだろ? 休みが終われば、また東京に帰るんだよ?」

「わかってる……わかってるよ、そんなこと」

 まずい。つい感情的になり、大声をあげてしまった。由紀の目の端には、水滴がたまっている。休みが終われば、聡とはまた離れてしまう。そんなことわかってるのに、自分はまた由紀を責めて、追い詰めてしまった。

 聡と自分を天秤にかけ、由紀に選ばせるなんて……。

「はは、ごめん。やっぱオレ、最低……。由紀の気持ち、わかってるのにさ、自分の気持ちまで押しつけようとしてる。でも、最低なことは承知で、由紀に本気で考えてもらいたいんだ。オレのことを。それだけオレ、お前のこと好きだから……」

「俊介……」

「おっと、もう恋ヶ崎か。何時間も乗ってたはずなのに、あっという間な気がする。なんでだろうな? ほら、行こう」

 俊介はカメラを持って電車の出口へと向かう。さっきとは違い、由紀の手を強引につかむような真似はしない。由紀から自分に手を伸ばしてもらいたい。そう心の中で願っていた。


 恋ヶ崎の駅のホームには、ホタテ貝でできた絵馬が飾られている。さすがに年間何万人も訪れる場所だ。由紀と俊介が書いた絵馬はなくなっている。だけど、書いたことはしっかりと覚えていた。

「あのとき由紀は、『オレが東京に行ってもずっと恋人』って書いてくれたんだよね。ごめん、約束果たせなくって」

「あ、あれは……昔のことだから! そういう俊介は『由紀・俊介高校合格』だったっけ? 勉強のことばっかりって、正直呆れたんだよ?」

「だって、受験に落ちたら元も子もないじゃん。お前だって、北宮古高に入れなかったら、聡と出会えなかったんだから」

「うっ……それ、言う? デリカシーないよ?」

「なくって結構。オレはもう飾ったりしないって決めたの! 自分に正直に、って。だから、お前の過去も全部受け止める。その覚悟をするために、ここ来た」

 ぎっしりと飾られたホタテ絵馬を見つめ、俊介ははっきりと言った。

「もうオレは我慢しない。お前が聡に惹かれてたって……オレがお前を奪ってみせるから。お前も覚悟しといてよ?」

 今までのような、クールな笑みではない。本当に心の奥から湧き出たような笑顔を見せる俊介に、由紀の心は揺れた。俊介の言う通り、東京に戻ったら、聡には会えなくなる。  

 だからといって今抱いている聡への思いを無視することはできない。どう答えればいいか困り、俊介の顔を見上げると、チョップを食らう。

「痛ぁ……何するの!」

「そんな顔すんじゃねえって。オレは自分の思ったことを、できるだけ素直に言うようにする。だからさ、お前も自分の気持ち、はっきりできるように頑張れよ。な?」

「う、うん……」

 予想外の言葉に、由紀は驚いた。しかし、まだ気持ちの整理はできていない。聡が好きな思いと、俊介にどう返事をすればいいのかという迷い。だけど、俊介も自分の気持ちがはっきりするまで、待っててくれるんだ……。

「自分の答え、きちんと言えるようになるといいな」

「じゃ、ついでに言ってもいい?」

「何?」

 俊介は由紀をじろりと足先から頭のてっぺんまで品定めするように見ると、いきなりズボンのベルトに手をかけた。

「し、俊介? 何するの! こんな人もいるところで!」

「待ってろって」

 俊介は由紀のズボンのベルトを、穴ひとつ分だけ詰めた。

「……やっぱりな。妙にだぼっとしてると思った。なんでこんなゆるく履いてるんだよ」

「だ、だって、ウエストがくっきりするのが嫌なんだもん」

「お前、プロポーションは悪くないんだから、もっとタイトな服着たら? アパレル店員だろ? 胸だってあるんだし……」

「な、なんで俊介がそんなこと知ってるの! セクハラだよ!」

「オレはそれだけお前のこと見てるんだよ。自然と目が行っちまうっていうか」

「……俊介のスケベ」

「スケベで結構。本当のオレは、こういうヤツだから」

 今まで悩んでいたことが全部吹っ切れたのか、俊介はニヤリと由紀に見せたことのない意地悪な笑みを浮かべる。

「それと、気になってたんだけど……その琥珀のネックレス、いつもつけてるよな。お気に入りなのか?」

「……うん、今はまだ手放せないものなんだ」

「そっか」

 由紀の言葉で何かを悟ったのか、俊介はそれ以上詮索しては来なかった。

 帰りの電車は行きとは違い、にぎやかだった。今まで知らなかった俊介の大学での話……そこでは毎日のように合コンが行われていることや、サークルの勧誘が激しいこと。一年生のときに単位がまずかった科目を代弁でなんとかクリアしたことなど、少し誇張は入っているだろうが面白おかしく俊介は話した。

「由紀は大学って選択肢、なかったの?」

「私、勉強はあんまり得意じゃないし……それに、私の周りの子はみんな、就活組だったからね。お金を払って勉強するより、お金をもらってアパレル業界のことを知りたいなって思ったんだ」

「へぇ、オレなんかとは全然違って、由紀は偉いよね」

「俊介にはないの? 何か夢って」

「夢ねぇ……」

 ふと、カメラに目をやってから、俊介は由紀を見つめた。

「今までオレ、自分には何もないって思ってたけど、そうじゃなかったんだな。ただ、追いかけることすらできないって勝手に思い込んでただけなんだ」

「どういう意味?」

「ヒミツ」

 くすりと笑って、また車窓に目をやる。いい大学に入って、いい会社に入る……。それが自分の将来だと決め込んでいた。実際、それを親に望まれていたとも思っていた。だから夢なんて持っても仕方ない。諦めきっていた俊介だったが、由紀の生き方を見て、変わった気がする。

 自分の夢のために北宮古から出てきた由紀。自分もまだ、夢を見ることはできるのだろうか。できるのならば……。

 カメラに軽く触れると、『そんな自由な仕事もいいな』と心の中でつぶやいた。


 北宮古の駅に着いた頃にはすでに夕方だった。幸い夏なので、まだ日は出ている。しかしほんの少し海風が冷たく感じた。

「俊介、今日は本当に楽しかったよ。ありがとう」

「オレこそ。由紀と一緒にいられたからね」

「ま、またそんなこと言って……困るよ!」

「困れ、困れ! オレは何度だって言ってやるから。お前のことが好きだって」

「ちょ、ちょっとこんなところで言わないでよ!」

「なーに漫才やってんだ?」

 ふたりの間に入ってきたのは、仕事終わりで汗だくの聡だった。

「あ、もしかしてデートだったのか? じゃ、俺がいなくてよかったな。今日は仕事が大変で……」

「………」

 聡から、俊介と一緒に出かけたことを『デート』と言われた由紀は、うつむいた。俊介と一緒だった時間は確かに楽しかった。だけど、まだ自分は聡に心を奪われたままだ。

 その言葉に反応したのは、由紀だけではなかった。

「聡、今の撤回しろ」

「え? 俺、なんか変なこと言ったか?」

「言ったよ。オレたちが『デートした』って」

「悪い、何がいけなかったのかわかんないんだけど……」

「聡! 来いっ! 由紀は帰ってろっ! 絶対追いかけるなよ!」

「俊介……」

 聡は俊介に引きずられるように、漁港の方向へ連れていかれた。追いかけようか迷った由紀だったが、俊介の剣幕はすごかった。

「ふたり、大丈夫かな……」

 心配に思いながらも、自分ができることは何もない。仕方なく由紀は、家へと帰ることにした。


「なんだよ、俊介……うわっ!」

 俊介は振り向いたと同時に、聡の顔面に拳を打ち込んだ。だが、聡の運動神経は並外れている。それをよけると、拳をつかみ、腕をホールドした。

「い、痛ぇっ!」

「痛がる前に、何で突然殴ってきたのか理由を言えよ」

「お前……由紀の気持ちを知ってて、『デート』とかほざいてんのか!」

「由紀の気持ち……? お前は由紀のこと、好きなんだろ? だったらお前が怒る意味がわからないぞ?」

「由紀が好きだから怒ってるんだっ! あいつは、お前のこと……!」

 聡は俊介の腕を離すと、その場にあぐらをかいた。

「聡?」

「……お前も座れよ。長い話になりそうだ」

 ウミネコの声が響く。そろそろ日が暮れる。夕日の中で、男ふたりの話し合いが始まろうとしていた。

「聡……お前、今も由紀のこと、好きなんだろ? あおいちゃんに聞いた」

「あいつ! 本当におしゃべりだな。あぁ、あれはあいつが勝手に勘違いしてるだけで……」

「それは嘘だ。お前、自分で由紀のこと、どんな眼差しで見てるか、気づいてんの?」

 俊介はぐいっと聡のほうへと身を乗り出した。

「たまに東京の話になると、すげぇ寂しそうな顔してる。オレだって、由紀のことを渡したいなんて思ってねーよ。だけどな、由紀は今でもお前のことが好きなんだ!」

「……何を根拠に?」

 人当たりのいい聡が、きつい眼差しを俊介に向ける。低い声が、まるで俊介を威嚇するように聞こえる。俊介は背中がぞくりとした。

「俺は、由紀の幸せを願ってるんだ。俺があいつに何を言える? 今もまだ好きだと伝えたところで、あいつは迷うだけだぞ。地元に戻るか、東京にいるか」

「それは……そうだけど」

「俊介、立て」

「え?」

 聡は立ち上がると、拳を軽く握りファイティングポーズをとった。

「ケンカを売ってきたのはお前からだろ? お前が由紀を守れるかどうか、テストしてやるよ。そうすりゃ、お前も気が晴れるだろ? 正々堂々、男同士の勝負だ」

「……っ、や、やってやるよ!」

 正直ケンカなんてしたことがない。だけどここまで挑発されて、引き下がれるほどプライドは低くない。

 俊介が構えをしようとした瞬間、聡の右フックが身体側面にきれいに入った。

「うぐっ……って、お前! 卑怯だぞっ! まだ構える前だし、始めるとも言ってないっ!」

「……え? 構えもなにも、ケンカってこういうもんだろ。しかも始めるなんて言わないぞ、普通」

「え、そうなの?」

「お、お前……。やめだ。やめ、やめ! 相手にならない」

「そんなの、やってみないとわかんないだろ!」

「だけど……今ので安心した」

「は?」

 聡はふと軽く笑うと、水平線の向こうへと顔を向ける。

「由紀のことを守ってくれるやつがいるんだな。俺がもういなくても、由紀にはお前がいる。あいつのこと……守ってやってくれるか?」

「だからっ!」

 俊介は聡のタンクトップを引っ張ると、できるだけドスの利いた声で聡に言った。

「まだ由紀はお前が好きなのに、なんでお前はその思いに答えてやらないんだよっ!」

「……答えられないからだよ。離せ」

 俊介の手を外させると、聡は悲しげな目をした。

「わかるだろ? あいつは東京で独立することが夢だ。だけど俺は……ここ、北宮古に骨を埋めるつもりなんだよ。一緒にはなれない」

「お前が由紀の背中を押したんだってな。東京に行くようにって。なんでそんなことが言えたんだ? オレだったら、そんなこと言えないよ。好きな女にそばにいて欲しいって思うじゃん? なのに……」

「だよな。自分でもおかしいと思う」

「はぁっ?」

 聡は頭をかきながら、ぽつりとつぶやいた。俊介はつい突っ込まずにはいられない。

「なんでおかしいって思うんだよ! それほど由紀が大事で、由紀のことを思ったから送り出したんだろ!」

「まぁ、そうなんだけど……純粋に俺は、あいつに笑っていてほしかったんだ。俺と一緒にいるときよりも、自分の夢のことを話すあいつは、いつもきらきらしてて楽しそうだった。俺が夢を楽しそうに語る由紀を、勝手に北宮古に閉じ込めておくことなんてできないだろ?」

 はぁ、とため息をつくと、聡は俊介に尋ねた。

「だけど……それは間違いだったのかもな。あいつが俺のことを欲しいと思ってるのなら……俺はあいつを抱きしめに行く。俊介、お前はいいヤツだ。でも……もし由紀がまだ俺のことを思ってくれているのなら、渡しはしない」

「くそっ、結局こういうことになるんだな。あー、オレ、今めっちゃ青春してるわ。女取り合って決闘とか、マンガかよ!」

「ははっ、だな。だけど勝負は本気だ。由紀がどちらを選んでも、恨みっこなしだぞ?」

「いや、お前を選ぶなら、一発は殴らせてもらう」

「それは手ひどいな」

 聡は俊介に笑顔を向ける。俊介は複雑な顔をしていたが、いつの間にか釣られて笑顔になっていた。

「なぁ、俊介」

「何?」

「今日、家泊まっていくか? 実家……居づらいんだろ?」

「お前ってやつは、本当に爽やかないい子ちゃんだな」

「人のこと言えるのか? お前だって見た目は爽やかな好青年だぞ?」

 先ほどまで言い争っていたのが、一気にバカらしくなる。俊介は、小さくうなずくと、聡のあとを追っていった。


『ちょっと由紀ちゃん! どういうこと!』

 駅でふたりと別れた由紀は、そわそわしながら部屋にいた。そこにかかってきたのが、あおいからの電話だ。

 何があったのか話を聞くと、聡が俊介を家に招いたという。由紀自身も話を聞いたとき、一体何が起こったのか理解ができなかった。ただ……。

「聡らしいかも」

『は? 兄貴がどうしたの?』

「なんでもない」

 由紀は笑いを堪えられずにいた。聡は昔からそうだ。自分を敵視している相手を、いつの間にか仲間にしている。そんな不思議な魅力があるのだ。

「やっぱり人望……なんだろうな」

 電話を切ると、沈みかけている夕日が見える。聡は太陽みたいな人だ。あたたかくて、どんなにガードの固い人間も、彼の前では素直になれる。

「だからやっぱり……好きで居続けちゃうのかな」

 夕日が海に溶けて暗闇が訪れる。それでも由紀の胸の中には、満面の笑みの聡がいつまでも輝いていた。


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