第2話 アシスタント、黒崎ミサトは語る
私の名前は黒崎ミサト。
職業はあんまり大きい声じゃ言えないけど漫画家のアシスタントをやってる。
雇い主は女流ホラー漫画家の恐山ケンザン先生。
月刊スペリオル・ウルフに大絶賛連載中……と言えば聞こえは良いのだけど。
プロのクリエイターだって、そう夢みたいに華やかな世界じゃないわけ。
実際は売れない三流雑誌の しがない連載陣なんだよね。
アシスタントも私一人しか居ないしさぁ。
ましてや、奇行で有名な恐山先生と仕事をするのは大変なんだ、ウン。
締め切りが近付くたびに奇声を発したり、妙ちくりんな行動をとるのは正直止めて欲しいのだけれどね。でも昔から言うじゃん? 天才は奇人変人が多いって。
漫画描きとしては天才なんだよ。そこは認めている。でもさ……。
そんなに我慢しきれないほど奇行が酷いのか?
奇行とはいったいどんな奇天烈な行為をさしているのか?
皆さんはそれを知りたがると思うんだけど。
試しに いま私の眼前で先生がどんな行動をとっているのか、教えてあげようか。
恐山先生は今、皿に乗ったハンバーガーのバンズ目掛けてプスプスとサイバシを刺していますね。それも一心不乱に般若心経を唱えながら。
もうね、出先だよ、今は。
ハンバーガーショップでこんなの絶対ヤバイでしょ。
やりすぎてバーガーがハリネズミみたいになってるから。
ちなみに沢山のサイバシはお店に持参したマイサイバシ。
お気に入りの革バッグから箸を取り出しては、一本一本心を込めてプスプスと。
もうね、気が狂ってる。
そして奇行を働く恐山先生の外っ面がまた酷いんだ。
先生は無造作に背中まで伸ばした長い髪を、ろくに手入れもせずボサボサのまま放置している。服は黒のワンピースと薄汚れた革のロングコート。
申し訳ないがちょっと引きこもりとか変質者っぽいかも。
わたくしミサトがゴスロリ系のドレスを愛用するような人間なので行動を共にしていると対比が一段と酷い。
ちゃんと美容院に行って、メイクとオシャレをしっかりしたら妙齢の美人で通用するレベルだと思うんだけど。先生は漫画以外の事には森羅万象に無頓着なのだ。自分のオシャレに関しては特に。
さっき店にユーチューバーが入ってきたけど、この店で一番怪しくて人目を引くのは、怪異なんかよりも先生の奇行なんだよね。怪異の立場ねーわ、まったく。
至近距離でカメラを向けられなくて本当に良かったって感じ。
とにかく天才にして変人な先生のフォローに回れるのは私しかいない。
タイミングを見計らって先生のサイバシ刺しにソッと横やりを入れる。
「先生、ターボ婆さんの食事が終わったようですよ。話を聞きたければ、終わるまで大人しく待てと言われたのでしょう。そろそろ……」
「ええ、そうね。丁度、インスピレーションも良い感じに高まってきた。行きましょうか、極上のネタをご馳走になりましょう」
先生がこうやって奇行に走るのはいつも精神的に追い詰められた時だ。
今回は密かに好意を寄せていた店員さんから「オタク先生」呼ばわりされた件がよほどこたえたらしい。だからといって、メンタルリセットのやり方はもっと他にもなかったのかと聞きたくなる。
しかし、我々がこの店に足を運んだ目的は、店員に色目を使う為でも奇行で怪異扱いされる為でもない。取材によって都市伝説の秘められた真実を探り出し、新作を名作たらしめる鮮烈なインスピレーションや生々しいアイディアを得る為だ。
寿司も漫画も、ネタは鮮度が命!
何度も店を訪れ、ようやく常連客の中でも事情通と呼ばれるターボ婆との交渉に成功したのだから。この機会はなんとしてもモノにしたい。本音を言えば、次の新作がヒットしないと雑誌をクビどころか、廃刊の危機すら有りうるっていうのに。
先生にはこれ以上ないくらい気合を入れてもらわねばならないのだ、なんとしても。
ターボ婆は食べ終えたハンバーガーの包み紙を丁寧に折りたたんでいる所だった。特に意味がある行為とは思えないけど、高速道路で自動車と並走するほどの脚力を誇る人外の婆さんがやってる事だ。
無駄に迫力があるし、行為に口を挟みがたい雰囲気があったわ。
上目遣いにコチラを睨みつけられただけで震えあがりそうになる。
お召し物も高級そうな着物だし、セットされた富士額もタダ者じゃないって感じ。
そんなタダの婆じゃないターボ婆がおもむろに口を開く。傍らの先生に向けて。
「それで、お前さんクダンの床屋に行きたいってのかね?」
「はい、漫画の題材にしたいんです、例のキノコ床屋を」
「あの店はもうとっくに潰れてるよ? 悪評まみれで営業できなくなっちまったのさ。アンタみたいに都市伝説好きの人間が面白がって悪辣な噂を流したせいで。いわゆる風評被害という奴だよ」
「風評? でも、アレは実際にあった事件なんですよね? お客さんが何人もキノコ床屋の被害にあったという……それは床屋の店主が「犯人」というか……彼の正体が人にアダなす怪異であったからでは?」
「ああ、そういう噂だったねぇ、確かに」
ターボ婆が深く溜息をついたその時だった。
隣席からスーツ姿に布マスクの女性が立ち上がり、会話に割り込んできた。
「アタイ達はねぇ、どうも過去を掘り返されるのが嫌いなのさ」
「口裂け女さん」
「もうね、その名前で呼ばれることすらキライ。帰宅中の子ども達に『アタシ、綺麗?』って陳腐な質問してさ。マスクを外して耳まで裂けた口を見せて『これでも?』と更に聞く。行動のひとつひとつまで細かく指定され、べっこう飴やポマードが嫌いなんて弱点まである。まったくナンセンスだよ!」
「あの、それが何か?」
「アタイたち都市伝説はそんな人の噂に逆らえないって話さ、鈍いねぇ。カラスでも純白にしてしまうのが人間様の流言飛語なんだよ」
「……」
「やっと人気が廃れて、喧騒から解放された時の安堵感なんて、好き勝手に噂をする側には判らないでしょうねぇ。アタイが第二の人生を歩めるようになったのはそれからさ」
「あの、貴方のことを漫画で描く気はありませんよ?」
「都市伝説をテーマにされること自体が迷惑なのさ。なんたって、アタイはミス都市伝説だから! 残念ながらね!」
「おやめ、口裂け。いつまでもアタシ達の時代じゃないのさ。この人たちが新たな都市伝説を発掘したいというのなら、好きにやらせてみようじゃないか。ひょっとしたらアンタの肩書き……ミス都市伝説とやらを他の『誰か』さんに譲ってやれる良い機会かもしれないよ」
「それは……そうかもしれないけどサァ」
「はい! そうなるように全力で努力しますから。是非この恐山ケンザンに床屋の場所を教えて下さい。なんとしても取材してみたいんです」
明後日の虚空を見つめながら、ターボ婆はしばらく沈黙していた。
先生の漫画に対するひたむきさは本物で、怪異さえも説得する力があるのだ。
それからおもむろに婆が口を開くまでたっぷり三十秒はあったと思う。
「今から行ったって、ただの廃墟だよ。それで良いんだね?」
「はい、是非ぜひぃ!」
「待って。この人間たちってさ、この前『人間向けハッピーハッピーセット』でオマケを当てていたわよね。アタイは見てたのさ。あのオマケは便利なお助け霊能アイテムでね、ひょっとしたら、アンタたちを助けてくれるかもしれない」
え? あの安っぽいオマケ?
どう見ても子ども向けの玩具だったけれど?
首を傾げながらも、私達は都市伝説の舞台となった廃屋の在り処を教わったのだ。
腐れカミソリのキノコ床屋。
その恐るべき怪奇譚がどんな場所から始まったのか。
考えただけで何ともワクワクするではないか?
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