第15話 第四犠牲者(1)

「……で、ここからの話だが」


 ホランドは少し前に身を乗り出し、仲間へ向けて言う。


「ダイソン、エーラ。お前達は二人でクチナ=ホオズキを見張れ」

「「!」」


 ダイソン――スキンヘッドの男は少しだけ、エーラ――痩せぎすの女は大きく、身をたじろがせた。


「俺はいいけどよ。エーラまでか?」

「わ、わた、私、怖いよ、ダイソンっ」


 エーラの肩をダイソンが抱き寄せる。そんな二人を見て、ホランドは声を柔らかくした。


「目潰しに一時間って制限はあるにしろ、万に一つがあるとまずい。二人なら、休憩も交代で取れるだろ。一人でやるより安全だ」


 確かに、分かっている限りは二人いれば安全度は大きく上がる。そして、クチナの離れにいた使用人も、同様に二人だったのだ。


「それに、先にさらったガキが本当にクチナ=ホオズキに協力してるかは置いといても、そっちも下手な真似をしないか見張る必要がある」


 そう理屈を並べて、ホランドはダイソンを見つめた。


「――嫌か? お前ら?」


 いつ頃からかの、いつもの言葉だ。場に沈黙が下りた。


「ったくよお……仕方ねえな」


 スキンヘッドをぺたりと撫でてダイソンが立ち上がる。


「ダイソン……」

「やるぞ、エーラ。心配するんじゃねえ、俺がいる」


 エーラは、痩せた肩を不安げに自分で掴み……しかし、こちらも頷いた。


「うん、わかった」

「言うまでも無いが気を付けろよ。何かまた別のおかしな事が起こったらすぐに知らせろ」

「おう、任せとけ。だがよ、あの、残ってたガキは先に始末しちゃいけねえのか?」


 この提案に、一瞬ホランドは思考するものの、嘆息と共に首を左右に振った。


「クチナ=ホオズキがそれでヘソを曲げなければ、って条件付きになるな」

「お、怒るの? それで」


 怯えるエーラにホランドは浮かんだ懸念を話す。


「あの女の家でブルースは使用人を――多分、見張り役も兼ねた奴らを殺した。今の状況は、その復讐かも知れない訳だ。あのガキ自体はただの子供だ。何も出来やしない。警戒するにしても、そんなもんを殺してあの女の怒りをさらに買うのはリスクが高い」

「どうだろうな、あの女、さらわれる時も後も、随分余裕ぶってたじゃねえか」

「内心は分からんだろう。念のためだ。……ガキだけ他所の部屋に移すのも考えたがな、目の届かないところで殺した、なんぞと思われても面倒だ」


 重ねての言葉に、ダイソンは渋々といった具合に息を吐いた。


「クソッタレだな、全く」


 毒づきながら、ダイソン達は後ろ手を振って地下への階段を降りていく。それを見送って、ホランドは背後のゴードンへ声をかけた。


「どうだ、二人は」


 彼は、再び寝ているアンディとブルースの様子を見ている。


「アンディは変わり無しだ。今のところ、命に別状は無い。だがブルースは――」

「や、やばいの?」


 ファズの狼狽えた声に、ゴードンは嘆息で答えた。


「…………呼吸が、止まった」


 ごん、と机を蹴り付ける音がした。



 午後九時。地下室。

 扉が開けて、ダイソンとエーラが室内に入ってきた。イグナスは慌てて、部屋の隅に座る。


「ぬ」


 血の臭いを予想していたのだろう。彼等は少し怪訝な顔をした。

 部屋の隅には、バケツと雑巾が出ている。イグナスが先ほどまで使っていたものだ。


「――勝手ながら、軽く掃除をさせていただきました……彼が」


 クチナ=ホオズキはそう言って、何事も無かったかのように裸のベッドに座っている。血痕の付いたシーツは引き剥がされ、隅に置かれている。クチナが脱いだ『皮』も、同じようにひとところにまとめられていた。

 そして――彼女の示す手の先にいるのは、それらの掃除をしたイグニスだ。


「……へっ、感心だな。テメエらが散らかしたもんだから当然だけどよ」

「っ、ひ」


 ダイソンの敵意の籠もった視線を受けて、イグナスは引きつった顔で目を伏せた。彼にとって、ダイソンもまた暴力で自身と仲間の孤児達を従えた者である。


「よお、ここから出られねえ。テメエの仕業か?」

「ああ――申し訳ありません。そうなってしまったのですね」

(ど、どういうこと? でられない?)


 会話の内容は、イグナスには理解が及ばない。彼をおいて話は進む。


「他所に長くいると、どうしてもそのような事に。私が出れば良いのですけど」

「ちっ……舐め腐りやがって」


 ダイソンは注意深くクチナを睨みながら、椅子に座る。


「エーラ、俺の後ろにいろ。ホランドはああ言ってたが、出来るだけ見んな。ガキの方頼むぜ。女は俺が見てるからよ」

「う、うん。ダイソン……わか、分かった」


 怯えたままの様子で、エーラはダイソンの後ろへ置かれた椅子に座る。


「ダイソンと、エーラさんと仰るのですね。よろしくお願い致します」


 涼やかに、クチナが頭を下げる。

 ちっ、と忌々しげな舌打ちが響く。ダイソンだ。彼は立ち上がり、


「だっ、ダイソン!?」


 エーラの声にも耳を貸さず、ベッドのクチナへ歩み寄って上から間近で睨み付けた。緊迫した空気に、イグナスも肩を縮こまらせる。


「……道理で誘拐の時、余裕だった訳だぜ。テメエは死ぬ事がねえから、誰が死のうが構わねえって事だな」


 ダイソンは禿頭まで紅潮させて怒りを募らせている。


「俺はな、仲間が傷付けられたら黙っていられねえ。今だってテメエにムカついてる」


 その言葉に反応したのは、むしろイグニスだ。ぎり、と。自身の爪が、組んだ腕に食い込む痛みを感じている。彼の、もういない孤児仲間を殴っていたのは、ブルースと今そこにいるダイソンだ。


「……………………」


 クチナは黙って、禿頭の男の睨み付ける視線を見返している。


「だがテメエは家の使用人だろうが、なんだろうが、死んだって何も気にならねえんだろ」


 ――身勝手な怒りではある。そもそもが、ホオズキ家に押し入り使用人達を殺したのは彼等なのだから。だがそれは、ダイソンの心の中では何ら矛盾していないようであった。

 彼の表情は、言葉の抑揚は、本気で仲間を思いやっているように、イグナスには見えた。そう思える思考回路をしていながら、イグナス達の仲間を、そして言葉通りならばクチナの家の者達を殴り、殺す。


(…………なんだよ、それ)


 それが出来る感性とは、精神構造とはなんなのか。イグナスには理解が出来ない。

 だが、その理不尽への怒りも、イグナスの体に刻まれた暴力の記憶が、外に出させる事をしない。それが、彼は自分で情けなかった。

 対して。筋肉で横に張った体のスキンヘッドの大男であるダイソンに凄まれても、クチナはその表情を曇らせる事は無かった。


「誤解があるのかも知れませんが……」


 彼女はダイソンを黒い瞳で見つめ、心に忍び込むような微笑みを浮かべた。


「私は、使用人のアランさん、シェキンズさんも、貴方がたのお仲間も。とても、気の毒に思っていますよ」

「っ!」


 反射的な動きだった。払うようなダイソンの裏拳がクチナの頬に横から当たり、彼女はベッドに倒れ込む。

 その口端から、赤い血が垂れていた。


「ッ!」

「ダイソン!?」


 その暴力にばっとイグナスが顔を上げる動きと、エーラの悲鳴は同時だった。


「このクソアマがっ…………ごっ!?」


 不可視の報復は当然のように。ダイソンも全く同じ力で自身の頬を張り飛ばされた。

 数歩、たたらを踏む。唇が切れ、血の味が広がった。


「ちっ――、そうだったぜ、くそ」


 頬を抑えたダイソンが姿勢を戻せば、クチナもまた、その小さな体を起こしていた。ダイソンと同じように、頬を抑えている。

 その一部だけが、くしゃりと歪んで黒ずんでいる。


 ぴし、ぺり。


 その手が、殴られた側の頬から、口の中まで達する皮をずるりと剥いだ。今回はそこだけだ。


「……………………そちら、大丈夫ですか? 私はこれ、この通り」


 現れるのは赤くなってすらいない少女の、輝くような頬だ。

 エーラが椅子の上で恐怖に身を仰け反らせた。


「ひ、ひいっ」

「…………」


 イグナスもまた、もう三度目となるその様子に息を呑んでいた。


「気持ち悪い、女だぜ……」


 自身の力による痛みを堪えながら呟いて、ダイソンは再び座り直してクチナを睨みつける。クチナは泰然とした様子で、その視線を見返していた。


(ここから、どうなるんだろう……)


 ダイソンがクチナを見ている限りは、状況は膠着する。じりじりとした心地が、イグナスの心中を埋めていた。

 彼の心を折っていた暴力――ブルースでも、ダイソンでも、銃ですら――クチナには敵わない。ならば、彼女が。


(あいつらをみんな、やっつけてくれたら――)


 そんなイグナスの思惑とは関わらず、ダイソンは自分の頬がじんじんと熱くなる感触を意識していた。

 ――殴られた痛み。成長し、筋肉を付け、ホランドのグループにいるダイソンには久しく無かった痛みであった。


(いつ以来だ。クソ親父にももう何年も……いや、そうか)


 父親に殴られた痛みと同じだ、とダイソンは気付いた。


「何か、思い出しておられるのですか?」


 クチナの声に、ダイソンがはっと顔を上げた。目を合わせた彼に、彼女は軽く頭を下げた。


「先ほどは無神経な事を申しました。お詫び致します」

「…………」


 後ろでイグナスの方を見ているエーラが、居心地悪そうに身じろぎする。


「きっと、ダイソンさんは御家族とお仲間を大事にしていらっしゃるのでしょうね。ですから、私に腹をお立てになったのでしょう」

「うるせえ」


 ダイソンは一言で斬り捨てる。しかし、彼の言葉には先ほどまでの勢いが無くなっていた。まるで、クチナの用いた単語が何か、彼の心の柔らかでデリケートな場所に、棘として引っかかったような。


「お母様はどうなさっていますか?」

「だからうる――」

「私の母は、幼い頃にもう死んでしまったもので」


 目を伏せたクチナの言葉で、言いかけた言葉をダイソンは飲み込んだ。代わりに答える。


「……同じだ。死んだよ、とっくにな」

「わ、私のママは……」


 釣られて語り出そうとするエーラを、ダイソンは振り返って止めた。余計な事を言うなと、自分も含めて戒める。


「然様ですか」


 クチナは頷く。言色は、つい先ほど殴られたとは思えないほどに穏やかだ。壁際のイグナスも、彼女の身の上に思わず聞き入っているようだった。


「…………」


 彼も同じなのか、再びダイソンは彼女と視線を合わせる。


「私がこのようなモノですから。お父様は苦労したのだと思いますが……」


 そこで止まる言葉に、ダイソンは誘拐時のクチナの様子を思い出す。

 奇妙な離れの奥に、幾つもの注連縄や鳥居の向こう。寝所には二人の使用人がいた。


「皆様も、戸惑われたでしょう?」


 押し入った時。ブルースが射殺した彼等を、クチナは気の毒そうに、しかしどこか他人事のように眺めていた。


(もしかすりゃ、ありゃあ)


 封印だったのではないか――とダイソンは思う。超常の力を持つクチナという存在を、封じるための。


(実の父親が、ああやって人に見張らせて押し込めて。殴られてこそ無えが――)


 そこまで思考を巡らせたところで。


「…………!」


 ダイソンは、思わずぞっとした。右腕が反射的に動いた。

 ご、と鈍い音が地下室に響く。


「ひっ?」

「ダイソン!?」


 イグナスとエーラが怯えと驚きの声を発する。

 今度のダイソンは、自身の額を殴りつけていた。それで何か、惚としていた思考が晴れる。


「危ねえ……クソ……なんだと?」


 彼は歯を軋らせて呟く。気付いた事実に息が荒くなっている。


(今、俺は何を考えてた? このバケモノ女を)


 などと、同情しかけていた。ついさっき、仲間を次々傷付け殺した女を、だ。自分の信条すら侵されていたその事実に、ダイソンは戦慄する。


「えっ、ええっ? ど、どうしたのダイソン」

「何しやがった、この女!」


 ダイソンの敵意の視線にも、クチナは軽く頭を傾けて、薄く微笑んで見返すのみだ。その様子は彼には「バレた?」と言っているように見えた。


(こいつの視線と声は、なんかヤベえ……!)


 

 彼は急いで周囲を見回す。戸惑うエーラが見えたが、構っていられない。

 これだ、とダイソンはブルースの血で汚れ、端に丸められたシーツを掴む。持っていたナイフで、端を帯状に切り取った。


「動くなよ……!」


 透けないように折りたたんで厚くしたそれを、ダイソンはクチナを目隠しするように回し、縛る。


「なっ、何を」


 イグナスの立ち上がる気配に、ダイソンは素早く指示を飛ばした。


「エーラ! ガキを抑えてろ!」

「うっ、く、うう」

「静かにしててよ……!」


 訳の分からないまま、エーラはイグナスの細い体を掴む。


「んむ……」


 さらにダイソンは、クチナの口にも布を噛ませた。

 一分後。ベッドに座るクチナは、二本の布で目と口を覆われていた。


「ん……ふ……」


 息を漏らす彼女の耳元に、ダイソンが呟く。


「おい、ほどくなよ。そうすりゃ手も縛る。それじゃ不便だし、こっちも面倒だ。いいな?」


 こくり、と。目と口を封じられたクチナは頷いた。


「――これでこっちを見たり、要らねえ口を利いたりもできねえだろ。おいガキ、手前もいちいち騒ぐな。こっちだって痛い目見たくねえんだ。殺しゃしねえよ」

「う……」


 渋々、というように受け入れたイグナスが力を抜き、エーラも安堵の息を吐いて戻る。


「ねえダイソン、これ……」

「この方が面倒がねえ」


 ダイソンはぶっきらぼうに答えて、椅子に座り直す。


「この程度なら傷も出来ねえから、返って来る事もねえみたいだしな」


 説明に、エーラはそうか、と頷く。


「ちょ、ちょっと可哀想な気もするけど……」


 禿頭が左右に振られた。


「そう思うのがもうヤベえんだよ。良く考えろ。こいつはアンディの目を抉って、ブルースの股も抉って半殺しにして、ケリーの脳天撃ち抜いて殺したバケモノなんだぜ」


 改めて状況を説明され、エーラは改めて背筋を冷やす。


「っ、そ――そうだ、よね……」


 俯いて、恐怖を内省するようにもう一度呟く。


「本当に、そうだ……わたし、なんで」


 思い返してぞっとしたように、エーラは自分の頬を両手で包んでいた。

 クチナは既に拘束にも慣れたのか、目と口以外は先刻同様、ベッドに品良く座っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る