1-5『三つの竪琴』で
コルノ店主が教えてくれた時間帯に、僕たちはもう一度酒場『三つの竪琴』を訪れた。辺りはかなり暗くなってきていた。だけど店の明かりは昼のようで、初めて来たときよりも人が増えている。僕らは部屋の隅の方にあるテーブルについた。音楽はまだ始まっていないようだ。
「おい、ファーゴ、リタルダ、何を飲む?」
アージットがすぐに席を立って、飲み物を頼みに行こうとしてくれる。こうやってすぐに動いてくれるところは、アージットの良いところで頼りになる。
「あ、僕はジュースならなんでも」
「私はお茶でいいかな」
「わかった。頼んでくる」
すぐにカウンターの方へと去っていった。リタルダはそんな様子を見て苦笑する。
「アージットって、ほんと真面目よね」
「真面目?」
「だってすごく『
「……そうなのか?」
「自分が引っ張っていかなきゃって、気負ってる感じがするなー」
そういう事なのかな? と僕はいまいち腑に落ちない。そういう点はきっとリタルダの方が分かるのかもしれない。
リタルダは僕らの中で一番年上、そして唯一アークボローから外に出た経験がある人。でも、今回の旅は剣士アージットをリーダーに、と上から言われている。確かに戦いの場面になると、一番動けるのは彼だからそうなるのだろう。軍の上司から命令される情報収集が目的の任務は、新人や経験が浅い人に任されがちだ。とりあえず外に出る経験を、ということなんだろう。
「ほら、村で取れた木の実のジュースだってさ。リタルダはお茶だったな」
「ありがとう。アージットは何にしたんだ?」
「俺もジュースにした」
と、アージットは、僕の目の前に置いた濃いピンク色の飲み物と同じものを自分の前に置いた。僕らはとりあえずテーブルで静かに乾杯をした。ジュースは酸味と甘みのバランスが最高で、すっきりと飲みやすい。それから僕らは夕食を頼むことにした。これもまた、アージットが注文を取りに行ってくれた。食事はアークボローのものとは違って、幾分素朴に見える。酒や香辛料に漬けてオーブンで焼かれた肉、その横に添えてあるのは豆や根菜、それからパンだ。肉にはこげ茶色のソースをたっぷりかけて食べる。素材がいいからそれだけで美味しく食べられた。
そこへ楽器を背負ったヴィオさんがやってきた。ヴィオさんはそれぞれのテーブルに声をかけて挨拶をしている。どうやらこの酒場のほとんどが村の常連のようだった。旅人は僕らを含めてわずか二、三組といったところ。ヴィオさんは僕たちを見つけて笑顔で近寄ってきた。
「こんばんは! 今日は楽しんでいってよ……って」
ヴィオさんは言いかけて、いきなり真顔になる。
「おいおいーこんな日に酒を飲まないって何考えてるんだ? 飲める年齢だろー?」
「え……でも」
「しょうがない、俺が一杯奢ってやるよ」
リズムをとって不思議なステップを踏みながらカウンターへと行ってしまう。そしてコルノ店主に何か話すと、店主がこちらを見てニヤリと笑った。お酒を飲む気は無かったのにな。
「ほーら、これぐらいならいいだろ? 君たちが飲んでいる木の実、紫すぐりのお酒だ。なぁに、そこまで強くない。ちょっと楽しくなれるだけだよ!」
と、三つのカップを机の上に置いていった。私も飲むの?とリタルダが困っている。
「ちょっとずつやんなよ! 夜は長いから!」
呆気にとられている僕たちを置いて、ヴィオさんは酒場の真ん中にある机まで来た。誰も席についていないテーブルに、楽器を降ろす。酒場はそんな様子を気にかけることなく、ワイワイと会話が弾んでいた。
「な、なぁ……これ」
「飲むしかないんじゃないか? 強くないって言ってたし」
「あ、結構美味しい」
「もう飲んだのかリタルダ!」
アージットの戸惑う声にリタルダは笑顔で頷く。それを見てアージットが意を決したように一口飲んでみる。彼はそこまで酒が得意じゃない。僕だってそんなに飲む機会が無いから得意じゃないけど。仕方がないから僕も味見する。
うん。ジュースとそう変わらない。アージットも同じ感想のようだった。僕たちは顔を見合わせた。そこに弦楽器の旋律がさりげなく入ってくる。それでついつい、真面目な顔を止めてしまった。
「まぁ……今日ぐらいは」
「だね」
「飲み過ぎなければいいんじゃない?」
ヴィオさんがこちらをみて笑った気がした。ヴィオさんは楽器を肩に担ぎ、弓を小刻みに動かしてさりげない音楽を奏でている。それに真剣に耳を傾けている客はほとんどいない。僕らもそれを聞きながら食事に集中した。なぜか食べ物を口に運ぶ速度が上がり、奢ってもらったお酒も進んでいく。
しばらくしてから、ヴィオさんの座っている椅子の横に、もう一人大柄な男がやってきた。ヴィオさんよりは年上だろうか。髪の毛には白いものがかなり混じっている。手には大柄な男には似つかわしくない細くて短い笛を持っていた。男は机に自分のカップを置くと、笛をおもむろに構え、息を吹き込み始めた。高くて澄んだ音が酒場に響く。ヴィオさんは相変わらず楽しそうに楽器を鳴らしている。
気がつけばその笛の音色とヴィオさんの音が絶妙に絡み合って存在感が増していっていた。客達の目も段々と彼らに向けられてくることが多くなっている。音楽が自然と僕らの注意を引いていっていた。
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