転生。
てて
第1話 転生した。
……う、うーん、まぶしい。
……まだ眠いのに……カーテン、閉め忘れたか。
気持ちの良い眠りを邪魔され、イラ立ちながら目を開けると、いつもの天井ではなく青空が広がっている。
……えっ? はっ? なんで外!?
体を起こして辺りを見回しても、いつもなら見えるはずの、集めるつもりも無かったのにいつのまにか壁一面を占拠している漫画本や、一日平均6時間以上というハードなプレイにいつも付き合ってくれているゲーム機たち、そういった我が家のいつものメンバーどころか人工物すら一切見当たらない。
目に映るのは青空と大自然の緑ばかり。
はぁ!? どうなってんだ。
生まれてこのかた40年、屋外で起床したのは初めてだ。
キャンプすら子供の頃に一度だけ。
それがいきなりテントも寝袋も無しで一人っきりの屋外野宿。
どうなってんだよこれ!
意味不明な状況による困惑、混乱のせいで怒りの感情に支配されてしまった。
だめだ、こういう時こそ冷静に。
こんな事になっている原因、対処法なんてものは冷静な思考からしか導き出せないはず。
まず、分かることから一つずつ。
最後の記憶は職場からの帰り道。
そうだ、昨日は水曜日だったからいつも行くスーパーの冷凍食品の特売日なので自炊をしない俺は冷凍のチャーハンやパスタ、それといつも買う割引シールが貼られた弁当の入ったエコバックをぶら下げながら自分のボロアパートまでの道を歩いて帰っていたのは覚えている。
でもそこから先、部屋の鍵を開けた記憶も、アパートに着いた記憶も無い。
で、気が付いたら屋外野宿。
何なんだよ! 意味わかんねぇよ!
いやいや、冷静になるんだろ。
冷静に冷静に。
記憶を辿ってもこの状況を打破出来そうに無い。
次は見えるものからヒントを探すとしよう。
まず目に入るのは大きな山。
本当だったら景色は開けててもいいのにこの山のせいで何も見えない。
ここは谷の中腹なのか地面は山の方角に向けて傾斜しているみたいだ。
周りを見渡すと四方を森に囲まれている。
しかし、山火事でもあった跡なのか、俺の周りの半径50メートルほどだけは木が一本も無く草原になっている。
そして俺が寝ていたのは上面が比較的平らな岩──いや、その前に。
何だこの服!
寝ていた所を確認するため視線を下に向けた俺の目に入ったのは某国民的王道RPGの村人が着てそうな布の服。
こんな服、買った覚えもないぞ!
それ以前に仕事帰りだった俺がこんな服を着ていたはずがない。
よく見るために、服を引っ張っていた手が視界に入ったら服なんかよりも、もっととんでもないことに気が付いた。
俺は急いでズボンを下ろし確認する。
「……毛が無い。若返ってる?」
えっ? 何これ? ドッキリ?
いやいや、若返らせるドッキリってどんなんだよ!
そんなことできるんなら奥様連中が殺到するわ!
ありえねぇだろ!
ビックリしすぎて一人ツッコミしてしまった。
いやいやいや、冷静になるんじゃなかったか、俺。
冷静になるんだ冷静に。
冷静冷静。
「冷静になんか、なれるかぁ!!!!」
ふう。叫んだら少し落ち着いた。
えーと、分かることから一つずつだったよな。
服に関しては若返ったことと比べたらどうだっていい。
ここまで若返るなんて現代の科学では絶対に不可能。
もともとオカルト的な事は全く信じてないので仮想現実を疑ってみるがVRだってVRゴーグルを付けなければいけないんだけど、顔を触ってみても普通に顔に触れるからVRってことはありえない。
フルダイブ型なんてのはまだ空想の産物でしかないし。
空想の産物?
フム、見知らぬところで目覚めて、中世っぽい服、そして若返り。
肌の色もなんか微妙に日本人ぽくない気がするし。
これはまさか、最近流行りの……
いやいやいやいや、ありえないよ?
うん、わかってるわかってる。
でも、コレならこの状況を説明できる。
ありえないのはわかってる、わかってるんだけど、まぁ、一応ね。
「ステータスオープン」
まあまあ、ありえないってのはわかってたこと。
うんうん。
山ん中で一人っきりなんだから恥ずかしくなんてない。
本当だ。うん。恥ずかしくない。
とりあえずズボンを履くか。
そう、山の中に一人きりなんだ。
なんでこんなことになってるのかなんて関係ない。
水も食料もテントだって無いんだ。
このままここにいたら、多分、俺は死ぬ。
なんとかここを脱出して人里に出なくちゃならない。
景色があまり見えないなんて言ってられない、何かないか。
太陽は……見えない。
見えているのは木、木、木、木、木?
あれっ? 角度的に少ししか見えないが向かいの山の陰の部分の森の中に線状に木が薄いところがある。
崖か谷? それとも川? まさか道?
崖や谷だったらなんの意味もないが、川ならばいつかは人里の近くに出る可能性が高いし、道なら人がいるところにまでつながっているのは確実だろう。
ほかには何も無さそうだ。
行ってみるか。
森に入って3~4時間は経っただろうか。
ここまでの道中は、木の根に足を引っ掛けて転ぶわ、ナイフや手袋も無しに藪を突っ切ることになって傷だらけになるわで散々だったが、ようやくさっき見た場所に着いたみたいだ。
川だった。
1メートルほど下の谷底に清流が流れている。
ここまで来るのに費やした労力を考えると、もしここまで来て崖や谷だったら憤死しているところだったので川で本当によかった。
さて、川上と川下どちらが人里に近いのかわからない。
が、ここまでずっと山を下りてきたのもあって、これから登る気にはならない。
川下に向かって歩こう。
歩いていってすぐ、川に丸太橋が架けられていた。
うおおおぉぉぉ! 橋だよ橋!! 細いしボロいが自然に出来た物じゃない!!! カ・ク・ジ・ツに人が作った物だ!!!!
悲しいわけではないのになぜか涙が出てきて止まらない。
最後に泣いたのなんて何年前なのか思い出せないぐらいなのに。
精神が肉体年齢に引っ張られたのか?
いい加減、涙も止まったのでこれから先のことを考えなければならない。
ここに橋があるってことは、わざわざこの場所に橋を架ける程度には人通りがあるはずだ。
橋からは道がある。
細い道で、獣道に毛が生えたようなものだが道は道だ。
もう道なき道を進む必要は無いんだ。
あれっ? また涙が……。
泣きながらも、山を下りる方向の道を進む。
橋からさらに2~3時間、空は赤く染まりつつあった。
このまま夜になった場合のことを思うと心が重い。
空腹と疲れを抱えながらも道を歩いていくと遠くに街が見えてきた。
走ると足がもつれた。
だが、転んだって構わない。
もうすぐそこに人がいるはずだ。
それは街というより砦だった。
高く聳える石積みの壁。
兵士が守る大きな門は俺を拒むように閉ざされている。
壁の上に立つ塔からは、兵士がこちらを睨む姿が見える。
あれっ?
なにこの厳戒態勢?
逃げようかな。
いや、逃げようとしたところですでにこちらを見られてるのでもう無理だ。
あの兵士達、どう見ても日本人には見えない。
それになんで鎧なんて着てるんだ?
えっ?
ってことはやっぱりもしかして?
いやいや、外国人なんてめずらしくないし青や赤のカラフルな髪色だって染めてる人はいるだろう。
でも鎧?
鎧なんて今時コスプレや歴史イベント以外で着ることなんて無いだろう。
ってことはつまり、この砦がイベント会場じゃないとすると……。
「おい! そこで何をやっている!」
声に目を向けると若い兵士が剣に手を掛けながらこちらを睨んでいる。
おぉ! 謎言語なのに何故か分かる。
しかも、この感じなら聞き取りだけじゃなく喋る方もいけそう。
バイリンガルってこんな感じなんだぁ。
やばいやばい、そんな事考えてる場合じゃない、兵士はじりじりと距離を詰めてきている。
どうしたらいいんだ。
「なーにやっておるんだ、丸腰の子供ではないか」
ほかの兵士とは違う鎧を着て口髭を生やした中年の兵士らしき人が若い兵士を制止し、俺に笑顔を向けてながら近づいてきた。
「君、別に取って食おうというわけではないから、こちらに来て話を聴かせてくれないか?」
いやいや、笑顔が厳つ過ぎて、鬼が取って食おうとしてるようにしか見えねえぞ。
やっぱり逃げたほうがよかったか?
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