第3話 自営業やるなら最初の客が超重要

 声の主は、大きなローブマントとマスクで顔がよく見えないけど、声の質から子どものようだ。


「え、まだ、だけど、場合によっては受けるよ」

「マリーさんからきいてやって来ました。土細工を作って、お店をやるって。作ってもらいたいものがあるんですが」

 

「ああそういうこと。まあ大掛かりなものでなければ、作らせてもらうよ」

「では、植木鉢をひとつお願いします。サイズはこのくらいで」


 差し出されたのは、直径25センチほどの植木鉢の設計図。厚みまで描き込まれた原寸大スケッチだった。


「へえ、よくかけてるね。と、とにかく入って」

 子ども相手に緊張してしまう。


 それもそうだ。初めて招き入れる客なんだから。

 家の入口は広い土間のような構造で、奥の台所まで続いている。

 その手前に並べた椅子に案内すると――


「うわああっ!?」

 悲鳴が上がった。

 そこにいたのは、ハニワ。


 割れた欠片をつなぎ合わせて、開閉式のハニワ――ルルドナ専用ベッドに仕立てておいたのだ。


 のぞき込めば、ハニワの中でルルドナが眠っている。だが一見すると、“寝そべるハニワ”だ。

 

 それを見て、思わず悲鳴を上げたのだ。

 たしかに初めてハニワを見ると驚くかもしれない。

 

「だだ、大丈夫、大丈夫。安心して。無害だよ」

 初作品を見られた恥ずかしさもあって、しどろもどろになる。


「あんな不気味なゴーレムは初めて見ました」

「いや、ゴーレムじゃなくて……ハニワだよ。今は置物みたいなものかな」


「ハニワ? 置物? ……怖くないんですか?」

「うん。とにかく安全だから安心して」


 ハニワの上からぽんぽんと叩く。反応はない。まだ眠っているようだ。強制的に眠ってしまうと言ってたし、悲鳴で起きなくてよかった。


「そうですか。……じゃあ、とにかく形だけでもお願いします! どのくらいでできますか?」

「そんなに急ぎ?」


「はい……実は、おじいちゃんの盆栽の鉢を割ってしまって……」

「国民的アニメの男の子がやりがちなやつね」

「……え?」

「いや、なんでもないよ」


「とにかく手伝いますので、早く作ってください! 今日の町内会の会合、夜の9時までなんです! それまでに仕上げないと、絶対バレます!」


 そう言って、小さな客はフードを取る。

「……!」


 現れた顔は、……レンガでできていた。

「ゴーレム……だったんだ」

「はい。ミニゴーレムです。体は小さいですが、力仕事はできます。ちょっと体力はないですけど」

「じゃあ、俺が土をこねて焼くから……薪集め、頼める?」


 正直、俺が今までやったのは家庭用オーブンで焼くやつだけだ。でも、ドキュメンタリー番組で見たことがある。


  火で包み込むように焼けば、縄文土器みたいにいける……はずだ。

「はいっ!」

 ゴーレムくんは勢いよく飛び出していった。


 種族が違っても、子どもパワーはどこでも同じだな。

「さて、急いで作らなきゃ」


 負けていられない。残りの土を配合して、一気に練り上げる。

「割れないように、配合……か」


 こういうのは昔から得意だ。手の感覚だけで、何故かうまくいく。

 ろくろはないから、楽焼みたいに手で整える。盆栽好きならきっと気に入ってくれるはず。


***

 数分後。木の板に出来上がった鉢を並べる。気づけば6つも作ってしまっていた。

 まあ、焼いてる間にひび割れるかもしれないし、数は多いほうがいい。

「ただいまー!」


 ゴーレム少年が、山のような木材を抱えて戻ってきた。

「おかえり。じゃあ、外で焼いてみよう」


 作品を板ごと持って外へ出る。すっかり夕焼け空だ。

 見晴らしの良さに浸っていたかったけど、今は依頼優先。


「まず、少し穴を掘ろう。鉢が円形に並ぶくらいの穴で」

「はいっ!」


 彼はまるでショベルカーのように勢いよく掘り始めた。

 あっという間に、深さ20センチ、直径2メートルほどの穴が完成。


「さすがゴーレム……。じゃあ次は、薪を敷き詰めて」

 熱が均等になるように木材を敷き詰め、器を間隔を空けて並べていく。


「え、もう6つもできてたんですか?」

「まあね。急ぎだし、単純な形ならすぐに作れるよ。細部にはこだわれないけどね」


「ひとつだけでよかったんですけど……」

「焼いて割れるかもしれないから、念のためね。6つあると並べやすいし」

「さすがプロですね!」


 ゴーレムくんが目を輝かせてくれる。

「まあね」

 誇らしげに答える。

 今日が初めて”とは言わずに、テレビで見た通りにたきぎをかぶせていく。


 そのとき、気づいた。

「……ん!?」

 なんと、鉢がもう焼き上がっている。


「えっ、これもう完成してる?」

 器を手にとって光にかざす。確かに、焼き上がっているようだ。

「どういうことです?」


 他の鉢もすべて、きれいに焼けていた。

「もしかして、これが俺のチートスキルなのか……?」

「これが……異世界人のチートスキル……!」

 ゴーレム少年が感動したように呟く。


「よかった! 急いで割れたのと交換しに行かないと! お代は、これで!」


 1万ゲル札を取り出す。1万円分。特注は高いけど、最初はこのくらいかも。

「手伝ってくれたし……まけておいてやるよ!」

 俺はマリーさんのマネをして、お得感を演出してみた。


「ありがとうございます! また来ます!」

 うれしそうに返事をし、立ち去ろうとするゴーレム少年。


「ちょっと待って、君の名前は? 俺はクタニ」

「ボクはイゴラ・ゴレム……です」


「素敵な名前だ。よろしくな」

「はいっ! よろしくお願いします!」

 イゴラくんは出来上がった鉢を大切そうに抱え、丘を下っていった。


***

「……誰、あれ?」

 家に戻ったら、寝起きで不機嫌そうなルルドナがぽつりとつぶやいた。

 

 俺を、じと目で睨みながら問い詰めてくる。

「えっと、おはよう?」


「おはよう。……でも、誤魔化しても無駄よ。窓から全部見てたから」

 腕を組み、プイっとそっぽを向く。


「この私というハニワがありながら……あんなレンガの塊にデレるなんて。浮気者」


どっちも土からできているんだから、仲良くすればいいのに。

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