真説『お前がやったんだ』怪談
黒澤 主計
前編:私はどうやら、『怪談』に迷い込んだらしい
笑い声が聞こえる。
子供たちの楽しそうな声。パタパタと軽やかに駆け回る音も響き、今日も辺りは賑やかだった。
レコードは止めてある。昼間の時間はただコーヒーの香りを楽しむのが当店の流儀。
私はとても、エレガントな人間。
いつだって穏やかで、優雅な時間を送っている。
だが、今日は少しだけ様子が違った。
タタタ、とカウンター前にやってくる姿がある。
小さな男の子だった。帽子を被っていて、年齢は小学校の高学年くらい。
彼は無言で、一つの方向を指差していた。
「ふむ」と私は頷いて、彼が示す方に目をやった。
たしかに、少々店内が騒がしい。
窓際のテーブルに、若い男女のカップルが座っている。奥の方にいる男が、険しい形相で向かいにいる女性を睨みつけているところだった。
おやおや、と彼らの姿に目を細める。
どうやら、痴話喧嘩の最中のようだ。
私はいわゆる、『推理名人』。
この喫茶店『エレガント』には、時折人々が悩みを打ち明けに来る。
(妻はもう、私を愛していないんでしょうか)
(見つけて欲しいものがあるんです)
(わたしは、誰かに恨まれていたんでしょうか)
心の中に抱えている、どうしようもない疑問。『WHY』、『WHERE』、『WHO』。彼らが持ち込む『謎』たち。
私は今年で七十歳を迎えた。オールバックにまとめた髪も、今は真っ白になっている。この村に店を構えてから三十年以上、人々の抱える謎を解明してきた。
優雅に。そして軽やかに。
つまり私は、名物マスター。
私に解けない謎など存在しない。彼らの話に耳を傾け、隠された答えを導き出す。
だから今日も、役目をこなそう。
もつれてしまった心の糸を、華麗に解きほぐしてみせましょう。
さすがに今回ばかりは、反省しなければいけないようだ。
私はいつも通り、騒ぎのある場所へと足を運んだ。
「一体、どうなされました?」
声を荒げているカップルに対し、私は静かに微笑みかける。
二人ともまだ若い。男性は三十前後。髪の毛が長く、顔の左半分が前髪で隠されている。女性も大体同じくらいで、ふわふわとした茶色い髪をしていた。
ここからは、きっといつも通り。彼らが悩みを話してくれて、私はそれをサクッと解決。
その、はずだったのだが。
「いえ、実はその」
女性がもごもごと言葉を濁す。
傍に立ち、私はにこやかに続きを待つ。
この段階でどうも、雲行きがおかしくなっていた。
数秒後、彼女はチラリと男の方へ目をやった。
そして私ははっきりと、自分の『失敗』に気づかされた。
「この人が言うんです。『お前がやったんだ!』って」
これは、とても有名な話。
午前零時に、水を張った洗面器を用意する。『刃物』を口にくわえ、その中を覗き込む。
すると、『将来結婚する相手』の顔が見えるという。
その先のオチも、とても有名。
儀式を実行した少女は、驚いて口を開いてしまう。
当然、くわえていた刃物も落下。洗面器の中の顔に直撃する。
数年後、彼女には恋人ができる。彼は前髪で顔の半分を隠しており、なぜかその下を見せてくれない。
そうしてある日、男は『前髪に隠された素顔』を見せてくる。
そこには大きな、刃物で切った傷があった。
男は真っすぐ彼女を指差し、全身に怒りを滲ませる。
『お前がやったんだ!』と。
「私も昔、洗面器で『運命の人』の顔を見ようとして。それで実際に顔が見えました。その時に『刃物』をポロっと落としちゃって」
女性の話は続いていく。
まさか、という想いが強かった。
私は推理名人な喫茶店のマスター。いわゆるミステリーを得意とする者。
だからこの話だって、私の得意ジャンルであって欲しい。
でも、願いは叶わなかった。
「これが、そうやって出来た傷」
彼女の言葉に反応し、男が前髪に手をかける。眉毛から左目にかけて大きな切り傷が出来ているのがあらわになった。
「ふむ」と私は無表情を心がける。
やはり、これは『そういうこと』なのだろう。
つまり私は現在、『怪談』の現場に遭遇している。
たしかに、例の怪談は喫茶店が舞台になっている。そこがクライマックスのワンシーンで、そこで話は終わりになっている。
でも、この場合はどうなるのだろう。
喫茶店のマスターが、のこのこと二人に話しかけてしまった時は。
「なるほど、大体の事情は理解しました」
とりあえず、うまく引き下がろう。今ならまだ、『それは大変ですね』とコーヒーでも出して終わりにできる。
そんな風に、引き際を見定めた時だった。
「マスター。また出番が来ちゃったねえ」
店の隅で、ガタリと椅子を引く音がする。よろよろと歩いてくる姿があった。
「お二人さん。いいところに来たね。この店のマスターは、すごい『推理名人』なんだよ」
頭の禿げあがった老人が、得意そうに目元を緩める。
まずい、と背筋に汗が浮く。
この店の常連客の一人。いつも店の隅に陣取っては、ちびちびとコーヒー一杯で五時間は居座っている奴だ。
年齢は八十歳。この村の数少ない住人で、何かと人に絡んでは長話に巻きこんでくる。
「お二人さん。もつれにもつれた心の糸。マスターに解きほぐしてもらいなさい」
慣れ慣れしい態度で、老人はカップルに笑いかけた。
やめろ、と心の中で叫んだ。
自慢ではないが、私の推理は連戦連勝。解けなかった謎は存在しない。
でも、超常現象は専門外だ。
「さあマスター。謎解きタイムの始まりだね」
私は逃げ道を失った。
数秒前までなら、『さしでがましい真似を』と頭を下げ、引っ込むことも出来た。
「まずは詳細に、マスターに話を聞かせなさい。マスターはこれまで一切の負けなし。どんな謎だって解決してきた人だからね」
老人が激しく煽ってくる。
おのれ、と私は内心で毒づく。
「ふむ」と、どうにかお茶を濁そうと私は男の顔を見る。まだ前髪に手をやっており、細く整えられた眉と、額周辺の小さな切り傷が見える。
そして、左目の脇にある大きな古傷。
「謎、なんですか? これって」
女性が不安そうに私を見る。
たしかに、そこは疑問ですよね。
「でも、悩んでるんでしょ? マスターだったら、とにかくなんでも解決しちゃうから。だから、大船に乗った気で任せなよ」
老人がヘラヘラと笑う。
とりあえず、お前は黙ってろ。
「まずは、お話を詳しく伺いましょう」
とにかく、やるしかないか。
恋人同士のいさかいなら、前に何度も仲裁したことがある。
「今の話で、気になる点がありました。その点を確認したいのですが」
別に違和感なんかない。でも、どこかに切り口はないか。
「あなたは言ったそうですね。『お前がやったんだ』と。その意味について、お聞かせ願えませんか?」
そうだ、と一つ閃いた。
私は今、『怪談』の現場に巻き込まれている。
怪談と言えば『ツッコミどころ』の宝庫でもある。そこを的確についてやれば、この状況を切り崩せるかもしれない。
「あなたは、彼女によって顔を傷つけられた。そして、それをずっと隠しながら過ごしてきた」
「まあ、そうなりますね」
「ちなみに、交際期間はどのくらい?」
「今日で、大体二ヶ月ってところです」
ふむふむ、と私は噛み砕く素振りを見せる。
「今日まであなたは、『どんな気持ち』で彼女と接してきたのですか? 交際して二ヶ月、ずっと彼女を恨んでいたのですか?」
どうだ、と誇らしい気持ちになる。
憎いなら、会った数日後にでも『お前がやったんだ』を言えばいい。それを二ヶ月も黙っていた。
そこが間違いなく、この問題の『弱点』となるはず。
「つまり、愛していたんでしょう? 彼女を見て、『運命の人』だと感じた」
これで、問題は解決だ。
「いえ、違います」
だが、あっさり首を振られた。
「俺は、ずっとこいつがこの顔に傷をつけた犯人だって疑ってた。だから、それを見極めるためにこの二ヶ月ずっと、こいつの傍に居続けたんだ」
く、と私は喉を鳴らしそうになる。
その可能性があったか。
「でも、それで確認してどうするつもりだったのですか?」
「それは、わかりません。ただ知りたかったんです。なんで、俺の顔にはこんな傷ができるようになったのか」
ますます、怪談的な雰囲気が。
「たしかに見たんですよ。深夜の零時。俺の顔を覗き込む女の子の顔が。その直後にカミソリが落ちてきて、俺は一生消えない傷を負うことになった」
そう言って、男は恋人を睨みつける。
うむむ、と私は眉間に親指を当てる。
ふと、視線を感じた。
窓の方を振り返ると、子供たちが何人も集まってきている。騒ぎを聞きつけたのか、興味深そうに私たちの様子を眺めていた。
男の顔に目を戻す。彼も窓の方を見て、ブルリと身を震わせていた。
どうすればいい、と私は自問自答する。
私は推理名人で、どんな難問でも解決してきた。
いわば、ミステリーの世界の登場人物。
私はどうしたら、この『怪談』から抜け出せる。
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