The Brass Heart(真鍮の心臓)
豊田自働筆機
第1話 心臓が刻む代償(1/2)
カイロ — 1889年
バザールは、まるでオーバーヒートした蒸気機関のようにざわめいていた。
ザフラ・ハリルは商人や機械工の群れを縫うように歩き、ブーツの下で砂粒と落ちた歯車が砕ける音がした。頭上では、ほつれた帆布の天幕が熱風にはためき、蒸気仕掛けの扇風機や、真鍮の鳥かごに閉じ込められた銅の羽根を持つ甲虫を売る屋台の上に影を落としていた。
空気は燃える石炭とローズウォーターの香りに満ちていた。そのむせかえるような甘さが、彼女の痛んでいる頭をさらにズキズキと刺す。
彼女はスカーフを整え、チュニックの下で微かに鳴るカチカチカチという音を隠していることを確かめた。それは彼女の鼓動、あるいは――心臓だったものの音。
「
猫背の薬剤師が手招きした。彼の屋台には青く光る結晶が詰まった小瓶が散らばっている。ルミナイト――それを見た瞬間、ザフラの鼓動が一瞬、止まった。
「運が欲しい顔をしとるな」
薬剤師はにやりと笑いながら、脈動する粉末を閉じ込めたペンダントをぶら下げた。「美しい瞳に免じて半額でどうだ?」
「解熱薬を」
ザフラは短く言い放った。昨夜、父の咳はさらに湿り、荒くなっていた。ベッドの下に隠された血の染みた布――彼女は、それを見てしまっていた。
薬剤師の笑みが消えた。カウンター越しに身を乗り出し、リコリスと機械油が入り混じった息を吐く。「その薬なら、銀貨が要るぞ。もしくは……」彼の視線がスカーフに落ちる。「もっと光るものでもいい」
ザフラの手が反射的に胸を抑えた。心臓の歯車が跳ね、警告するように刺すような痛みを発した。彼女の手元に残るルミナイトは、あと一つだけ――それを失えば、次はない。
「
ザフラはルミナイトをカウンターに叩きつけた。それは淡く光り、まるで月のかけらを閉じ込めたように輝いた。薬剤師の目が、大きく見開かれた。
「……盗んだのか?」
「母が採掘したのよ」
ザフラは嘘をついた。彼女の母は、かつてルミナイトを掘り出していた――イギリスの規制が入る前、事故が相次ぐ前、そして咳の病が母を奪う前に。
薬剤師は結晶を掴み取り、太陽にかざした。「シナイ産か。最近じゃ貴重だな」
彼は小さな琥珀色の瓶をザフラの手のひらに落とした。「俺が呪われないよう祈ってくれよ」
彼女が言い返すよりも早く、耳をつんざくような機械の轟音が響き渡った。
群衆が凍りついた。
影がバザールを覆い、ゆっくりと這う――イギリス軍の機動戦車だ。その鉄の巨体からは無数のパイプとピストンが突き出し、蒸気を吐いている。赤い軍服の兵士たちが後ろに続き、肩にライフルを担いでいた。銃剣はまるで時計の鍵のようにねじれており、太陽の下で不吉に輝いていた。
「女王陛下の命により!」
将校の声が真鍮のメガホンを通して響いた。
「シナイのルミナイト鉱山は王室の保護下に置かれた! すべての採掘許可は無効となる!」
バザールが爆発したかのように、騒ぎが広がる。
ナツメヤシ売りが腐ったイチジクを投げつけた。
「泥棒どもめ! 俺たちの鉱山を奪う気か!」
ザフラは薬瓶をサチェルに押し込み、すぐさま駆け出した。
心臓が激しく鳴り、歯車が肋骨の内側できしんだ。
裏路地へと飛び込み、洗濯物を叩くオートマトンをすり抜け、盗んだバルブ部品を売る子どもたちの間を駆け抜ける。
父は、彼女が残した場所にいた。
墜落した飛行船エンジンの錆びた外殻にもたれ、ケフィーヤの下で灰色の顔をしていた。
「
湿った、喉を引き裂くような咳が、父の身体を揺らした。
「群衆の中を…お前が歩くのは危険すぎる……」
「飲んで」
ザフラは薬瓶を父の手に押し付けた。
父の指は震え、長年のボイラー修理と歯車の調整で黒く染まっていた。
しかし彼は、瓶を押し戻した。
「イギリスは……ルミナイトを支配する……お前の心臓には—―」
「もっと探すわ」
彼女は言い放った。
嘘つきだ と胸の歯車がささやいた。
銃声が鳴り響いた。
バザールから悲鳴が上がる。
ザフラが振り向こうとしたそのとき、父が彼女の手首を掴んだ。
驚くほど強い力だった。
「〈アル=シッハ〉を探せ……」
父の声はかすれていた。
「お前の母が……残した……」
もう一発、今度はさらに近くで鳴った。
「
父の手が落ちる。
その掌から、一枚の紙切れが滑り落ちた。
それは――
嵐の中を飛ぶ、スカラベのような翼を持つ飛行船の炭で描かれたスケッチだった。
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