『呪縛の社』
黒咲すずらん
第1章【浸食】
第1話 『旧道の鳥居』
第1話「旧道の鳥居」
橘悠斗(たちばな ゆうと)は、その夜、いつもと違う道を歩いていた。
理由はない。帰宅途中、何気なく曲がった角の先に、見覚えのない細道が広がっていた。それはまるで、都市の景色にひっそりと紛れ込んだ異物のようだった。
普段なら気にも留めず通り過ぎていただろう。しかし、その夜は何かに引き寄せられるように、足を踏み入れていた。
道は街灯がまばらで、薄暗い。舗装こそされていたものの、ひび割れたアスファルトの隙間から雑草が伸び、どこか荒れ果てた雰囲気が漂っている。遠くから、風に揺れる木々のざわめきが聞こえた。
(こんな道、あったか……?)
この町に住んで五年になるが、こんな旧道があるとは知らなかった。
少し進むと、辺りの建物が途切れ、暗い森が広がっていることに気づいた。まるで、都市の一角だけがぽっかりと時代に取り残されたような光景だった。
そして、視界の先にそれは現れた。
「……鳥居?」
赤黒く変色した鳥居が、森の入り口にぽつんと立っていた。
古びたそれは、長い年月を経て朽ちかけている。朱塗りだったはずの表面はほとんど剥がれ、黒ずんだ木肌が露出していた。両脇の柱には、何かを引っ掻いたような無数の傷跡が残っている。
鳥居の奥には、薄暗い石段が続いていた。
(……神社?)
こんな場所に神社があったとは知らなかった。だが、それ以上に気になったのは、この場所が 「忘れ去られた何か」 のような雰囲気をまとっていたことだった。
悠斗は無意識にスマホを取り出し、地図アプリを開いた。
——そこには何も表示されていなかった。
普通なら、神社の名前くらいは出てくるはずだ。だが、画面には森と空白の敷地が広がるだけだった。
背筋にじわりと冷たいものが走る。
(なんだ、この場所……)
その時——
「ぬちょ」
足元で 何かが潰れるような音 がした。
悠斗は反射的に飛び退いた。
暗がりを見下ろすと、そこには 黒い泥のようなもの が広がっていた。
どろりとしたそれは、月明かりに照らされながら、ゆっくりと蠢いている。
そして——
——じろり。
悠斗は "視線" を感じた。
黒い泥の中から 無数の眼球 が現れ、ぎょろりと彼を見上げていた。
それはただの偶然ではない。確実に、明確に、"見られている" と感じた。
———ぞぼぼぼぼぼぼぼ……
粘ついた不快な音を立てながら、泥の塊はゆっくりと鳥居の奥へと這いずっていく。
悠斗の心臓が、異常な速さで脈打っていた。
(な、なんだ……!?)
逃げなければ——そう思った瞬間、
カァァァァン——……
鳥居の奥から、遠く鈍い鐘の音が響いた。
悠斗はその音に、背筋が凍るような感覚を覚えた。
(行かなきゃ……)
気づけば、彼は 一歩踏み出していた 。
いや、違う。何かに 引き寄せられている 。
鳥居をくぐる。
その瞬間——
世界が"ひっくり返った"ような感覚 に襲われた。
悠斗は、息を切らしながらアパートの部屋に戻っていた。
(……なんだったんだ、あれ)
鳥居をくぐった後の記憶が曖昧だった。気がついた時には、彼は元の道に立っていた。
とにかく、今は忘れよう——そう思い、シャワーを浴びようと浴室へ向かう。
しかし、鏡の前で動きを止めた。
「……なに、これ」
首筋に、黒ずんだ痕 が浮かんでいた。
擦っても落ちない。あざのように皮膚に染みついている。
悪寒が背を走る。
(まさか……あの時の)
だが、それ以上考えたくなかった。
とりあえず湯を浴び、ベッドに潜り込む。
——しかし、その夜。
悠斗は 異様な夢 を見た。
どこまでも黒い闇の中。
その奥から、何かが ずるり、ずるり と這い寄ってくる。
ふと見上げると、天井一面に"眼球"が張り付いていた 。
———じろり。
無数の眼が、悠斗を 覗き込んでいる 。
心臓が凍りついた。
叫ぼうとするが、声が出ない。
次の瞬間——
———ぼたっ。
天井から "それ"が降ってきた。
黒い泥の塊が、悠斗の顔を覆い尽くす。
粘ついた冷たい感触。
鼻と口を塞がれ、息ができない。
もがき、抵抗しようとするが、身体が動かない。
(だ……め、だ……)
意識が遠のく——
——そして、悠斗は 飛び起きた。
「っ、は……! はぁ、はぁ……っ」
荒い息を整えながら、周囲を見回す。
部屋の中は、いつもと変わらないはずだった。
しかし、ふと 天井を見上げた瞬間——
そこには、無数の手形が滲んでいた。
悠斗は、凍りついた。
———この夜から、彼の"侵食"は始まったのだった。
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