第9話
校長先生が声明を出した後、学内で明らかな変化が起きた。
生徒たちの間で、自ら魔導書を読み解き、新たな魔法を生み出そうという機運が高まったのである。
新たな魔法の開発の方法は大きく分けて三つある。
ひとつは中央図書館にある魔導書にあたることだ。
王立魔法学校には巨大な図書館があり、数十万冊の本が収蔵されている。古い魔導書には、当時役に立たないとされていた魔法が記されていることがある。その魔法が現代になって、再発見されるということが稀にある。そうした掘り出し物を探す、というアプローチだ。
二つ目は先生の所有している最新の魔導書を借りて読書会を開くというもの。
王立魔法学校の教師たちは、それぞれの分野の魔法のプロフェッショナルである。
魔法はさまざまに細分化されており、各ジャンルに専門家がいる。
そんな最先端の魔法に触れるには、最新の魔導書にあたる必要があるが、それを所有している魔術師はごくわずかで、図書館に入っていないことも多い。
したがって、そうしたものは持っている人から借りたり、その内容を教わるしかない。自分の専攻と同じ専門の先生がいるのなら、その人に話をききにいけばいい、というわけだ。その魔法に少しでもなにか工夫を加えることができれば、そのジャンルの最先端に立つことができる。この方法は手っ取り早く最新の魔法研究ができるので効率が良い、ともいえる。
そして三つ目は、学校内に隠されている秘密の魔導書を探すことである。
王立魔法学校には《空間転移の魔法》がかけられている。その魔法は、二つの異なる空間をつなぎあわせる魔法だ。例えば、王立魔法学校にある中央図書館は、王立魔法学校の建物のよりも大きい。小魚の口の中にクジラがいる、というような奇妙な入れ子構造になっているのである。そんなことが可能になるのは、《空間転移の魔法》があるからなのだ。王立魔法学校と中央図書館は異なる場所にある建物だ。その扉が魔法によってつながれているため、学校から直で図書館に移動することが可能なのである。
その魔法は学内のさまざまな扉や通路にかけられている。
特に木造の旧校舎の奥にある廊下は、《迷宮》と呼ばれていて、その奥には無限の空間が広がっているともいわれている。
そして、迷宮の中には《宝物庫》や《隠し部屋》などと呼ばれる部屋がある。そこには、さまざまな魔道具が残されていることがあり、中には現代では手に入らない貴重なものもあるらしく、先日、ジェラール・ゾハが見つけた魔導書も迷宮探索の結果、得られたものだった。迷宮で得られたものは、その生徒が好きに処分していいという不文律があるため、生徒たちは迷宮を探索し、アイテムを探す行為を《トレジャーハント》と呼んでいた。
ただし、迷宮には未知の罠が仕掛けられていたりするので、三つの中では特に危険な方法である。
※
廊下が茜色に染まっている。
長い廊下の窓からは、赤い夕陽が差し込んでいた。まもなく日暮れがやってくる。
生徒会の会議を終えたアイリスが重たい資料を抱えて廊下を歩いていると、窓外にバックパックを背負い、ザイルなどを持った一団が歩いているのがみえた。
「アイリス!」
と、声をかけられた。
メンバーの中にルイスがいた。
「いってくるね」
ルイスは気だるそうにひらひらと手を振る。
「気をつけて」
アイリスは手を振り返した。
いつもどおりルイスは気だるそうである。
けれどアイリスにはわかった。ルイスはいつもより、ちょっとだけテンションが高い。
生徒の間で最近、トレジャーハンティングが流行していた。
きっかけは校内における悪魔召喚と校長の声明である。
迷宮の存在は王立魔法学校の生徒ならば誰でも知っている。
けれど最近は迷宮に足を踏み入れる生徒の数は減っていた。
理由は迷宮の奥では悪魔に遭遇することもあり、命の危険がある、迷宮の中で貴重なアイテムが手に入ることはあるが、それを学内で使うと罰されるようなものばかりで校則違反になるから意味がない……などの怪しい噂が絶えないためだった。そのためひとけのない迷宮は不良の生徒の溜まり場となり、ますます不人気化していた。
そこにきて校長の「おとがめなし」宣言である。
迷宮の中にあるアイテムに、にわかに価値が生まれた。
そのため生徒たちは徒党を組んで、迷宮攻略に乗り出したのであった。
ルイスもそんな、にわかトレジャーハンターのひとりだった。
「王立魔法学校の最奥には、伝説級の魔道具が眠っているという噂なのよ」
休み時間、ルイスはトレジャーハンティングの魅力について語ることが多くなった。
「それって学校七不思議じゃない」
その話は、アイリスも耳にしたことがあった。
昔から学校にある、他愛のない噂話である。
「それがね、その噂、あながち嘘でもなさそうなのよ。ほらみて。これ、Eエリアの開かずの扉を開くための鍵なんだけどね……」
と、ルイスは自らのダンジョン探索の成果について熱く語った。
ルイスがトレジャーハントにハマったのは、最近仲良くしている後輩の子の影響らしい。ルイスは後輩の子と一緒に攻略最前線を張るチームのメンバーになっている。
退屈――その言葉が口癖だったルイス。彼女に夢中になれるものが見つかって良かったと思う反面、アイリスは少しばかり寂しさを感じてもいた。
なんだか自分が置いていかれたような。
そんな気がするのだった。
アイリスは変わらない日々を送っていた。朝早く学校へ行き、魔道書を読み、講義を受け、遅くまで勉強をする。時々、クラス委員として生徒会活動をすることもあるけれど、基本的には学校と寮の往復の日々だ。
――これでいいんだ。
アイリスは自分に言い聞かせる。
――きみは自分を隠さなければならない。
おじいさまの言葉は絶対で、それを破ればどうなるか、アイリス自身、よくわかっていたから。
転校生の監視を任されてもいたが、その任務はすぐに滞った。転校生は転校三日目にして、講義室にこなくなった。
実習を除いて、王立魔法学校の講義は出席を取らない。学期末の試験で必要な点数を取ることだけが単位取得の条件だ。ただし試験はかなり難しいので、自主学習による卒業はあまり現実的ではない。転校生はよっぽど学力に自信があるのだろうか。あるいはただサボっているだけなのか。この時間、転校生がどこでなにをしているのかも、アイリスは知らない。
「なんだかぜんぶ、中途半端」
アイリスはため息をつく。
廊下の掲示板に古いポスターが張ってあった。
そこには大きな文字で「管理よりも自由を。」と書かれていた。
学校が管理し、生徒は自由を求める。
そんな時代があったというのに、今は逆で、生徒の方が学校側の管理を求めている。
実に皮肉なものだ。
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