狐と狸の化かし合い

「逃げるのは性に合わないゆえ、余は襲ってくる者全員を返り討ちにしようと思う。」


「全員を返り討ちって……こっちはボスを入れても六人しかいないぞ!?あっ、最初から戦力を持っていると言ったな、その戦力は?」

 会場特定の報酬をもらってから、ウイルヘルムのことを「ボス」と呼ぶレオン。

「余以外に後二人。余の言語教師たちだ。」

「……」


 今更ウイルヘルムの狂気振りを再確認した四人。

 ティージは爆睡している。


「そう心配しなくても良い。その二人は【アサシン】と【シューター】、どちらも上級職の中でも飛び抜けて強力で類稀なクラスだ。」

 ウイルヘルムは説明を付け加えた。


「レオンとタリンゴスの転職が間に合う可能性が低いので、こちらの戦力は特殊クラスのスリハンを含む初期職三人と、上級職四人に加え規格外のウイルヘルムさんということですね。想定される敵対勢力の戦力は?」

 ポマニは腕を組んだままウイルヘルムに聞いた。


「参会の者、総じて六名。各々が其の背後に控える組織の名代として参加している。ただし、『サードアイ』を除く組織は皆、隠れ蓑である傀儡組織の仮面を被り、代表者も仮の名を名乗っている。狐と狸の化かし合い如き様相だ。」

 ウイルヘルムは資料を真新しいテーブルの上に広げた。

 ヴァイス家の徹底した調査の前では、偽名も傀儡組織も無駄な努力でしかなく、背後にいる組織は完全に把握されている。

「この大会は単なる金儲けの場ではない。諸勢力が私財を守ろうと、兵を引き連れてくるのは、道理というもの。」

「で、俺たちの後ろ盾は?」レオンが退屈そうに椅子の背にもたれかかる。

「ヴァイス家――正確には、『シュヴァルツファミリー』名義での参加となる。」

 ウイルヘルムの答えを聞いて、ポマニは『シュヴァルツファミリー』に関する記憶を辿る。

 闇金の運営組織だったシュヴァルツファミリーは、近年経営が傾き、どこかの貴族の傘下に組み込まれたと聞いている。その貴族がヴァイス家だというわけだ。

「つまり、形の上ではシュヴァルツファミリーの代表者として参加するわけですね」ポマニが確認するように言う。

 ウイルヘルムが軽く笑みを浮かべた。

「然り。ゆえに、ヴァイス家からの支援は余の護衛二人のみとなっている。」

「もらう側が言うのもなんだが、億単位の金を出すなら俺らより戦闘のエキスパートを雇った方がコスパいいじゃないか?」

 スリハンはマホガニーの感触を楽しみながら疑問を口にした。

「余にとってうぬらのようなどことも繋がらぬ根無し草は都合良い。それに人員を差し向けられない分、物資と武器は惜しみなく投入するゆえ、心配無用だ。」

 ウイルヘルムから見れば、傭兵などを雇えばヴァイス家の参与がバレる恐れがあるから、レオンたちのようなストリートチルドレンの方が安全だ。

「話を戻すが、まずはシュヴァルツファミリーに次いで戦力の乏しき勢力……『ロゴス社』についてだ。」

 テーブルの上の紙に描かれたロゴス社の商標を指で弾きながら、ウイルヘルムが言う。ヨハネスから受け取った報告と、会場特定の際に現れた他勢力の動き――それらを総合して得られた戦力評価を整理して作成した資料だ。

「表向きは商社と嘯いているが、実のところ詐欺師の一味」ウイルヘルムが説明する。「この大会も、彼らにとっては盗品の処理場に過ぎない。」

「詐欺師ねぇ……つまり戦うより逃げるほうが得意ってわけか」レオンが鼻を鳴らす。

「然り。他の勢力とは異なり、奴らの戦力は敵を討つためではなく、己が身を守るために備えたもの」とウイルヘルムが評定する。

「人数が少ないならその分動きは速いぜ。ゲーム終了後、俺たちに次いで早く会場に現れ、代表を保護する可能性が高いな」とレオンがリーダーらしく敵の動きを予想してみた。

「ふぅん……つまり、あまり気にしなくていいってことか?」スリハンが腕を組んで言う。

「それは大会の成り行き次第だ。少なくとも厄介な相手ではない。」

 とりあえず、警戒すべき相手は別にいる。
「次に、『アイアンヘッズ』……という隠れ蓑を被った盗賊団『鉄骨衆』」

「『鉄骨衆』?バリバリの武闘派じゃんか。」と心配そうに尋ねるタリンゴス。

「ただし、資金や影響力となると、さほどのものではない」」

 ロゴス社とは逆に、魔石を買いに来た組織。武装強化のために必要なだけの魔石を確保するのが目的だ。

「予想される戦力は、大会に出席する代表を含め、天罡星の頭領三名、地煞星の頭目八名、賊兵四十名ほど。」

「……ってそれだけでもこっちの手に負えない相手じゃんか!?」

 タリンゴスがパッと椅子から立ち上がる。

「はっきり言えば、知略に欠けた連中だ。この手の駆け引き事では、真っ先に食い物にされるだろう。正面切っての戦いなら侮れないが、こうした謀略の場では、ただの餌同然。多少の損は出ようとも、求める魔石さえ手に入れば、奴らは大人しく引き上げるはずだ。」

 ウイルヘルムはなんともないように肩を竦める。

 ポマニの表情がわずかに曇る。

「もしも買えなかった場合は?」

「目に入る者なら誰彼構わず襲いかかり、奪い尽くすだろう。」

 一瞬、場が静まる。

「おいおい、マジかよ……」タリンゴスが呆れたように頭を掻いた。


「そういうことなら、ウイルヘルムさん、この仕事から抜けさせていただきます。」

 ポマニがきっぱり言った。

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