長く曲がりくねった道

「一つ聞かせてください。なぜ僕たちに仕事を頼もうと思いましたか?他にも使えるやつを探せたでしょうに…」

 ポマニが隠れ家に入ると、すかさず真剣な表情でウイルヘルムに聞いた。

「しかも3000万って、ゴールドリーグのグラディエーターの年俸なんだけど、ボクなんかでいいの?」

 とティージが不安になっている。


 隠れ家に踏み入れたウイルヘルムは少し頬を緩め、ソの国では上座に当たる一番奥の左のボロボロの椅子に腰を落ち着け、少し頬を緩めた。

「そもそも余が単身シュミット通りに向かったのは、襲撃者を引き寄せるためだった」

 四人は目を見開く。

「そりゃまた、物騒な話だな」とスリハンが口を挟む。

「追跡を振り切るように、ケンタクシーを疾駆させ、何度も道を変え、回り道をしたにも拘らず、目的地まで余を追跡出来たのはうぬらのみ」

 ポマニが目を細める。

「つまり、最初からヴァイスさんを追える奴がどれくらいいるか試してたわけですか?」

「然り」

 一行が息を呑む中、ウイルヘルムは椅子の背に手を置いて笑みを深めた。

 ポマニたちは改めて思い返した。確かに、あのときウイルヘルムを狙っていたのは自分たちだけではなかった。彼を追う盗賊やならず者の中には、明らかに自分たちよりも足の速い者もいたし、上級職のスキルを使う者もちらほらいた。しかし――

「お前の尾行対策は、えげつなかったぜ」

 レオンが苦笑いする。

 ケンタクシーの異常な速度に加え、突然の方向転換、急停止、障害物を活かしたルート取り。そこに追いすがるには、ただ速いだけでは駄目だった。一人、また一人と、ウイルヘルムの意地の悪い追跡者撃退策に引っかかり、脱落していった。

 そんな中、最後まで彼を見失わなかったのは――

「スリハンの超感覚と空間把握がなきゃ、即詰んでたな」

 タリンゴスが隣を見る。

「タリンゴスが作った識別用の道具がなかったら、そもそもこっちが正しいルートを選べてたかも怪しいしな」

 スリハンの言葉に、タリンゴスは鼻を鳴らして腕を組む。

「お前の分析がなけりゃ、あの急カーブの後どこに行けばいいか分かりようがなかったしさ」

 レオンがポマニの背中を軽く叩く。

「レオンに標的を見つけるまで走り回れるスタミナがなきゃ、途中でみんな力尽きてたろ」

 とポマニが返す。

 ウイルヘルムは微笑みを絶やさずに、言葉を続ける。

「うぬらの戦闘力は門前払いもいいところだが、その粘り強さはなかなかに見所がある。ゆえに仕事をうぬらに任すと決めた」


 ウイルヘルムの言葉に、四人は互いに顔を見合わせる。

 それは、戦闘ではなく、持ち前の追跡能力を買われたということ。

「門前払いは言い過ぎだろ?さっき一緒にあれだけのアンデッドを倒したじゃねえか?」

 レオンは不満げに反論した。

「ほとんどは余が倒した。途中加入のティージがいなければ、上級職のポマニ込みでも、うぬらは門前払い以外の何物でもない。」

「ボクはそんなに強くはないよ?だって影は攻撃力ないし……」

「グールになる前ならそうかもしれないが、ティージの【クラス】が特殊であるゆえ、アンデッド化で上級職になったと考えて差し支えないだろう。」

 ウイルヘルムがティージの話を遮ってさらに続く。

「現に他の四人のマナがほぼ尽き掛けているのに、ティージだけは最初から最後まで全力で戦えていた。一回【クラス】を鑑定してもらうと良い。」

 ウイルヘルムはティージに向けて手を伸ばした。

「ティージにも使えるかもしれない技を見せよう。滅多に使わない技で制御が拙いゆえ、動くでないぞ……」


 ウイルヘルムの手から、目に見えるほど歪んだ空気が伸びる。その空気が、ティージの脇腹にまで届いた。

「何これ、くすぐったい、キャハハァッ痛っ!」

 くすぐったさで身をよじったティージが、急にウイルヘルムの気に触れた脇腹を抑えてうずくまる。

「だから動くなと言っておいたのに……」

 ウイルヘルムがすかさず椅子から飛び上がってティージの側で着地し、手でその脇腹を抑え、歪んだ気の侵害によって与えられたダメージを、正の気を送り込んで癒す。

「あ、あぁ〜」

 ティージが色っぽい声で呻き、その響きが隠れ家にこだました。

 ポマニが顔を赤らめ、タリンゴスが咳払いし、スリハンが目を逸らす——空気が一瞬、重くなった。

「おい、何気色悪い声出すんだよ?」

 この中で唯一ティージが男装の麗人であることを知らないレオンが目を丸くするも、ポマニのゲンコツが即座にその頭を叩いた。「うるせえ!」と返す声に、レオンが「いてっ!」と頭を抑える。気まずさを振り払うように騒ぎ合い、レオンがポマニに掴みかかって笑いに変えた。その間に、ウイルヘルムがティージに技を説明した。


「これは西域の暗殺技、『剖心殺』。陰の気……マナに闇属性を付与し、物理防御では防げない実体を持たない毒に変化させる技。元々は白兵戦限定の技だが、凄腕の使い手なら数メートル離れた相手にも使える。しかし速度が出ず、遠ければ威力が弱まる。」ウイルヘルムはそこで一息置いてから、ティージの影を霊衡で指して説明を続けた。

「しかし上級職になったティージの影なら速度を落とさず、距離も関係なしに痕跡を残さず敵を殺める技に昇華させられるであろう。唯一の欠点は、『剖心殺』の歪んだマナより影の方が目立つことだな。これからの10日間、この技を影で複製することがティージの仕事。」

「ボクが10日で!?」ティージが目を丸くした。

 そんなティージの戸惑いをよそに、照れ隠しの馬鹿騒ぎが一段落して落ち着いて、タリンゴスが渋い顔で溜息をつく。

「ウイルヘルムから見れば、俺たちの戦闘力は当てにできないことは分かった。で、追跡の能力を活かす依頼ってわけだな?」

「それで良い。うぬらの粘りと機を見る目こそ余の求めるもの」

 ウイルヘルムの言葉に、四人は互いに顔を見合わせる。確かに、ただの徒競走なら他の追跡者たちに勝てなかった。戦闘力ではウイルヘルムの足元にも到底及ばない。それでも、チームとして持ちうる全てを駆使して追跡を成し遂げた。

 ならば――

「やる価値は、ありそうと思う」

 ポマニがそう呟くと、レオンが笑い、スリハンとタリンゴスも頷いた。

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