ヴァイス信託銀行
貨幣制度とマナ本位制
グレンツヴェルト帝国の通貨制度
グレンツヴェルト帝国において広く流通している貨幣「マネ」は、「マナ本位制」に基づく貨幣制度を採用している。この制度の下では、1マネ=1マナの価値を持つと建前上は定められており、通貨の価値が一定量のマナに裏付けられていることが特徴である。
マナ本位制の原則と実態
マナ本位制は、通貨の信用を特定の資源——グレンツヴェルト帝国ではマナ——と結びつけることで安定させることを目的としている。しかし、実際の経済活動においては、貨幣流通量と魔石資源のバランス、魔導産業の発展状況などの要因によって、1マネ=1マナという公式な価値が必ずしも維持されるわけではない。
経済・政策への影響
マナ本位制を採用することで、グレンツヴェルト帝国は魔石資源を国家経済の基盤とし、国際取引や財政政策において一定の安定性を確保している。一方で、魔石の供給量やマナの流通状況に変動が生じた場合、インフレーションやデフレーションが発生しやすいという課題も抱えている。そのため、帝国政府は貨幣制度の維持と経済の安定を図るべく、魔石採掘の管理やマナ流通の規制に力を入れている。
『魔導経済学――貨幣制度と資源流通』より
***
甲板の上で潮風を感じながら、ウイルヘルムは目の前に広がる景色をじっと見つめた。
ミュンツフルト港。
交易の要所として発展し、今や帝国内でも屈指の貿易都市として名を馳せるこの港町は、ウイルヘルムの想像を遥かに超えていた。
まず目に飛び込んできたのは、巨大な船着場だ。河川交通用の船着場と海運用の船着場がそれぞれ分かれており、どちらもとてつもなく広い。大河を遡上する商船や、遥か遠洋から帰港する大型の帆船が並び、荷を満載した
活気。
それが、この港に満ち溢れるエネルギーの正体だった。
岸壁には幾重にも積み上げられた木箱や樽が並び、屈強な港湾労働者たちが掛け声をあげながら荷の積み下ろしに精を出している。商人たちは契約を交わし、計算尺を片手に利ざやを弾く者もいれば、仲買人を介して次々と取引を成立させていく者もいる。
一見すると混沌とした人波と貨物の洪水。だが、よく目を凝らせば、その動きには確かに秩序があった。荷を運ぶ者、管理する者、交渉する者——それぞれが自らの役割を果たしながら、巨大な歯車のように機能している。だからこそ、これだけの物流を滞りなく捌くことができるのだろう。
「……これが、大陸最大の貿易港か。」
無数の人々がせわしなく動き、喧騒が渦巻くその光景を、ウイルヘルムは静かに目で追った。
彼とヴァイス夫人を乗せた船が接岸すると、兵士たちが速やかに動き出した。一部は二人の護衛として同行し、別の者は船乗りたちと協力して荷物を降ろす。港の倉庫へと急ぐ者、軍艦や護衛艦の警備に就く者、それぞれが与えられた任務に従い、港の流れに溶け込むように動き始める。
ヴァイス夫人が優雅な足取りで
街の喧騒が一際賑やかに響く。
石畳の道を埋め尽くすように人が行き交い、馬車が列をなし、道端の屋台からは焼きたてのパンやスパイスの効いた肉の香りが漂っていた。
「こっちよ、ウイル。」
ヴァイス夫人に促され、ウイルヘルムと護衛の者たちは乗り場へと向かう。目の前に待機していたのは――
ケンタクシー。
魔法の改造により人間の上半身と馬の胴体を持つ異形になった存在が、軽量な一人乗りの馬車を引いている。だが、それだけではない。魔族のケンタウロスと違い、その胴体は異様に長い。鞍袋が左右に備え付けられ、まるで商隊の駄馬のようだ。
「普通の馬車で行けば渋滞に巻き込まれるからね。これなら最速で着けるわ。」
夫人が笑みを浮かべると、ケンタウロスの御者――正確には“御者兼馬”が、自分の身に着けられたハーネスを確認しながら短く声をかける。
「ヴァイス信託銀行までですね? 承りやした!」
瞬間、四本の蹄が地を蹴った。
轟っ――!
風が切り裂かれる。一般の馬車がのろのろと進む脇を、ケンタクシーは人混みや荷馬車の合間を縫うように駆け抜けた。ウイルヘルムは背もたれに軽く身を預けながら、街の景色を眺める。
ミュンツフルト――交易と金融の中心地。
通りには無数の屋台が並び、香ばしい焼き菓子や干し果物の山が目を引く。建物の一階部分はほぼ全て店舗で、革製品を売る店や武具工房、帳簿を手に交渉する商人たちがひしめき合っている。
そして――
建物の高さ。
六階建て以上の建築が立ち並ぶ都市のスケールに、ウイルヘルムは一瞬だけ目を細めた。彼のいた辺境では見かけない高層建築だ。通り過ぎる度に、上層階の窓から商人風の男や女たちが忙しなく行き来する姿が見えた。
ケンタクシーが石畳を進む中、窓の外にはエヴィラウフ大河の支流が姿を見せ、運河として新市街の随所に張り巡らされていた。
“経済の城塞”とでも呼ぶべきか――
やがて、街の景色が変わる。喧騒の中にあった活気ある市場が遠のき、代わりに格式ある企業の事務所が目に入るようになった。重厚な石造りの建物が並び、入口には家紋や企業のロゴが掲げられている。途中でタカキコとタカイコの二人は親戚のところへ行くと言い、二人を乗せたケンタクシーが別の方向へ走っていった。
「ここから先は、商売人ではなく“財や政を管理する者”たちの領域よ。」
夫人の言葉通り、店の呼び込みの声は聞こえなくなり、道を行く者たちは慎重な足取りで書類を抱えている者ばかりだった。
そして、目的地が見えた。
ヴァイス信託銀行。
壮麗な大理石の柱が並ぶ玄関。その上に掲げられた紋章には、アバカスの後ろにトウモロコシ——紋章学でヴァイス家の家紋だと学んだ——が刻まれていた。
ケンタクシーが停止する。ウイルヘルムは静かに馬車を降り、目の前の扉を見上げた。
「さて――“試験場”に到着、か。」
彼はそう呟くと、ゆっくりとヴァイス信託銀行の中へと足を踏み入れた。
ヴァイス信託銀行――「大旦那」の出迎え
高級な大理石の床を踏みしめ、ウイルヘルムはヴァイス夫人と共にヴァイス信託銀行のエントランスホールへ足を踏み入れた。
ホールに入るや否や、視線が集まる。
ヴァイス夫人が現れた瞬間、銀行のスタッフたちが一斉に立ち上がり、恭しく頭を下げた。まるで王族を迎えるかのような、洗練された礼儀作法である。その中から、一人の初老の男が素早く歩み寄る。
「これはヴァイス夫人……本日お越しいただき誠に光栄です。」
銀行の係長と思われるその男は、深々と一礼しながら言葉を続ける。
「おや、そちらの方は……?」
「私の息子、ウイルヘルムよ。」
夫人がさらりと紹介すると、係長の顔が一瞬驚きに満ちた後、すぐに恭しく頭を下げる。
「これはこれは……初めまして、ウイルヘルム様。お噂はかねがね――」
「案内は結構よ。ウイル、行くわよ。」
夫人の冷静な言葉を受け、係長は一瞬動きを止めたが、すぐに「承知いたしました」と再び深くお辞儀をする。その背後では、部下たちが目を丸くしながら初めて見る「ヴァイス家の御曹司三男」の姿を見つめていた。
ウイルヘルムは夫人と並んでホールを進み、頭取室のあるフロアへと向かう。
銀行内は格式のある造りで、音を吸収するような高級絨毯が廊下に敷かれている。豪奢な装飾の中に、計算された静寂が漂っていた。
しばらく歩き、やがて目的の扉が見えてくる。
「頭取室」。
重厚な木製のドアが、静かに彼らを待ち受けていた。
ウイルヘルムは、そこから約一メートルの地点でふと足を止めた。
――何かが違う。
周囲の空気。
この世界に充満する荒々しい気が――
一瞬、秩序あるものへと変化する。
それが何を意味するのか察する暇もなく――
――ドアが豪快に開いた。
バァンッ!!!
勢いよく飛び出してきたのは、一人の男だった。
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