ユニーククラス【スキルシーフ】

民明書房刊『秘伝武術大全』より抜粋:「栄枯盛衰」


「人の業を断つために生まれし技、されど己の魂もまた業火に焼かれる」

栄枯盛衰――その名が示す通り、この武技は敵の生命力を奪い取り、自らの力とすることに特化している。だが、その本質は単なる吸収技ではない。

🔹 起源
 この技の歴史は古く、あの古林寺が誕生する前の時代にまで遡る。名もなき修行僧が、「悪しき者の気を吸い取り、悪行を成せぬようにする」という慈悲の心から生み出したものだという。しかし、皮肉なことにその技の根本は、相手の生命力を強制的に奪うという恐るべき禁忌の力であった。

🔹 使用者に訪れる業
 この技を受けた者は、体に異変はない。呼吸も鼓動も正常に続く。だが、精神はそうはいかない。

吸い取られた気は、単なる活力ではなく、生きる意志そのもの。その瞬間、技を受けた者は“死を迎える”のと同じ感覚に襲われる。しかし、それに対する反応は人によって大きく異なる。悪念が消え去り穏やかになる者もいれば、逆に理性を失い凶暴化する者もいる。恐怖に耐えきれず逃げ惑う者、虚無感に包まれ心が壊れていく者——反応が似ることはあっても、同じものは決して存在しない。

だが、恐ろしいのは吸い取られる側だけではない。

栄枯盛衰を使う者は、相手の生命を奪うことで死の恐怖、無念、後悔といった負の感情をもろに受ける。それは生者の心を削る地獄の苦しみ。実際、この技を極めんとした高徳の僧たちも、最終的には発狂し、廃人となったという。

🔹 呪われし伝承
 その後、歴史の中で栄枯盛衰の継承者は現れるたびに同じ末路を辿った。技を使い続けた者は、例外なく精神を病み、やがて自ら命を絶つか、あるいは誰かに討たれる運命にあった。

ただし―― 一人だけ例外がいる。

🔹 「死を喰らいし者」の存在
 かつてソの国に、一人で江湖そのものに歯向かった男がいたという。彼は栄枯盛衰を使い続けながら、百年以上生き、なおかつ正気を保っていたというのだ。

何度も死の恐怖を味わったからこそ、彼は死に囚われなかったのか?
 あるいは―― 最初から狂っていたのか……?

伝承の闇に埋もれたこの謎は、今なお解かれていない。


 ◇◇◇


 大量の魔物を狩りまくって、炎天功で濃縮睡眠を取ったウイルヘルムは、いつものように寝室から出てくると、ベルタが廊下で待っていた。

 彼女はウイルヘルムを見るなり感慨深げに頷いた。

「やはり……坊ちゃまは、神託を受けられたのですね。それとも、古い言い伝えのように、天使様がこの世に託されたのか……」

 母が何を吹き込んだのかは知らないが、どうやらそういうことにされてしまったらしい。生真面目なベルタに疑念を抱かせることはほぼ不可能であり、彼女はすでにその答えを信じきっているようだった。

(まあ、信じているならそれでよかろう)

 今さら否定しても面倒なことになりそうなので、ウイルヘルムは適当に流しつつ、ダイニングホールへ向かった。

 朝食の席では、母が優雅に抹茶を口にしながら、さらりと言った。

「戦闘教学だけれど、これからは別の者にお願いするわ」

「……は?」

 ウイルヘルムはスプーンを置いた。魔物狩猟の余韻を引きずっている頭が、ようやく目を覚ます。

「どういうことですか?」

「単純に、上級職程度ではあなたにとって指導者として不足だからよ」

 確かに、はっきり言って【レンジャー】や【アームストロング】のような上級職からではもはや学ぶべきものはない。しかし、「別の者」とは?

「そいつは、いつ来るんですか?」

「三日後よ。それまでは自主訓練ということで」

 それを聞いて、ウイルヘルムは少し安堵した。自主訓練の時間が確保されるのはありがたい。前世の技の修行に好きなだけ没頭できる。

 しかし——嫌な予感がした。


「ただし、その分、授業の内容は充実させたわ」

(やはりそう来たか……)


「ベルタによる一般教養、礼儀に加え、歴史、政治、それにナンバーセオリーの授業が他の授業の進度次第スタートするわね」

 うんざりする内容だ。ベルタは教え上手だから歴史や政治でも面白いかもしれないが、不合格前提のナンバーセオリーは面倒臭そうだ。

「それに、執事による文学と紋章学の授業も継続よ」

 それだけじゃないだろうとウイルヘルムが思っていると、やはり追加が来た。

「セレナによる音楽、舞踊、精神系スキル対策の授業も加えるわね。あと、ウイルの従姉妹に当たる、私の姪たちによる大襄語とワコク語授業も。」


「うわっ……僕の授業、多すぎ…?」

「当然よ。あなた、昨日の晩餐会でほとんど何もせず、ただお人形のように座っていただけでしょう?」

「何もせず、じゃなくて、招待客に挨拶し続けてたんですよ!?」

「それを『何もせず』と言うのよ、ウイル」

 母はくすくすと笑いながら、抹茶を優雅にすすった。

「“トレーニング”でグローナウ子爵の末子を怪我させたのは、むしろ“余計なことをした”と言えるわね?」

「うっ……」

「三日後、私は再び旅立つわ。各地の貴族に、また外交戦を仕掛けなければいけないもの」

 外交戦という単語に、ウイルヘルムは心の中で手を合わせた。昨日の宴のような策謀をまた繰り広げるのか……まあ、母にとっては日常の一部なのだろう。

「それまでは、思う存分甘えるといいわ」

「誰が甘えるか!」

 思わず突っ込んだが、母はまるで聞いていないかのように微笑んでいた。

(……これから大変になりそうだ)

 ウイルヘルムは、頭を抱えながら朝食を終えたのだった。


 
 次の戦闘教義の先生が三日後に来ると告げられたウイルヘルムは、今のうちにできることを考えた。気功も最低限の基礎は固まり、次に修得すべきは——栄枯盛衰。

 理論上、栄枯盛衰という技には形がなく、技が必要とする気の流れさえ完全に把握すれば習得できる。しかし、それは「ピアノの達人になるには指の動きだけマスターすればいい」と言うのと同じ、無意味なたわごとだ。実際には、ただ流れを知るだけでなく、それを精密に制御し、戦闘の最中でも自在に扱えるようにならねばならない。

 自主訓練の時間、ウイルヘルムは異常な速度で気を体内に巡らせ続けた。実戦で即座に使えるほどスムーズに気を回し、その感覚を取り戻す——いや、かつての限界を超え、より高みへと至るために。

 授業の時間も、それは続いた。

 特に、つまらない執事の授業の間は、バレない程度に気を回し続けた。実際、紋章学の話を延々と聞かされながらも、ウイルヘルムの気は着実に研ぎ澄まされていく。

 そして三日後。

 母は、最後にウイルヘルムの頬に軽く触れ、淡々と言い残した。

「次に会うのは三ヶ月後ぐらいかしらね」

 四歳児の母とは思えぬ発言を残し、彼女は何事もないかのように出発した。


 ***


 母が城を発ってすぐ、その穴を埋めるように、二十人のグランド・サーキットの団員たちが城の訓練場へと入ってきた。

 彼らの中心には、一人の男がいた。

 その男の手には頑丈な手枷、首には重々しい鎖に繋がれた首輪。両腕を拘束されたまま、それでもスラリとした長身を真っ直ぐ伸ばしている。

 顔つきは、戦士というより哲学者のようだった。鋭利な知性を感じさせる額と整った顔立ち、書物に親しんできた学者のような雰囲気——しかし、それが男の全てではなかった。

 彼の細い目が、周囲を見渡すたびに危険な光を放っている。まるで捕らわれた獣が、いつ牙を剥くかを考えているかのように。

「この男は死囚であります。本名不明なため、クラスである【スキルシーフ】を呼称とします。」

 護送を担当した、グランド・サーキット第十四小隊・第五班の班長が告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る