階段下のロケット・女子寮内の秘密の小部屋と寮母ご飯

南 伽耶子

昨日に向かって撃て

「100円で5発ね。がんばれよねーちゃん」

赤い布が引かれた長机に、模造ライフルがずらりと並んでいる。

あたしはその一丁を手に取った。

紅や黄色のご祭灯が家々の屋根や街路樹、そこかしこに温かい明りをともして下がり、昼日中によく通る町内の神社の参道が、同じ場所とは思えない怪しい夜店街に変容している。

今夜は年に一度の、街の総鎮守の夏の例大祭。

高校生になっても祭りに心躍るのはみんな一緒だ。

境内では松明が燃え、御籤や引き札、縁起物の市が立っている。

鳥居の外側には、今あたしが構えている射的屋やおもちゃ、パインアメ、綿菓子の屋台がびっしりと並び、どこに行っても知った顔のご近所の人たちが笑いさざめいている。

なのにあたしは目を吊り上げて浴衣の袖を肘までまくり、的屋のおじちゃんにドン引かれるくらいの迫力で銃を構えている。


肩の力を抜き、足を肩の幅に広げてぐっと腰を落とせ。

「おねーちゃん、せっかくの浴衣でそんなに足を憚ってはばかって!」

銃身を頬につけ、片目をつぶって引鉄を引け。

パンッ

どことなく間抜けた軽い音。弾は上下二段の台に並んだ景品をはるかにそれて、奥の幕布にあたった。

「残念。ねーちゃん構えは本格的だけど、もっと近づいたほうがいいよ。戦場じゃないんだからさ」

あたしは両隣の小学生の小僧たちに倣い、ぐっと身を乗り出して銃身を的に近づけた。

パンッパンッパンッ

3つ続けて的に当たる。いい気分だ。


さっき神社の森の巨大杉の御神木の影で、なんとなく好きだった隣のクラスの男子が、仲良くも悪くもない同級生女子と『杉ドン』しているのを見てしまったのだ。

そのまま通り過ぎたが、あれは絶対にキスまで行ってる。

いいんだ。

むしゃくしゃした気持ちを弾に込めて、あたしは撃ってやる。

「ちょっと、友達のお尻触んねで ! 」

一緒に祭りに来た、近所のきくちゃんが叫んだ。

誰かが浴衣姿の貧相な尻を触ろうとしたらしい。

あたしは無言で振り向いた。

真顔で銃を構えた浴衣の小娘、その座った眼は怖かったようだ。

ビールのカップを持ったじじいがさーっと逃げていった。

「ねーちゃん、銃を持ったままよそむいちゃダメ。危ないから」

気持ちはわかるけどね、と付け足した的屋に促されつつ、あたしは最後の弾を放った。

隅っこにあるプラモの箱がカタンと倒れる。

「すげえ…」

「ほぼ全弾命中したんだでこ…(命中したんじゃないか)」

子どもたちが口々に呟く。

もっと言って。もっと言って。


あたしは宮内美穂。高校二年生。地元山形県の普通高校に通っている。

ピアノと歌が得意なので、東京の音大に入ろうと懸命にレッスンに通っていたが、つい先日、普通の大学に進路変更したばかりだ。


はいっとおっちゃんにもらった景品は、お菓子とぬいぐるみと、「秋水」と書かれたプラモだった。

箱には子供のころ見た「サンダーバード」みたいな丸っこい変わった機体が書かれている。

「あきみず…?」


あたしはお菓子にしか関心がなかったので、友人と別れて家に帰るなり、プラモとぬいぐるみを階段下収納に放り込んだ。

急な階段の下にしつらえた納戸が、我が家のいろんなものを詰め込んでおく場所だったのだ。


夏休みの中間登校日、あたしは職員室に乗り込んだ。

担任に

「音大への進学辞めます。文学部に進路変更したいんで、今の成績と伸びしろでいけそうな大学を調べてください」と言うと、2年生担当教員がみんなどよめいた。

はああああ?

担任は、あからさまにあきれ顔をした。

それはそうだ。高校二年の夏なんて、もう受験勉強もたけなわだ。

山に囲まれた山形県長井市のマイペース野郎でも、それくらいは感じる。

でも、地元山形大学出身が多い中北海道出身で東京の大学を出たという担任は、一瞬あきれた後は面白がった。

「分かった。私立でいいんだな。お前の頭の傾向じゃ国立は無理だし、性格的に女子大も厳しいだろ」

そうです。女子ばかりの4年間なんて、何の拷問だよとしか思えないよ。

3日後、先生は受験大学候補の資料を何校か、コビーをとって渡してくれた。


「先生的にはここをお勧めするぞ。キャンバス内に神社があるんだぞ。文学部では平安朝の着付けもあるらしい。面白いじゃないか」



そうやってあたしは『特急やまばと』に乗って、母校となる神道大学の受験に向かった。

合格後、入学手続きに父と二人で上京した時、乗った列車は『山形整備新幹線』(大宮で在来線に乗り換え)になっていた。

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