第6話
「ただいま~」
学校から帰宅、頭の中をエロゲでいっぱいにしながら部屋に入り、一応挨拶をする。
「……おかえりなさい」
そしてこれまた一応としか言いようのない挨拶をマリーが返す。
「――まだやってたのか」
無鉄砲なイケイケプリンセスであるマリー・クロムウェルがエロゲの世界からこの地球にやってきてから3日、彼女は風の魔法を使ってPCで遊び続けていた。まだこいつがエロゲの中に居る時はその生き様に憧れていた俺としては、ネット廃人と化した彼女の姿は見ていて気持ちのいいものではない。
「ふふん、そう? そうよね? あんたもそう思うわよねふふふ」
彼女は傍らに置いたワイヤレスイヤホンの音声をこれまた風魔法で器用に自分の耳に届け(音は空気の振動だからわりと簡単に出来るらしい)、画面に向かって話しかけている。こちらから画面は見えていないが、おおかた動画でも観ているのだろう。もちろん、エロゲに関してはPCを貸して直ぐにオススメしたのだが、最初に勧めた“高槻の防衛”(大阪府高槻市に住むロクデナシな男がボディガードになってお嬢様からモテモテになる話)を一晩でワンルート終わらせたあと、「絵本もいいけど、もっと色んなものが見てみたいわ」といいYouTubeハマった。まあ、一晩でワンルート攻略するくらいだからハマる素養はあると思うので、諦めずこれからも沼らせにいこうと思う。
「まあお前がいいならいいだけどな、画面に向かって話かけるのはこの地球じゃ割と終わってる行為だからやめといた方がいいぞ」
とまあ、割とよく頻繁に画面(エロゲヒロイン)に話しかける終わってる人間代表である俺の責務として一応忠告しといてやる。
「ええそうね、あたしもそれはわびしいと思うわ!」
が、マリーはあいも変わらず画面と話しつづけている。さっきのただいまには返事したので聞こえてないわけでもないだろうに、そんなに面白いのか?
「おい、何見てんだよ?」
言いながら、回り込んで画面を覗き込んでやる。
「えーっと、……うわっ、ショージ見てんのかよ!」
“ショージ”といえば俺も知ってる最近流行りのユーチューバーだ。男は強くあるべきだ。ネットに依存してるお前らは終わってる。運動しろ。菓子を食うな。という思想で、「お前それ、背徳感持ったほうがいいよ?」が口癖な自己啓発系のそれである。
「あら、あんたショージ知ってんの?」
「あぁ、なんかやたら流行ってるしな。っていうかそれマリーが観てもおもろいもんなのか?」
ショージは男の正しい生き様について押し付……語る動画を配信しており、かつ女性を手に入れるとか、女性は別に頑張らなくていいとか、聞きようによっては女性軽視ともとれる発言を多々するので、一般的なそれにはあまり当てはまりそうもない思想をしたマリーも女性ではあるので、気を悪くしたりしないのだろうか。
「そーね。なんか荒削りで偏見っぽい部分もあるけど、“男は”っていう部分を“人間は”に置き換えたら概ね正しいことを言ってる気はするわね」
「じゃあネットやめれば……」
「それはダメ! ネットには、世界の全てがあるわ!」
「ねえよ! ダメ人間みたいなこと言ってんじゃねぇ!」
「はぁ? 何がダメ人間よ! 高校生の癖に放課後すぐ帰ってきてる翔太に言われたくないわね!」
「はぁ? 高校生が放課後すぐ帰ってきて何が悪いんだよ! 優等生だろうが!」
「優等生とかそんなの、陰キャが自分を守る為の言い訳じゃない。本当に生物として優秀な高校生は陽キャよ? リア充になって放課後はバイト先の女を口説きまくって何股もかけたり、クラブでテキーラショットでぐいぐいいったり回転寿司でお皿ペロペロしたりバイト先の冷蔵庫にダイブした写真をアップしたりするのが高校生の正しい姿なのよ? そのへんわかってんの?」
ダメだこいつ。ネットに毒され過ぎて認知が歪んでる。
「いやいやいやいや、なんだそのあり得ない高校生像は? 何股もかけて飲酒して職場の営業妨害したら普通に退学で逮捕だよ!」
「いいえ、それでも今の翔太よりは絶対マシよ! 毎日毎日画面ばっか見て、あんたは終わってるわ? 背徳感持ったほうがいいって!」
「お前にだけは言われたくないわ!」
あとその背徳感やめろウザい。
「あたしはいいのよ。一度は世界の頂きにたどり着いた女だし? オフラインの世界で全てを一度は手に入れてんのよ。あたしが言いたいのは、まだ何も手に入れてないあんたが画面の中の世界だけに没頭するのは終わってるって話よ」
「何も手に入れてないとか決めつけんな!」
「じゃあ、何を手に入れたの?」
「……エロゲの楽しさ」
「……そう、物語の世界を愛して生きているのね」
なんかマリーの目が急に優しくなった気がする。ゴキブリだけど何となくそう思うしなんとなくムカつく。
「くそっ、そうだよどうせ俺は何も手にしちゃいねーよ。学校に友達もいなくてクラス中から変人だと思われてるよ! けどなぁ、それは俺にこだわりがあってやってることだ」
「こだわりって?」
「それはな、……えっと」
昔、妹に一回だけ話した以外は誰にも話したことない俺の生き方へのこだわり。誰かに話したら馬鹿にされてしまいそうで、わかりあえない誰かと共有したらその価値が失われてしまいそうで、なるべく話さないようにしていた。だから一瞬、言うのを躊躇ってしまう。
「ごめん、話しにくいことだった?」
躊躇う俺を見て、申し訳無さそうな声色で問うてくるマリー。そういや、こいつは破天荒ではあるけれど、そういう部分のデリカシーは作中でもあった。そして俺はこいつのそういう部分をとても好ましく思っていた。自分を一番大切にして、他人よりも自分を優先して、だからこそ、他人が自分を一番に優先することを受容していた。そういう遠回しな優しが、俺は好きだった。だから――。
「いや、大丈夫。っていうかむしろ聞いて欲しい」
俺は、それをマリーに話したい気持ちになった。それを聞いてこいつがどう思うのかが、知りたくなった。
「そう、なら言ってみなさいな」
あら? どうしたのよ急にしおらしくなって、急にあたしに惚れちゃった? とか言われるかと思ったけど、続きを促してくるマリーの声は堂々としているながらも優しさが滲んでいて。わかってくれたような気がしてもうすでに温かい気持ちになりそうなのをぐっと堪える。
「ああ、じゃあ話す。えっとな、俺は、生きてるうえで、自分の世界を守ることを一番大切にしているんだ」
「自分の世界?」
「ああ、正確にいうと自分から見えてる世界とでもいおうか。例えばそうだな。マリー、これを見てどう思う?」
言いながら、俺はノートPCを操作して画面に3人の美少女が暗い洞窟の中で涙を流し叫ぶ姿のCGを表示させる。これは“てのひらを、さいおうに”という地下に眠る伝承に虐げられた少女を助ける感じのエロゲのイベントCGであり、世界を守る為に自らの命を捧げようとする少女にキレた仲間たちが泣きながら叫ぶ感動のシーンだ。
「洞窟の中で人が泣いてるわね」
「そう、お前にはそう見えるよな」
「あら、あんたには違うように見えてるの? 眼球に治癒魔法かけてあげようか?」
「別に目の病気じゃねえよ、俺にもそう見えている。だが、それだけじゃなく、俺はこの画像を観ているととても感動するのだ」
「そうなの?」
「ああ、これはエロゲのとても感動的なシーンのもので、俺はそのシーンがとても好きだった。ぶっちゃけ読んでてずっと泣いていた。だから、これを観ていると俺はそのシーンを思い出して感動する」
「なるほど、そういうことね」
「でも、マリーはこれを観ても感動なんてしないだろ?」
「そりゃ、そうよ、でも、それが?」
「同じものを見ていても、俺は涙を流すような素敵なもので、マリーにとってはただの画像ってことだよな」
「そうね」
「じゃあさ、この画像を見て、涙を流すこととただの画像だと感じること、どっちが正しいと思う?」
「別に正しいとかなくない? あたしとあんたじゃその画像に対するバックグラウンドが違うんだもの」
マリーの答えに、俺は一瞬驚く。自分の感性に絶対の信頼を置いているマリーだから、そこは「ただの画像のほうね、理由はあたしがそう思ってるから!」とでも言うのかと思った。
「そ、そうか。でもそうなんだ。俺がさっき言った世界ってのはまさにそれなんだ」
「えーっと?」
と、そこで少し詰まってしまう。この考え方、人に説明するのが難しいのだ。だが、なんとかマリーに伝えたいのでゆっくりと言葉を選びながら続ける。
「うーんとな、俺とマリーは物質的に同じものを見ている。けど、その結果どう感じるのかは大きく違っているよな?」
「そうね」
「それってつまり、“物質的には同じ”ものを見ていても、俺とマリーじゃ違うものを見ているともいえないか?」
「ええ、言えるわね」
「じゃあその考え方を広げると俺達は今、“物理的には同じ場所”に居るんだとしても違う場所にいる感じというかなんというか、それを俺は別の“世界”っていうふうに認識してるんだ」
「――なんとなく、そうね、翔太が世界という言葉を定義しているかはわかったわ」
少し頭を捻る様子のマリー。
「俺は思うんだ。その世界っていうのは生きている人の数だけあって、それらにはどっちが上か下かもない。そいつが周りから見てどれだけ魅力的だとか、周りに利益をもたらすだとか、そいつ自信がどれだけ幸福かどうかにどれだけ大きな差があっても、それらの基準がどこか繋がっているような気がしても、世界そのものもそれぞれ独立していてると思っているというか……」
そうだ、思い出した。この考え方は俺自身の中でもそこまでちゃんとまとまってないんだった。なんか勢いつけて話し始めたのに少し申し訳ない気分になる。だが、マリーはそんな俺の言葉にふんふんと頷く様子。
「なるほどね。まあ、なんとなくわかったわ」
「ホントか?」
「そーね。少なくとも、翔太がマジョリティを膳とする価値観に穴があると感じていることはわかったわ」
「――そっか」
「つまりこういうことでしょ? 俺がいいと思ってる生き方を、誰かにバカにされるからっていう理由で変えたくない! って感じ?」
言われてみると完璧にそうだ。
「――エスパーなの?」
恥ずかし過ぎる本心を図星られて恥ずかしくなる。
「あらごめんなさい、偉そうなこと言ってても心の中はまだ男の子だったのね?」
両手を胸の前で祈るように合わせていうマリー。その声色からちょっと嬉しそうな感じがにじみ出ててウザいし恥ずかしい。
「うるせえよ、……でもまあそんな感じだ。だからまあ、マリーの言う通り俺は何も手に入れないまま、画面の中の世界に没頭する終わって――」
「――けど、嫌いじゃないわ」
「え?」
被せるように放たれたマリーの言葉に、一瞬思考が停止する。
「何アホみたいな顔してんのよ。あたしはあんたの考え方も価値観も、嫌いじゃないわ」
マリー・クロムウェルは、好奇心の塊で誰に批判されても困難や危険があっても冒険ばかり続ける、俺の憧れのイケイケお姫様だ。彼女は強くて、だけど優しくて、そのせいで少し残酷なお姫様。
「……なんで?」
だから俺には意外だった。部屋に閉じこもってフィクションの世界に逃避する俺の価値観が、嫌いじゃないってのは。
「たとえ追い求めてる理想がどんなにクソダサいものだったとしても、あんたは自分の意志で理想を追っている。それって、誰かに与えられるんじゃなく、自分で未知を選んでるってことだわ」
「……えっと」
なんといえばいいんだろう。嬉しい。さり気なく、エロゲ趣味をクソダサいって言われたのはちょっとショックだが、俺のエロゲ狂いをそんなふうに形容してもらえることがあるなんて。
「何ニヤけてんのよキモいわね。そんでね、あんたのやってることがクソダサいってこともまたポイント高いわよ」
「いやなんでだよ」
ちょっと傷つく。ちょっとで済むのは普段からクラスで悪口言われてるからだ。嫌われててよかったよ。
「だってそれって、周りの人間から絶対に褒められないようなことを、選んで追求してるってことよね? それって、他人からの評価っていう単純快楽じゃなくて、自分の生き方を追求してるって証拠にならない?」
「あー……」
言われてみて納得した。そういやマリーは転スリの中でもいつも言っていたっけ。「何がいいとか悪いとか、何がかっこいいとかダサいとか、誰にも決めさせない。あたしの人生の主人公はあたしよ」って。その考え方と照らし合わせると、確かに俺のエロゲ狂いはその考え方に合致する。っていうか今思い出したが、俺だってマリーを最初見た時、なんだか自分の生き方を肯定してくれてるみたいで温かい気持ちになったんだった。
「納得してくれたようね?」
「ああ、納得した」
そう、そうだった。実際に知り会ってからはまだ全然時間はたってないけど、画面越しに暴れるこいつはいつだってそういうだった。だからこそ俺は転スリに夢中になって。学校で嫌なこと言われるのなんか平気だけが、より強く勇気をくれた。やっぱ俺は間違ってなんかないんだって強く確信出来た。俺は転スリに出会って、マリーに出会って、より強く、俺でいられるようになったんだ。
なら、お礼を言わないとな。ちょっと照れくさいけど勇気を出して。
「あ、あのさ、マ――」
「――じゃあ話を戻すけど、価値観は嫌いじゃないけど、実際の行動は最悪ね。ゴミと言ってもいいわ。エロゲの世界が好きだからいいなんて言いながら現実の世界に不満持ってるわよね? エロゲの世界と比べてくそだって不満。それって裏を返せば現実世界でもエロゲみたいに楽しく過ごしたいって本当は思ってるってこと、つまりそれってあんた本当はリア充になりたいって証拠になるわよね?」
俺の勇気はマリーから被せられた残酷な言葉にかき消される。
そう、そうだった。こういう奴でもあったんだこのお姫様は。ツワモノ過ぎて弱者の気持ちが全くわからない。まあ、昼休みの教室でエロゲをプレイ出来る俺もツワモノなので問題ないといえばないが、少し、ほんの少しだけ心がチクリと痛む。そしてマリーは俺のチクチクハートを永眠させる子守唄を捧げるかのごとくビシッとこちらに前脚を向ける。
「つまりあんたは自分に嘘をついて逃げまわってるってことよ! 背徳感持ったほうがいいって!」
――よっぽどショージ気に入ってんだな。いや、それはそれとしてこれはかなり図星っている気がする。俺はエロゲが好きだ。それは紛れもない真実だ。学校で誰かと話すよりもエロゲをしている方が楽しい。それは間違いない。エロゲ楽しい+学校おもんない=エロゲだけやって暮らすのが正義。それは一見なんの間違いもない方程式だ。しかし、この世界に存在する変数は一つじゃない。たった一つの方程式で結論を出していい問題ではないということにはどこか気付いていたはずだ。だから俺は、
「――確かに、そうかもしれんな」
羞恥心とプライドによってきつく締められた声帯の僅かな隙間に空気を注ぎ込み、絞り出すように肯定した。そんな俺を見てマリーは、
「そうでしょうそうでしょう!」
なんてまるでこれからピクニックにでも行くかのような弾んだ声。
「………なんでそんな嬉しそうなんだよ」
「だってこれは、新しい冒険の始まりなのよ?」
「冒険?」
何を言ってるんだこいつは。もしも俺の心を折ることを冒険だと呼んでいるのだとしたらいますぐエロゲの世界に帰って欲しい。
「そうよ、いい? これからあたしは、あんたをエロゲ主人公にしてみせるわ!」
こいつは一体、何を言ってるんだろう。問い返した結果、さっきよりもわけがわからなくなる。
「えーっと、それは、マリーがエロゲの世界からやってきたように、俺をエロゲの世界に送り込むという……」
「そんな面倒なことはしないわ! 別にこの世界でいいじゃない。ようはあんたがあんたの学校で何人かのヒロインに好意を寄せられて、ロマンチックな恋をして、Hシーンを回収して、最後に全員と恋をするハーレムエンドを目指せばいいじゃない、違う?」
「全く違う!」
マリーがあまりにもエロゲを誤解した物言いをするので思わず叫ぶ。
「え? 違うの?」
そんな俺の魂の叫びにマリーは心底意外といった様子で問い返してくる。
「お前はエロゲを誤解している! まあ、一作品のワンルートしかクリアしていない初心者中の初心者には仕方のないことなのかもしれないがな」
「何ドヤってんのよキモいわね、じゃあどういうことよ?」
「エロゲというのは、何もエロいものを見るために存在しているというわけではないということだ!」
「じゃあ、なんのためにあるのよ?」
「それはエロのためであり、読者のハートの奥に眠る淡い恋心を呼び覚ますためであり、誰もが憧れる熱い友情を追体験するためであり、複雑なトリックと伏線回収によって作られた迷路を冒険するためであり、圧倒的な科学知識によって作られた本物みたいなSF世界に飛び込んで胸をワクワクさせるためであり、キャッチーでノリのいいかけあ……」
「わかった、わかったもういいわ?」
「なんだよ、まだまだあるぞ?」
「ええ、それがわかったからもういいわ。あんたのエロゲに対する狂信具合は十分にわかったわ」
「何が狂信か、俺はただ正しいものの正しさをお前にわかりやすく説明しているだけだぞ」
「――それを狂信っていうの……、まあいいわじゃあ一つ教えて?」
「おう」
「あんたは、どんな自分にだってなれるとしたら、この世に不可能なんてないんだとしたら、どんな自分になりたいって思う?」
なりたい自分? そう言われても、そんなこと考えたことないな。俺は俺のままで、このままエロゲの世界を冒険さえ出来ればそれでいいと思っていたからな。
「……うーん」
「じゃあ訊き方を変えるわ、あんたは一体どんなエロゲの、どんな主人公になりたいって思う?」
そうなると話は変わってくる。どんなエロゲでもどんな主人公にでもなれるのだとしたら欲求は無限に湧いてくる。だが、無限に湧いてくるせいで一つに絞るのは難しそうだ。だが、なんでもいい、なら、一番なりたいそれを考える。俺にとっての理想のエロゲ、理想のヒロイン、理想の主人公。
「それもないの?」
「いや、ある。あるにはあるがいっぱいありすぎて迷う」
「ふーん。じゃあ、思い浮かぶやつ全部言ってみなさいよ」
「そうだな、………俺が主人公になりたいエロゲがあるとしたらそれはまず、楽しくてバカバカしい世界がいい。出てくるやつらは皆ひょうきんで、ノリがよくて、だけど時に悪ノリが過ぎて友達をイジりすぎたりするんだ」
「なるほどね、そういう奴らはあたしも嫌いじゃないわ」
「だけどそいつらは優しくて、好きな奴がなにかに真剣に憧れたら、絶対にそれを本気で応援するんだ。それがたとえ自分の価値観と合致してなかったとしても、好きなやつが好きなことだから応援する。そのくらい懐の深いやつらがいる世界だ」
「なるほどね、翔太はそういう弱む、……なんでもない続けて?」
こいつ、今絶対すごく酷いこと言おうとしただろ。けど、まあいいか。
「お前ね……。まあいいや。確かにそうだな、マリーには弱虫に見えるかもしれないような奴らが仲間たちにいるような世界が俺は多分好きだ。俺は多分、弱いやつが強くなろうとして頑張ってるのが好きなんだ。そんで、それが少しずつでもいいから、報われていく世界が好きなんだよ」
「そう、あんたはそういう奴なのね。じゃあ、そういう奴らがどういうことしてどうなる世界がいいのよ?」
その後、俺は1時間ほどかけて、理想のエロゲ世界をマリーに語った。
「……わ、わかったわ。本当にいっぱいありすぎるのね。あんたの異常性を舐めてたわ。じゃああとは理想の主人公像を、そうね、大切な要素ベストスリーを教えて」
マリーは何故か疲弊した様子で言う。
「ベストスリーか、そうだな」
俺は考える。もしも理想のエロゲの理想の主人公になれるのなら。さっきは頭の中がごちゃごちゃしていて何から考えればいいのかわからなかったが、理想の舞台について長時間かけて話したおかげか、優先順位の高いものがなんとなく浮かんでくる。その浮かんできた要素がなるべくアイコンとしてではなく、俺自身の感情として正しく伝わるよう、なるべくエロゲ主人公のセリフっぽい語彙を選びながら言葉にしていく。
「どれが一位かまではわからんが、俺が憧れる主人公は、そう、さっき言った理想の仲間と同じで、“好きなやつのやりたいことを応援できる奴”であること、そんで“どんなにやばい状態になっても絶対諦めない奴”であること、そんで最後はエロゲ主人公らしく“好きな女を全力で惚れさせられる奴”でありたいと思う」
「へぇ……」
それを聞いたマリーは何か考えるように短い返答の後しばし沈黙する。
「まあ、全くまとまってない感じかつマリー的には弱虫全開の発想だろうがまあ概ねそんな感じだ」
「いーえ、全部聞いたら弱虫だとは思わないわ? むしろアリだと思う。あたしは翔太の言うところの“懐の浅い奴”だから、自分の価値観にあわない夢を応援するなんて嘘でも出来ないけど、あんたのそれは嫌いじゃないわ」
「そうなのか?」
なんかちょっと意外だ。これまでの会話から、マリーはそういう、“人情的なもの”を重視するような考えを嫌うだろうなと感じていた。
「ええ、だってあんたの理想ってまとめると、自分にとって魅力的な奴だけを優先して、そいつと楽しく過ごせる時間が好きで、それが許されない世界と戦って、戦うことが許される世界。そんな中であんたは、一番強くて、好きな奴らを全員助けられるスーパーマンになりたいし、仲間たちにも、あんたを助けられるくらいのスーパーマンになって欲しいってことよね?」
そう言われると、そう意外でもないのか。確かに俺は弱虫でも許される世界をある種望んじゃいるが、最終的にはスーパーマンになりたいと思っているし、俺が好きになったやつにもスーパーマンになってほしいと思っている。マリーはもう既にスーパーマンだったのにスーパーマンを目指す仮定が好きすぎて自らの意志でゴキブリになってしまうほどのスーパーマン症候群だ。なにそれこいつ、本当はめっちゃバカなのでは? いや、俺もひとの事はいえないのか。なら……。
「そうだな、あってるよ、そんな感じだ」
俺が肯定すると、マリーは弾んだように触覚をピクピクさせる。
「そ、なら、もう一度聞くわ? あんたは、その最高に魅力的なスーパーマンのいる世界の中で、最高にスーパーマンになれるとしたら、――なりたいって思う?」
その問いについて、真面目に考えてみる。俺は、俺が惚れてしまうくらいのスーパーマンと一緒にスーパーマンを目指せるエロゲがあって、もしも主人公になれる。今まで生きてきて考えても見なかったことだ。それはなぜか。現実世界に興味がなさすぎるから? いや、違うな。なら、エロゲの世界さえ楽しければ他のものは本当に何もいらないと考えているからか? いや、それも違うだろう。なら、きっと、最初から、そんなこと出来っこないと思っていたからだろう。ならば、俺の答えは。
「――めちゃくちゃなりたい!」
そんな俺の答えに、マリーは平坦な、だけど少し明るい声で返す。
「そ、なら、もう一つ聞くわ。そうなることは、無理だと思う?」
出来るか出来ないか。そう、俺はそれを絶対に出来ないと最初から思っていた。だからなりたいかなりたくないかを自分に問うたこともなかった。俺はスーパーマンになんかなれないし、思わず惚れてしまうようなスーパーな片鱗を持った人間なんか見たこともない。俺が欲しいのはこの世界に存在すらしないものだから、手に入るはずがない、そう考えていたんだと思う。だから、存在するはずもないものが存在するエロゲの世界だけを愛していたのだ。
だけど、今はどうだ。その、存在するはずのないものが存在するエロゲの世界から一人のお姫様がやってきた。そいつはなぜかゴキブリなんていうキモい生物の姿になってしまったが、そいつの持ってるハートは紛れもなく俺の愛したスーパーマンで、かっこよくて、今だって本当は話していて気分が高揚しっぱなしだ。
このエロゲの世界からやってきたトンデモないお姫様と一緒なら、そういうのをふっ飛ばして世界を変えられるような気が、今は少しだけしている。だから俺は、自分の正直な気持ちがどこにあるのかを慎重に探しながら、ゆっくりとそれを言葉にしていく。
「いや、無理だとは思わんが、出来るとも思わんというか……」
「何よ、この期に及んでヘタレね?」
勢いのない俺の言葉に、マリーからガッカリしたような声が返ってくる。だが、俺は所構わずプレイするタイプの圧倒的エロゲーマー、女殻の冷たい扱いには慣れている。
「まあ聞けよ、けど、なんてんだろうな。出来る出来ないで言うと出来ないよりの感じだが、絶対に出来ないとも言えんような感じがしないでもない的な感情に突き動かされてマリーさえよければ一緒に頑張ってみて欲しいです的な感情で溢れている!」
だから俺は頭の中にあった感情を、そのままの形で吐き出してやる。それを聞いたマリーは弾んだような動きで腕を組む。そして返ってくる言葉は、
「そ、ならやるわよ!」
もっと弾んだものだった。
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